名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
公開中
民泊「ステイながみね」は煙に包まれていた。
民泊「ステイながみね」は煙に包まれていた。回転灯で紅白交互に照らされている。石畳が滝の様に濡れ、ホースが路地の奥まで這っている。避難民とすれ違いざまに訊かれた。
「あんた、看取り屋さんだろ」
男は依頼者だった。
「ええ、京終みとりはあたしですが」
戸惑いつつ身分証明書の提示を求める。嫌がらせや虚報を防ぐためだ。相手は真城潤《ましろじゅん》、被害者の会を纏めてる。
「警察も消防も相手にしてくれへんのや」
感情的な関西弁を交えて言うには数年周期でボヤ騒ぎが起きるが出火どころか被害すらなく行政が何度も立入調査や改善を勧告するものの、原因不明では改善しようがない。警察は立ち退きを勧めるが民事不介入が足枷になっている。
「お任せください…と言いたい所ですが、警察車両がごった返していては…」
京終みとりの管轄外だ。
「規制線が解けるまで待てません。妻が限界なんだ!」
真城の細君は十年来の精神疾患に苦しんでいる。
自業自得だ、とみとりは喝破した。「あなた、看病の息抜きと称して不倫したでしょ?」
潤はハッと息を吞む。介護疲れを和らげるため患者を短期入所させる制度があ
る。男と女がこれ見よがしに一泊二日のクルージングを満喫する図がちらつく。「職場仲間と旅行したっていいだろう。俺は下の世話までしてるんだ。それとボヤ騒ぎは関係ないだろ」
するとみとりが質問した。「外国の港に降りましたか?」
日本発着のクルーズ船は国内航路との競合を避けるためコースに外国の寄港地を含む規則がある。途中下船するしないは乗客の自由だ。
「三年前にベトナムに行った。べ、別に毎年、遊び惚けているわけじゃないぞ」
訊かれていない内容までべらべらと喋る。後ろ暗い証拠だ。みとりの眼がそう言っている。
「お、お参りに行ったんだ」
ベトナムの鬼月は日本の盂蘭盆会に当たる。供え物は施しと看做され、救済の祈願がかなう。そこをみとりは突いた。
「夜の街で撮ったでしょ?」
少女の瞳に面積の狭い生地が艶めかしく揺れている。激しく明滅しシャッター音が聞こえてきそうだ。
「ううっ…それとお前は関係ないだろう」
「まず鬼月のタブーを犯した。そして婚約まで破棄したでしょ」
看取り屋は何もかもお見通しだ。真城は異郷の鬼を連れてきてしまった。
窮鼠猫を嚙む。ついに真城は逆キレした。
「帰れ!俺のプライバシーを暴いて誹謗中傷しやがった。刑事告訴してやる」
物凄い剣幕に少女二人は這う這うの体で逃げ出した。
大通りまで走ってあかしの息が切れた。スカートの裾も気にせず欄干に腰を掛ける。
「あんなこと言っちゃって大丈夫なの?」
「宣戦布告も兼ねて煽ってやったの。そして謎の氷山が一角だけ溶けた」
ひょうひょうと答えるみとり。それによれば異郷の鬼はベトナムが深く関与しているらしい。
「もしかしてモッチャムの店も」
あかしが青ざめる。
「そうよ。誘われた。つか、正確には誘われてた。だから、あたしは乗ってあげたの」
「じゃあ、自作自演?」
「口の悪いおんなに言わせるとそうなる。でも、現実は違う。公園で飛んできたミサイルっぽい奴は燃えがらよ。鬼月の風習に送り火があるの。盛大に煙をたててね」
「――」
あかしの中で点と線がつながった。
「じゃあ、今のボヤ騒ぎも…」
「鬼の関与が疑われる。ステイながみねの宿帳を見てみたい」
「あんた、バカ? 宿帳なんて個人情報の塊じゃない」
「言葉の綾がわからない女ね! 民泊協会でステイながみねの評判くらい訊けるんじゃないの。どんな国の人々がメインターゲットとか」
あかしが何か考えている間に、みとりが顔を上げて言った。
「?」
その後、何を話したかはわからない。だが、あかしが答えられることは何もなかった。
みとりは気を引き締め直す。あの公園の方角を向いている。
「行く」
その後、公園が見えてきた。薄煙に包まれて異様な雰囲気がただよう。遊具が虚しく揺れている。人の気配はなく、木々や草木が静かに生を謳歌している。綺麗だわ。あかしは思わず花に目をとめた。キンカンや梅、桃の花が咲いている。そのうち花びらが勝手に寄せ集まって花のアーチやフラワーロードを形作った。まるで透明人間が祭りの仕度をしているようだ。想像力豊かな人間はそこに人ごみや賑わいを補完できるだろう。
「ざわついてる…」
「ええ、確かに集まってきているわ」
みとりはあかしに同意した。
「異郷の鬼…で、間違いなさそうね。この雰囲気」
風がバタバタとみとりのスカートをはためかせる。裾が盛大にまくれあがり腰の紺無地に二重線が丸見えになってる。
「ちょっと…」
あかしがたしなめようとした時、か細い声が聞こえた。
Hmoob ntawm kuv lub hlwb.
thov koj muab rov qab rau nws.
