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ルイス・キャロル、十九歳
「……灰色なら、と思ったけど」
改めて考えると真っ黒だな、と高い高いビルを見上げながら呟く。
入口にはスーツにサングラスの銃を忍ばせている男達の姿。
ハットを外し、トランクを漁っていると目的の物はすぐに見つかった。
“銀の託宣”。
それはポートマフィア首領が直筆で書いた、幹部ほどの権力を持つことができる証明書。
なぜ僕が持っているのか。
それは配送屋を通じて届いたからだ。
依頼内容はポートマフィアをヨコハマで最も恐れられ、国も手を出せないほどの組織にする手伝い。
正直なところ、僕にできることはそう多くない。
戦場から下がった僕が出来るのは、作戦の指揮を取ることぐらいだろう。
この手で武器を掴むことは、もう出来ない。
「おい」
「……ん?」
「ここはガキが観光に来るところじゃねぇぞ」
あぁ、と僕は頭を抱える。
この身長のせいで子供に見えるのは仕方がない。
そして普通の格好でトランクを持っていたら観光客に見えることだろう。
「聞いてんのか、ガキ」
「ルイスだ」
「あ"?」
「僕はルイス、ルイス・キャロルだ。君より年下かもしれないけど、これでも立派な十九歳だ」
言葉を紡ぎながら、腕を持って脚をかける。
黒服の驚く声と同時に、同じく入口の警護に当たっている男が銃の|安全装置《セーフティー》を外した。
「本当に大丈夫なの、港街のマフィアさん?」
片脚は軸にしたまま一回転して銃を蹴り上げる。
宙を舞った拳銃は地に落ちても勢いが止まることがなく、入口から出てきた人物の足元に当たってようやく停止した。
「そもそも人を見た目で判断するのはどうかと思うよ? それに僕の手にある|銀の託宣《この紙切れ》が見えないわけ?」
あぁ、本当に視力が悪い奴らしかいないのか。
「出迎えが遅くなったな」
「……どーも。君が依頼人で合ってる?」
「あぁ。私がこのポートマフィアの首領だ」
「とりあえず、ちゃんと下級構成員まで指導した方がいいよ? 統率や報連相の出来ないんじゃ最恐の組織になんてなれやしない」
「彼らは処分する」
来い、と云った首領についていく。
後ろからは大人らしくない叫び声やら泣き声が聞こえる。
「……処分、ね」
ここは随分と人の命が軽いらしい。
強大な組織にしたいのなら、それこそ人数は必要だろうに。
そんなことを考えながら僕はなるべく後ろの音は気にしないようにした。
ポートマフィア本部前など、普通の人間は寄り付かない。
銃声が鳴り響いても、誰も気にしない。
角を曲がる時に見えた黒服の亡骸に、多少の罪悪感はあった。
ただ、裏社会で生きるなら──特に最近のポートマフィアに属しているなら言動には気をつけないとね。
「……というか、体調でも悪いの?」
「少し風邪が長引いてるだけだ」
「そっちは医者?」
「私はしがない闇医者だよ」
見覚えがある。
日本の軍の情報を見た時にいた筈だ。
「ま、何でもいいや」
僕は万事屋として依頼されたことをこなすだけ。
期間は三年。
それだけの報酬は用意されている。
あとは、ヨコハマから海を越えて英国に来たら面倒だから監視も兼ねている。
裏社会の争いは影でやってほしい。
じゃないと、僕が駆り出される。
「改めて依頼内容だが、潜入と作戦立案を頼みたい」
「……前線には立たされないんですね」
「それが“万事屋”のたった一つの規則だろう」
まぁ、と執務室より奥の私室へ通されていた。
首領は横になっている。
銀の託宣でそこそこ指示は出せるし、報酬分は働くか。
---
「莫迦なの? 正面から突っ込んだって無駄死にするだけだよ」
パンッ、と机に叩き付けた資料が起こした風で彼の髪が揺れていた。
