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灯-第四章-〜もう一つの顔〜
第4章:もう一つの顔
手紙を読んだ翌朝、陽菜はこれまでになく早く目を覚ました。
心に残った彰人の言葉が、何度も何度も胸の奥で繰り返されていた。
——「お前は、ちゃんと、生きていい。」
それは、赦しだった。
誰よりも大切だった人からの、最も優しい言葉だった。
陽菜は、朝日を背にして、小さな決心をした。
「彰人が見ていた世界を、もう一度見てみたい。」
■小さな手がかり
数日後、陽菜は彰人の書斎を久しぶりに整理していた。
本棚の奥、資料が詰まった箱の下から、ひとつのノートを見つけた。
“プロジェクトHIKARI”
それが表紙に書かれていた。
「……これ、なに?」
中を開くと、ボランティア活動に関するメモや日程、計画案がびっしりと手書きされていた。
それは児童養護施設の子どもたちに向けた「創作教室」を企画する計画だった。
“外の世界を知らない子どもたちに、「自分にも物語がある」って伝えたい。”
“誰かが彼らの『ひかり』になることはできる。けど、それより、自分自身で灯せるように——”
陽菜の手が止まった。
彼は、自分に何も言わず、こんな夢を抱えていた。
仕事の合間を縫って、こんなにも綿密な計画を立てていた。
彼の死後、このプロジェクトは宙に浮いたままだった。
「……これ、完成させたい。」
自然に、そう思えた。
彼の言葉が、自分の中で何かを押し出していた。
「生きること」は、もう一度誰かと“つながること”でもあるのだと。
■再会と決意
その日の午後、陽菜は再び悠に連絡を取った。
喫茶店で合流し、ノートを見せると、彼は目を丸くした。
「……まさか、こんなものを残してたなんて。」
「これ、実現できないかな……。私、やってみたい。」
悠は少し驚いた表情を見せたが、すぐにうなずいた。
「彰人が君と出会ってから、人が変わったんだよ。
誰かのために生きようって、そんな強さが見えてた。
その続きを、君が歩くなら、俺も手伝いたい。」
陽菜の胸に、確かなものが灯った。
これは“喪失を乗り越える物語”ではなく、“誰かの夢を引き継ぐ物語”になる。
そして、彼女自身が自分の道を見つけていく——そんな新しい章の始まりだった。
■次なる一歩
プロジェクトの資料をまとめ、施設への連絡を始めた。
最初は戸惑いもあったが、悠が間に入ってくれたことで話は少しずつ前に進み始めた。
陽菜の中で、「生きる」という感覚がゆっくりと確かな形になっていった。
夜。
書斎の机に残された彰人の写真に向かって、そっと話しかける。
「あなたが見たかった景色、私がちゃんと見るからね。」
その瞬間、窓の外で雪が静かに降り始めた。
けれど不思議と、冷たさは感じなかった。
むしろ、心の奥が、ほんのりと温かくなっていた。