Muab kuv rov rau hauv kuv lub siab.
みとりはすっくと立ちあがり、セーラー服を風にそよがせつつ、答えた。
「Gaox mol haid dus?」
すると、間髪を入れず「Mol zhed」
かぶりをふり、みとりは畳みかける。「Gab naox?」
あかしはわけが分からず、思わず口をはさんだ。
「ちょっと、みとり。誰と会話してるの。つか、何語?」
「モン語よ。Hmoob」
すると、ざらついた英語がどこからともなく聞こえて来た。
ラジオか何かか耳障りな空電ノイズが混じる。
They especiaus there brahme alonger, but it doses for the deep a general jungle! They asked it on surely! The street for lasso strangeshots. But some passion has a fewer or legisker, does the girl of a cafe? He usually going a code ack up??
The behavior of the rosary home, so you have a color that does not like awake me eat the doing eyes, we ended close it as in the bousen°
全く、意味をなさない。ただ、ところどころに狙撃だの、投げ縄だの物騒な語句が混じっている。
「あかし、これは何だと思う?」
「ラジオ…にしちゃ、変ね。やりとりがある」
「これは、無線の会話よ。米軍の交信を拾ってわざわざ聞かせてる」
「さっぱりわけがわからない。平和な虹京都に軍隊だなんて」
「立志舎大学平和研究所が等持院新町にあるでしょ」
「等持院ってさっきのベトナム人の店じゃない」
あかしは地図アプリで確認する。
みとりはいう。モン族は解放戦線《べとこん》を叩くために米軍の特殊部隊として訓練された経緯がある。そうするしか攻撃を逃れる術がなかったのだ。そして同じベトナム人と戦う羽目になった。
立志舎大学に大勢の留学生がいた。その一部は戦後も残り平和研究所を築いた。「それが騒動にどうつながるの。平和になってよかったじゃない」
いぶかしむあかしにみとりはきっぱりと言った。
「戦争はおさまっても遺恨《いたみ》は消えない」
「でも、なんでみとりに反応したの」
すると制服のスカートがふわっと浮き上がった。まるで見えない手が何度もめくるように。
「やぁねぇ。これは麻の生成りじゃなくて体操服なの」」
みとりが裾を直すと靴音がした。トコトコと誰もいない場所に足跡がついていく。
子供がどこかで騒いでいる。
「あそこにいるの?」
あかしが指で指さして言った。
よく見ると、子供用のアパートではなかった。真ん中に大きく穴の空いた家に小さな女の子が遊んでいた。そこには血まみれの遺体が折り重なっている。
屍の真ん中に大きな包みがデンと置いてあり、隙間から腕が垂れていた。
「みとり、ちょっと」
あかしは梱包の柄に目を見張る。濃紺に白の平行線。
「階級章か何かを象徴しているつもりらしいわ、だいたい察した」
みとりは眉間をもんだ。まさか21世紀にもなって冷戦を総決算《みと》る羽
目になろうとは想定外だった。
遺体は少女の親族らしい。女の子はときおり話しかけている。
「望郷の鬼…今回はうかつに手が出せない。ステイながみねの騒音、あれはガスフレアリングかもかもしれない。」「ガス…なにそれ?」
訊き返すあかしに言い換えで対応した。
「ガス抜きよ。石油施設とかでどうしても余分なガスが発生するの。リサイクル費用が掛かるから可燃物は燃やしちゃう」
みとりはステイながみね界隈のポルターガイスト現象が怨念のガス抜きであろうと推測した。ベトナム戦争中は留学生、戦後はその伝手を頼った難民《ボートピープル》が虹京都に流入している。また近年のエスニックブームが拍車をかけている。
「そいつらが異郷の鬼を連れて来たってこと?」
「まだ、わからない。そんな単純な話だと思わない。あかしのお母さんは…」
子供がどこかで騒いでいる。
「また、だわ」