これで準幹部か、と組織の壊滅的な状況に呆れる。
まぁ、溜息までは出なかったが。
とりあえず全て駄目な点は指摘しておいた。
「す、すぐに作り直してくるので命だけは……!」
「僕のことなんだと思ってるの」
「マフィアは失敗したら処刑されるのでっ、ぼ、僕の先輩も作戦立案の時点で──」
「それは上が狂ってるだけで、まだ“案”なんだから完璧じゃなくて当然でしょ。其奴は余程の完璧主義か、、、」
逆らえないのをいいことに、権力を振り回して人を殺すクソ野郎のどちらかだ。
「あ、あの……?」
「とりあえず相手組織の拠点をもう一度見直して、この人数なら奇襲作戦に切り替えることだね」
「奇襲作戦……」
「……何、そんな顔して。変なこと云った?」
「まぁ……って、いえっそんなことは!?」
「云っておくけど僕は人殺しはしない。例えそれが間接的だったとしても」
引かれている、というわけでは無いのだろう。
相変わらず考えていることの読みにくい準幹部くんの表情に、僕は混乱するばかりだ。
そんなことを思っていると、準幹部くんが無言に耐えられないのか口を開く。
「……“マフィアは畏怖されるべき存在で正面から敵を圧倒しないといけない”と、先輩たちから教わってきました」
「はぁ……それで?」
「奇襲は、先輩が処刑された原因なんです。誰もが当時動けるメンバーから奇襲を考えていたのに! 《《アイツ》》は笑いながらっ、莫迦にしながら先輩に銃を向けた! 周りも一緒に笑うしかなかった!!」
「……はぁ」
「最近のマフィアはどんどんおかしくなっているんだっ、君のような子供が何者かも分からないっ! だのに君は、君は僕の思っている本当の作戦をスラスラと……っ」
何となく状況は分かった。
「一ついい?」
「……何ですか」
「なぜ僕に確認を取りに来た? 仮のマフィア──“銀の託宣”を持ってるだけの万事屋だとしても君の処刑することなんて容易い」
“銀の託宣”とは、そういうものなのだ。
幹部さえも顎で使える。
そんな効力を持った只の紙切れ。
「……自殺する勇気もなければ、敵組織の拠点に突撃する勇気もない。この作戦が通れば沢山の黒服が命を落とすのが、僕は許せなかった」
「つまり部外者の僕に殺されたかったと」
「ははっ、よく分かりますね」
「それなりの死線は潜り抜けてきたからね」
悪いけど、と僕は立ち上がって執務室を出ようとする。
「人殺しの趣味はないんだ。他を当たってくれ」
廊下に出て、扉を閉めると僕は壁に寄りかかりながらしゃがみこんだ。
他の組織と戦っていて死者が多い。
三年という期間が長く感じる。
正直、今のポートマフィアは組織として最悪でしかない。
「紅茶でも飲もう」
そう給湯室に向かって扉を開く。
「……。」
そして、そっと閉じた。
「Why would you hang yourself in a place like this!?」
咄嗟に取り出したナイフを投げれば、ロープは切れた。
壁に刺さっているのとか関係ない。
意識は、息は、心臓は動いているか。
焦りながら確認をしようとすると、《《少年》》は──「痛いなぁ」──なんていいながら起き上がる。
「誰?」
「What are you doing in a place like this!?」
「自殺。……てか、マフィアに外国人なんていたんだ」
そう少年に云われ、ようやく気づいた。
驚きすぎて話すのが英語になってる。
でも、この子は何も気にせずに返事してくれた。
焦りすぎだ、僕。
でも疑問はぶつけなければいけない。
「何故!?」
「あ、日本語喋れるんだ」
「話せますけど!?」
「とりあえず落ち着いたらどう?」
「落ち着けるかぁ!?」
騒ぎを聞きつけてか、人が徐々に集まってくる。
