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『想いは、時を巡る。』 episode.4
「渋谷ー、渋谷ー、ご乗車ありがとうございましたー。」
アナウンスが聞こえ、私は電車を降りる。
こんな都会に来たのは久しぶりだ。渋谷とか、そういった都心は、家からじゃ中々気軽に行けるような距離ではない。
私――――増田結奈。これから、推しのアイドルと|彼女さんの誕プレ選び《ショッピングデート》します!
駅を出ると、真昼の日差しがとても眩しく照りつけていた。
駅から歩いて数メートル先の木陰にあるベンチに、タクトは座っていた。
ユナ「―――あっ………タクトさん!」
すると、タクトはこちらに気づいたのだが―――――
タクト「――しーっ!そんな大きな声で俺の名前呼ばれたら、すぐバレるから………!!“タクト”なんて名前、そんなにありふれた名前じゃないしさ………」
ユナ「すっ、すみません!」
タクト「ごめんね。渋谷だし、人通りも激しいから、今日はいつも以上にフル装備なんだよ。」
そう言うタクトは、メガネにマスク、それに帽子を被っていた。
タクト「だから、ユナちゃんも今日はバレないように俺に協力してほしい。……そうだ、カップルになりきろう!」
ユナ「……へ……??」
タクト「渋谷だし、カップルはそこら中にたくさんいる。カップルになった方が一番自然なんじゃないかな。大丈夫!俺とユナちゃん、そんな年離れてないし!」
いや………私は大丈夫じゃないんだけど………
タクト「じゃあ行こう!あ、今日はユナちゃんもタメ口でいいから。名前も呼び捨てでいいよ!さ、行こう《《ユナ》》!」
そう言われ、タクトは私の手をガシッと握った。
ユナ(ま、待って待って………!!今、タクトに呼び捨てされた!?それに、手も!)
ただでさえ暑いというのに、そんなことをされ、私は溶けてしまいそうだった。
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私とタクトは、近くの大型ショッピング施設で、彼女さんの誕生日プレゼントを選んだ。
服だったり、コスメ、家電、アクセサリーなど、たくさんのコーナーを見て回った。
とても難しかったが、何とかベージュ色のリップに決めることが出来た。
私もつけてみたいと思うほど、とてもいい色のリップだった。
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タクト「あー、何とか決まって良かったよー!俺の彼女もきっと喜んでくれるよ!ありがとね、ユ………あれ?どうしたの?」
ユナ「――い、いや!その……すごく可愛いなあと思って………」
とあるファッションブランド店の入口に立っているマネキンに着せられたワンピースが、私はどうも気になってしまった。
若草色の、爽やかなフリルやレースのついたワンピース。
しかし値段をみると、一万円と、とても高額だった。
タクト「よかったら、俺がプレゼントしようか?―――店員さん!このマネキンと同じ服、ありますか?」
ユナ「い、いいよ!全然大丈夫!自分でお金貯めていつか買うから……!!」
タクト「いや、プレゼントさせて。今日は、ユナのおかげで誕生日プレゼントも買えたし、本当に感謝してるんだ。これくらいはさせてほしい。」
タクトの真剣な表情に、私はぐうの音も出なかった。
店員さん「こちらでよろしいでしょうか?一万円になります。」
タクト「はい。ありがとうございます。カードで。」
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タクト「いやー、今日は本当に楽しかった!ここのところ、仕事ばかりで中々オフもらえなかったからさー。……もう6時か。そうだ、美味しい店知ってるんだ。よかったら夕飯も一緒に食べてかない?ご馳走するよ。」
ユナ「……ご、ごめん。私、家結構遠くて、今帰らないと夜遅くなっちゃうんだ………ごめんなさい………」
タクト「――――そっか。いいよ全然。あんまり遅いと、親御さんも心配するだろうしね………じゃあ、俺も帰ろっかな。駅まで送ってくよ。」
―――楽しい時間も、もうすぐ終わってしまう。
夢みたいだ。|推し《タクト》と、こうして並んで歩けるなんて。
―――しかし、横を歩くタクトは、何だかとても悲しそうな、残念そうな顔をして歩いていた。
話しかけるのも何だか駄目そうな気がして、私は黙ったまま歩いていた。
黙りながら歩く私たちは、周りの人たちから見て、いったいカップルに見えていたのだろうか。
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駅に着いた。
タクト「ここでお別れだね。あ〜なんだか寂しいな〜。」