ただ紅茶が飲みたかっただけなのにどうしてこうなるんだろう。
「あぁ、こんなところにいたんだねぇ」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには“自称”しがない闇医者がいた。
どうやら彼を探していたらしい。
闇医者が探してるのなら手伝いか何かなのだろう。
少年でもマフィアにいるのかと、本気で信じてしまうところだった。
「ねぇ森さん、この人誰?」
「君に渡した戦争戦略本は読んだかい?」
「……質問返し嫌いなんだけど」
「彼はルイス・キャロルだよ」
「あぁ、英国の戦神──」
刃が照明で煌めく。
不思議と手は震えていない。
「……なに、殺してくれるの?」
「それ以上続けるつもりなら」
「良かったじゃん、英国の戦神ルイス・キャロル。落ち着けるかぁ、ってさっきまで大声だしてたし」
「太宰くん!?」
ふざけているのか、否か。
目の前の少年──闇医者によれば太宰というらしい──は、目を閉じながら笑っている。
うっすらと開いたかと思えば、光がない。
この国は一体どうなっているんだ。
先程の準幹部の青年といい、彼といい、おかしすぎる。
---
「サキホドハスミマセンデシタ」
闇医者に無理やり頭を下げられている少年。
謝罪の言葉にしては棒読みすぎないだろうか。
「で、戦神さんがなんでこんなところにいるの?」
「太宰くん!」
「……依頼だよ。今は休暇をもらって万事屋をしてる」
「こんな裏社会の組織にいて良いわけ?」
良いわけがない。
自分でもアウトだと思っている。
彼に云われなくても分かっていたことだが、改めて自分の選択に後悔している。
「何でも屋をするなら、依頼は選びなよ。それともそんなにお金がないわけ?」
「別に金銭の為に働いてるわけじゃない」
「じゃあ何で?」
「……ただの自己満足だよ。殺してきた分だけ、誰かを救いたい」
「戦神と呼ばれるぐらい英国に貢献してるんだから、そんな罪滅ぼし必要ないでしょ」
「自己満足なんだよ、さっきも云ったようにね」
---
最初より信頼されるようになってきて、首領よりも支持されるようになってきてしまった。
“銀の託宣”で幹部すらも黙らせられる。
ほぼ首領と変わらない僕は、戦闘を強制させなければ特攻させるわけでもない。
「……殺すだけがマフィアじゃない」
でも、と僕は机に伏せた。
「この街をまとめるのなら此処がいい」
人数も、立地も、色々と都合がいいことだろう。
はぁ、と溜息しか出ない。
とりあえず首領のとこに行って、今後どうしたらいいか聞くかな。
「失礼しま──」
扉を開いて感じたのは、鉄のような匂い。
暗く、静かな室内。
そこには二つの影があった。
黒外套の少年──太宰治。
闇医者──森鴎外。
壁に飛び散った血の跡と、呼吸をしていない首領。
何となく察した。
「……これが目的だったのか」
飛んできたメスをナイフで弾き返すと、少年の足元に刺さった。
何かもう、呆れて声も出ない。
依頼主は殺されたことだし、もうこの組織にいる必要はない。
「首領を殺してどうするつもり?」
「治療しようとした結果、亡くなってしまっただけだよ」
「……それにしては酷い挨拶じゃあないか」
とりあえず一呼吸置いて、僕は首領の元へ行く。
「……完璧に死んでるね。それで次の首領は元軍医の、自称しがない闇医者?」
「先代はそう遺言を遺したからね。太宰くんも聞いていただろう?」
「戦神に隠し事なんて無理でしょ」
「まぁ、別に口外するつもりないけど」
じゃあ、と部屋を出ていこうとすると殺気が冷たく刺さる。
「……本当に口外するつもりはないよ、嘘つきの新しい首領さん?」
---
なんだかんだあって蘭堂さんが亡くなって中原中也くんがポートマフィアに入りました((
「それで中也がのぉ──」
紅葉の部下になったことで中也くんは色々と良い経験を積めているようだった。
何か作戦が成功する度にこうやって茶会を開くのはどうかと思うが。
「これルイス、聞いておったか?」
「あー……ごめん。ちょっと考え事をね」
首領があの闇医者になって、ポートマフィアは大きく変わったと思う。
それを紅葉もよく感じているだろう。
マフィアを抜けるのは、相変わらず難しそうだが。
「……私は、闇でしか咲けぬ花は美しいかえ?」
「紅葉?」
「お主が云ったのじゃろう、今のポートマフィアなら私でもやっていけると。こうして幹部にまで上り詰め、中也と云う良い部下も持った」
「あの闇医者は確実に先代と違うからね」
お茶を飲んで、僕は小さく笑う。
「闇であろうと光であろうと、紅葉はいつでも可憐で美しいよ」
「……。」
「紅葉?」
「そうやって私で遊んで楽しいかえ?」
「いや、あの、え? 何か僕変なこと云った?」
「そういうところじゃ」
この女誑し、と紅葉は着物の袖で顔を隠す。
僕は何回か頭の中で“女誑し”という言葉を繰り返してから、勢いよく立ち上がる。
「誰が“女誑し”だ!?」
「へー、ルイスさんって“女誑し”だったんだ」
「姐さんにルイスさん、何やってるんですか」
「只の茶会じゃよ。それにしても中也や、その資料はどうしたのかえ?」
「あー……実は──」
「ルイスさんと行ってこい、って森さんが」
「巫山戯んなよ、手前。今は俺が説明するところだっただろうが」
紅葉が喧嘩している間に資料を手に取り、パラパラと捲っている。
「……ふむ」
僕も覗こうかと思ったが、先に閉じられてしまった。
ポイッ、と投げるかのように渡されたかと思えば紅葉が立ち上がる。
「これを二人と共に行かせるとは……鴎外殿も、人が悪いのぉ……」
「紅葉?」
「気をつけるんじゃよ、ルイス」
荒覇吐について。
そう、渡された資料を開くと一頁目に書かれていた。
簡単に云うのならば、“人工異能”について。
「……行こうか」
---
人工異能。
それは言葉の意味の通り、人によって作られた異能力。
どうやら中也くんの“汚れちまった悲しみに”改め、“重力操作”は人工異能らしい。
荒覇吐というのは擂鉢街を作った原因で、研究所から出された時に能力が暴走したとか何とか。
詳しい話は知らないけど、ランポーさんがマフィアから姿を消した。
記憶喪失だったから詳しくは踏み込まないでおいたけど、二人の話を聞くに僕は彼を手伝うべきだった。
マフィアに雇われているが、まだ僕は英国の異能力者だ。
まぁ、何も見なかったことにしよう。
裏社会では深く踏み込みすぎないのが良いのは、結構前から知っている。
「──で、何それ」
「縄です」
「そうじゃねぇだろ」
太宰くんは何故か首に輪になっている縄をかけている。
「いつでも木に引っ掛けて自殺できるよう準備してるんですよ」
「つまり前の長いのは引っ掛ける用と」
「そういうことです」
「莫迦か」
「中也よりは何千倍も頭良いから」
また喧嘩が始まった、と頭を抱えるしかない。
とりあえず太宰くんの前に垂れている縄を引っ張って物理的に二人を離す。
ついでに縄は切っておいた。
「あぁ、私の縄がぁ」
「そのまま永遠に泣いてろ、自殺野郎」
「うるさい牧羊犬」
「誰が狗だ!」
「……もうヤダこの二人」
そんなことを呟いていると、ある建物の前についた。
ランポーさんが使っていた洋館で、大きな穴が空いている。
「あ、」
「……んだよ、太宰」
「彼処で首を吊るの良さそう」
「手前! 待ちやがれ!」
とりあえず放置でいいかな。
色々と見渡していると、一冊の本が目についた。
綺麗な緑──僕の瞳と同じく翡翠色の本だ。
「……日記、ね」