さっきの表情とは裏腹に、タクトはとても寂しそうに笑う。
ユナ「………私もです。なんか、夢みたいでした。私、ただのファンなのにタクトと一緒に出かけて…………何で、こんなに私に関わろうとしてくれるんですか?………だって、私はただのファンなのに………」
私は、ずっと疑問に思ってたことをタクトに投げかけた。
タクト「―――俺は、君を《《ただのファン》》だと思ってない。」
ユナ「―――えっ…………」
タクト「――――って言ったら、どうする?」
ニコニコしながら、タクトはそう訊く。
ユナ「え………えと……その……」
私はどう答えていいか分からず戸惑う。
タクト「――うーん、やっぱ難しいか!ごめんね、変なこと聞いて。まあ、《《いずれ話すつもり》》だから!なんで、俺が君にばかり干渉するのかをね。――じゃあ、またね!ユナ!今日はありがとね!」
ユナ「あ………はい!服、ありがとう!彼女さんが喜んでくれるように祈ってるから!」
タクト「じゃあね〜!」
ユナ「はい!」
私は、駅の改札へと急いだ。
タクト「―――ふふ、“祈ってる”か………言えなかったなぁ…………―――でも、次こそは…………!!」
その後も、タクトとの交流は続いた。
ラインでもたまにやりとりしたり、お互いが休みの日は会って買い物したり、カラオケしたりなど、タクトとの日々を思いっきり楽しんだ。
こうして、タクトが私の高校に来たあの日から、5ヶ月が過ぎようとしていた。
その日は、タクトに誘われてPrince×2の冠番組の収録の観覧に来ていた。
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タクト「ありがとね!今日は来てくれて!」
ユナ「うん!とても良かった。」
テレビ局の入口のスペースで、私とタクトは喋っていた。
あのショッピングデートの日以来、お互いタメ口と呼び捨てで喋っていた。
タクト「―――俺、ユナのこともっと知りたい。ユナは、俺の知らなかった世界をいつも教えてくれる。」
ユナ「そ、そんなあ………大げさだよ………でも、タクトには彼女さんがいるんでしょ?私なんかと関わってたら、彼女さん悲しむんじゃ………」
タクト「―――いや、そ、それは……その…………」
「ゴン!」
タクト「――いてっ!」
タクトの体に何か当たったのか、タクトは前のめりに倒れる。
ユナ「キャッ………!!」
そして、私も倒れ込んだタクトにぶつかり、地面に倒れ込む。
思わず目を閉じたが、再び目を開けると、私は仰向けで、タクトは私に覆いかぶさるように倒れていた。
私の顔の横にはタクトの腕があり、顔の距離もとても近かった。
タクト「―――あ、いや違うんだ、わざとじゃ………」
ユナ「――彼女さんいるのに、こんなのおかしいよ!!バレたらタクト、アイドルできなくなるかもしれないんだよ!?こんなの嫌!!やっぱり、アイドルとファンの距離感で良かったんだよ!――もう、二度と会わない。私は、ただのファンに戻ります!!」
私は、逃げるようにタクトの前から去った。
私の、心の底に溜まっていた不安が一気に爆発した。
―――そうだよ。こんなタクト嫌だ。
|アイドルとファン《私たち》は、一線を越えてしまったら、ダメなんだ。
そうだ、これでよかったんだ。
タクトの幸せのためにも、私は身を引くべきだったんだ。
タクト「――――待って!!本当は、彼女は―――――」
夢中だった。いつの間にか駅についていた。
帰りの電車、私はとても気持ちが沈んでいた。
今にも、泣きそうだった。
タクト「――はあ………こんなつもりじゃなかったのに。何やってんだ俺は……………何で“本当の事”が言えないんだよ………クソっ………!!――――――嘆いても仕方ないよな。……帰ろ…………」
「――ブロロロロロロ…………」
「ブロロロロロロロロロ――――」
タクト「―――えっ……………」
「――――ガシャン!」
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2時間半ほどかけて、家に着いた。
ずっと無気力だった。頭の中でタクトとの思い出がぐるぐる回っていた。
「ガチャ」
ユナ「―――ただい………」
ユナの父「ユナ!!大変だ!!来なさい!」
ユナ「……えっ……!?何……!?」
父に手をガシッと掴まれ、リビングに連れていかれる。
ユナの父「―――ほらっ!!これ!!」
父が指を差したその先は―――テレビ画面だった。
「―――ガサッ!」
書いてあるテロップを見て、一気に顔面蒼白になる。
手に持っていた荷物を床に落としてしまう。
ああ、何で…………
神様、どうして……………???!!
「――――速報です。今日夕方頃、人気アイドルグループのPrince×2・馬場拓斗さんが、車にはねられ、先ほど亡くなったことがわかりました。―――」