そういえばランポーさんの相棒は何処荷姿を消したのだろうか。
確か、|英国《うち》の女王の殺人未遂を起こしたりしてなかったっけ。
まぁ、何でもいいや。
これは太宰くんに預けよう。
チラッと中を見たが、森さんに渡すかは彼に任せた方が良い。
中也くんの出生に関わる可能性がある。
「……。」
中也くんは、ある時より前の記憶がない。
まるで僕みたいだ。
でも、彼と違って孤児院にいたという記録が残っている。
それが作られた経歴──かもしれないとは考えるが、そんなことをしていたら時間なんてあっという間に経ってしまう。
やめよう。
今はここの資料を整理して、ついでに──。
「──銃声…っ!」
ポートマフィアが裏社会の中でも大きな組織になってきたとはいえ、まだ牛耳ることが出来るほどではない。
もう一つは邪魔になるであろう組織の壊滅任務。
僕は銃を──武器を、握ることができない。
戦争から戦えなくなったから、きっと資料整理が仕事なのだろう。
でも、彼らのサポートぐらいなら出来る。
そんな気がして、翡翠色の本を棚に戻して銃声のする方へと向かった。
「おい! 手前も戦えや!」
「ごめん縄が絡まって解けないから無理」
「巫山戯んなよ手前ぇぇぇ!?」
キンッ、と嫌に響く金属音。
「何やってるの、君」
太宰くんへ向けて放たれた銃弾が、僕の投げたナイフで軌道が逸れる。
彼の綺麗な顔へ傷はつけてしまったけれど、まぁすぐに癒えることだろう。
「いやぁ、首を吊ろうとしたら変なところに絡まっちゃって」
「……何をどうしたらそうなるのかな」
「私も分かりませんよ。何故か腕と足にも絡まって解けませんし」
動かないで、と縄を切ろうとすると後ろから声が聞こえる。
「ルイスさん!」
中也くんの声だ。
銃声も聞こえたから、充填が終わってまた放たれたのだろう。
仕方なく太宰くんを抱えて、近くの壁を少し駆け上がる。
弾は僕の耳に少しかすったけど、まぁ問題はない。
痛いぐらいだ。
「ルイスさん、めちゃくちゃ目が回るんですけど」
「恨むのなら、莫迦なことをやっていた自分を恨むんだね」
太宰くんの縄を解くことは難しく、抱えたまま洋館を走り回る。
敵の数は中也くんが少しずつ倒してくれて入るけれども、確実に此方の人数不足だ。
まともに戦っているのは中也くん一人。
それに対して相手の数というのは一向に減らない。
正確には、減る度にドンドン増えているのだが。
「……流石に中也くん一人じゃキツいか」
「あの、ルイスさ──って、うわあああぁぁぁぁぁぁ……っ!?」
「太宰!?」
「大丈夫だよ、ぶん投げただけだから」
「ぶん投げた!?」
「ほら、敵は待ってくれない。見るべきは味方じゃないよ、中也くん」
ドンッ、と中也くんの前にいた敵兵に蹴りが入る。
アーサーほどではないけど、蹴りには自信があった。
中也くんには絶対言えないけど、小さいお陰で綺麗に敵に入った。
---
---
「うわっ、痛そぉ……」
そんなことを呟いている僕──太宰治──はルイスさんにぶん投げられたせいで天井にぶら下がっていた。
縄が解けてきてるし、きっとそのうち降りられる。
“戦神”ルイス・キャロル。
彼の戦歴やもらった勲章などは、森さんに叩き込まれたからよく分かっていたつもりだけど本物は違う。
あれだけの強さを持っているのに“本気を出していない”のは、力を振るわないのは傲慢だろうか。
いいや、きっとそんなことはない。
あの人はどんな風に殺してくれるだろうか。
中也の作戦を当てるよりも、考える方が楽しくて仕方ない。
というか、本当に何するか分からなくて怖い。
ぶん投げられるとは思ってなかった。
この高さは|あの筋肉ゴリラじゃないから《重力操作を持たない生身の人間だから》、流石に死にそう。
いや、死ねることはいいのだよ?
ただ落下死というのはこのぐらいの高さなら落ちるまでに気を失うことができず、全身に走る痛みを感じながら死へ向かっていくのだよ。
つまりは、最低最悪の状況というわけだ。
「……心の中で色々喋りすぎだろ、僕」
はぁ、と溜息を吐いていると見えたのは銃口。
確実に此方へ向けられている。
このまま銃弾が放たれたら──。
---
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「ル……イスさん、?」
太宰くんの困惑する声が聞こえる。
幼い少年が見るには、過激すぎるだろうか。
いや、マフィアにいる時点で関係ない。
「中也くん……まだ敵は…、グッ」
ゲホッ、と血が服を《《より》》染めた。
太宰くんに向けられた銃口から放たれた弾は、そこそこの強度なのだろう。
咄嗟に用意した鏡では防ぎきれず、僕は文字の通り身体を使って彼を守った。
銃弾が通り抜けていない。
きっと、変に鏡で速度が落としてしまったせいだろう。
「どうして僕を守ったんですか」
「理由を聞いて、君はどうするんだい……?」
「さぁ、何故だが僕にも分かりません。でも貴方はこんなところで死んでいい人間ではない」
「死は平等だよ……良いも悪いもなく、いつかは訪れる人生の終わり──なんて、君は知っているだろうね」
---
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「太宰!」
「……気を失ってるだけだよ」
「手前についてる血は──」
「ルイスさんのだよ」
そう淡々に語る太宰に怪我がないことに、俺──中原中也──は少しばかり安堵する。
「怪我してねぇならさっさと帰んぞ!」
「……怪我はしてるよ。銃弾は頬に掠ったし、縄の跡が綺麗に残っている」
「そういう細かいのは聞いてねぇ!」
「知ってる」
「それなら──!」
「きっと、っ!」
「……太宰?」
「きっとルイスさんは森さんに頼まれて僕を守っただけだ! 今さっきのもそうに違いない。じゃないと、こんな僕を心配して身を挺して守るわけが──っ、!」
パンッ、と乾いた音が響く。
俺が叩いた。
この頭が良すぎるが故に考えすぎて正解から遠のく莫迦を、叩いた。
「手前がどう思おうが自由だ! でもルイスさんをこんなところで死なせていいのかよっ!」
「……。」
「死なせたくねぇなら今すぐ離れろ。俺が|運ぶ《異能を使う》のに|手前《異能無効化》は邪魔だ」
「……そう、だったね。僕は役に立たない」
「そうじゃなくてだな──!」
「僕は邪魔なんだよ! 強い異能もなければ、力があるわけでもない!」
太宰の、あの大人のような子供の一面に困惑する間もなく車の止まる音が聞こえた。
「|首領《ボス》……!」
「避けなさい、太宰くん」
「……はい」
あの太宰が、素直に|首領《ボス》の言うことを聞いている。
まだ出会ってそう時間は立っていない。
でも、今の彼奴がおかしいことぐらいは理解できた。
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---
「──んーっと……?」
ココドコ。
「やっと起きたね、ルイスくん」
「……|首領《ボス》」
「ここまで怪我するのも珍しいんじゃないかい?」
前線に立たないから、と|首領《ボス》は起き上がろうとした僕をゆっくりと寝かせる。
とりあえず、僕は死んではいないらしい。
包帯が結構巻かれていて、太宰くんみたいだ。
「……っ、あの任務は!」
「中也くんが壊滅させたから心配はいらないよ。太宰くんも無事だ」
「そう、か……」
良かった。
その一言しか出てこない。
疲れているのか、元からなのかうまく言葉に出来ない。
「さて、私は紅茶でも淹れてくるよ」
「……。」
「暫くは休んでなさい。これは|首領《ボス》としての命令だからね、ルイスくん」
「動きたくても動けませんよ」
確か銃弾が身体に残ってた。
それを取り除いたということは、そこそこ大掛かりな手術だった筈だ。
|首領《ボス》もきっと顔に出さないだけで、疲労が溜まっている。
「──失礼します」
そんな声が聞こえたかと思えば、中也くんが部屋に入ってきた。
「お見舞いなんていいのに」
「いや、俺がやりたいことなので」
ひとまず受け取ると、中也くんは帰ろうとする。
話し相手が欲しいと言えば残ってくれたが。
「……太宰くんは」
「俺が叩いておきました」
「ちょっと待ってどういうこと???」
~説明中~
「──という感じです」
「彼の過去は?」
「知りません。本人はもちろん、|首領《ボス》に聞いても適当に流されました」
そうか、と僕は傷口を撫でる。
「“生きるなんて行為に何か意味があると本気で思ってるの?”」
「……それ、太宰の──」
「正直なところ、僕は君達より数年だけ先に生まれただけで他は何も変わらない」
「そんなことは……!」
「でもね、僕は思うんだよ」
死は、この世に生まれたすべての生物に訪れる終わりだと。
「“生”の反対が“死”というのは、確約されてない誰かが云った適当なことだ。生きる意味が、価値なんてものがないと思うなら人生を使って探すべきだ」
多くの死を見送ってきた僕も、まだ探している途中だ。
結論を出すにはまだ早い�。
「一つ良いかな?」
「何ですか」
「太宰くんのことなんだけど」
うげぇ、と顔を歪めた中也くん。
嫌なのは分かるけど、もう少し隠す努力をしてくれないだろうか。
一周回って面白く思えてくるけど。
「僕がマフィアから居なくなったら、君が止めてあげて」
「……そうか、ルイスさんは──」
「こうやって組織に長い間いることは避けてきた。理由はもちろん、迷いが生まれるからね」
「でも、俺じゃ止められませんよ。飛び降りを助けようとして触れた時点で、俺の異能が機能しなくなります」
「大丈夫。彼は君のことが嫌いだから」
ニコニコ笑っていると、中也くんは引いていた。
「……太宰くんが死ぬときは、きっと一人だよ。君と一緒に──心中なんて、死んでも死にきれないだろうからね」
「なんで俺なんですか。|首領《ボス》とか姐さんでも良いじゃないですか」
さぁ、と僕は起き上がって中也くんの頭に手を置く。
「同世代じゃないと遠慮するから、かな」
---
---
--- “花楸樹の夢”の後 ---
---
---
「そういえばルイスさん、眠っている時に夢とか見てたんですか?」
そんな質問をされ、僕は仕事をしている手を止める。
「誰も触れてなかったところに触れるとは……やるじゃあないか、敦くん」
「太宰さん、それ褒めてます……?」
「さぁね」
また後輩で遊んで、と溜息を吐く。
「夢は……どうだろうね。過去のことなら最近よく思い出すけど」
過去と言ったけどそこまで古い記憶ではなく、マフィアにいた頃だ。
いつかの任務で向かった、洋館の記憶。
あの時に見つけた欧州諜報員の手記はどうしたか、覚えていない。
「……太宰くん」
「どうかしましたか?」
「“生きているなんて行為に何か価値があると本気で思ってる?”」
少し瞠目したかと思えば、彼は笑う。
「──さぁ、どうでしょうね」
「ついでにもう一つ」
「えっ、まだあるんです?」
「或る人に僕、君の自殺を止めるように頼んでいたんだよね」
「……、まさか」
「そのまさかだよ。君があんなことを云うってことは《《彼》》と偶然か、わざと話をしたんじゃないかな?」
あぁー、と太宰くんが頭を抱えて机に伏せた。
僕が笑っているとアリスに引かれた。
(引かないでくれ)
『引くわよ』
周りにアリスの声は聞こえないので、一人で一喜一憂してるヤバい人だ。
「大切な人たちが生きてくれているのが、どれだけ嬉しいか」
『……ルイス』
「ねぇ、アリス。この前の返事をちゃんとするよ」
--- 僕は、幸せだよ ---
天泣です。
眠り姫さんの方にルイスくんがお邪魔しているの、皆さんはご存じですか?
何あの設定神すぎん???、ということでコラボのリクエストしたらまさかのOKでビックリしました。
てことで、少し補足じゃないけど昔の話を書いてみました。
最後は勝手に後日談の後日談を作りました((
すみません眠り姫さん本当にごめんなさい
コラボの経緯はこの辺にしましてっ!
まずタイトルが最高なんですけど!?
花楸樹(ナナカマド)というか、ルイスくんの誕生花とか気にしたことなかったんだけどヤバすぎ…好きです…
元々「藤夢」の話も好きだったのにこうやってルイスくんが関わることでめちゃくちゃ大好きになりました…っ!
本当にリクエスト書いてくださりありがとうございました!!
ということで、ぜひ眠り姫さんの小説を読みに行って下さい!
下にリンク貼っておきます!!
それじゃ、また来週お会いしましょう。
花楸樹の夢(眠り姫さん)
https://tanpen.net/novel/e24f5ef7-b8df-472f-bd30-d8a8c85b6bbb/