みとりは耳をそばだてた。
「あそこにいるの?」
あかしが東の方角をさして言った。「なんか…子供用のアパートみたい…よく知らないけど…」
しどろもどろに応えるその瞳にオレンジ色が揺れている。
鬼火だ。みとりは咄嗟に身構えた。そもそも虹京都にそんな物件はない。
よく見ると、子供用のアパートではなかった。真ん中に大きく穴の空いた家に小さな女の子が遊んでいた。
「えっ。あの中に子供が?」
炎は窓枠から柱を伝い屋根にのぼる。そして梁が崩れ始めた。
「ヤバい奴じゃん」
あかしは脊髄反射を理性で押さえつけた。普通に考えれば火事である。しかし心霊に下界の常識は通用しない。
しかも、妙な光景を目撃していたみとりが、少し固まった。
「ねぇ……あなた。ここに住んでるの?」
小学校低学年ぐらいの少女がゆっくりと燃え盛る家から歩み出た。まっすぐこちらに来る。
おそるおそるあかしが声をかけた。
「そうよ、でも住んでるわ……」
女の子は断言した。
「……。」
人外であることはわかっている。しかもまだ幼い。成仏《さとす》べきかどうか。
あかしは考えつつも手のひらを見続けた。
「あなた、帰る家《おはか》、間違えたの?」
「……」
あかし、考える。これは見かけより強力でやっかいだ。
みとりはしかたなく少女を看取ろうとする。
「あの、いつまでここにいるの? 天国に行かせて頂いてもいい?わたしたちが昇天《おくって》あげる」
すると少女はここに住みたいと強請った。
爆発炎上するアパートは文化住宅から木造平屋に変わっていた。そして大きく殴られたようにひしゃげている。あきらかに物理的な外圧が加わっている。それも非日常の力だ。例えば、爆弾。
みとりが首を傾げた。ベトナムの戦没者が日本に迷い出てくるだろうか。建物のつくりは明らかにモン族の特徴がある。
「単なる地縛霊のたぐいじゃない、」
あかしがじっと見つめる。そしてスカートのジッパーを降ろしてブルマの後ろポケットからシルバーブリットを取り出した。
スカートのホックを留め直し、裾をあげて太腿のホルスターから銃を抜く。
「これ一発でどこへでも逝けるわ。どこに。どこ逝きたいの?」
「私はここから離れられない」
そう答えた時、あかしが手を挙げて制した。
「あの宿の人たち、避難さなくちゃ」
「どういうこと?」
みとりはぴたりと地面に伏せ、狙いをステイながみねに定める。
「あの建物がただ民泊じゃなくて宿坊《しゅくぼう》だということはわたしも気づいてるわ…」
虹京都に定住しているベトナム人が鬼月に親族を呼び寄せる施設である。それはたやすく導かれる。問題はガスフレアリングだ。なぜ鬱憤が溜まるのだろう。
「怨念じゃなくて鬼太鼓《おんでこ》だとしたら…?」
あかしは推測を補足した。鬼太鼓は京都の伝説だ。酒吞童子を太鼓で追い払ったという。ベトナムの少数民族にも厄除けの鬼太鼓がある。定期的に溜まった悪運を打ち払うのだ。
ステイながみねが定期的に発する騒音は鬼太鼓の可能性が高いとあかしは言う。
「だったら、この子は…?!」
みとりは言葉を区切った。
宿坊界隈に固執し魔除けに勤しんでいる。
「…座敷童よ」、とあかし。
すると彼女は頷いた。
「私はもうずっとあの建物に住んでいる。お金は持たされていない。それに、学校に出かけたり、友達を連れて遊びに行ったりしてない」
少女の口調は厳しかった。
三途の川を渡る冥銭は六文だという。座敷童は無縁のものだ。
「貴女がステイながみねの守護神であることはわかったわ。だけど、鬼に見つかったらどうするの?」
あかしは懸念した。望郷の鬼と座敷童の戦力差は未知数だ。
「殺す」
「え…………」
「私も鬼の一種だ。鬼だけが鬼を殺す。ただ、全ての鬼が悪か分からない、時には鬼も人間の味方だ」
少女が言い終わらないうちに、みとりは言った。
「あなたは鬼なんかじゃない。人間なんだ。鬼を守ろうとしたり、守りたいと思ったりしている人間なんだ!そして、私はあなたの思い描く正義の味方なんだ!」
あかりが驚いたように座敷童を見返した。その目はまんまると腫れた頬に貼り付けにされていた。
「鬼は人が作った。だから私があなたを守るから、お願い。心まで鬼にならないで。貴方は本当は鬼じゃないのに、お願い」
みとりが言う。
座敷童をここまで追い込んだ原因は何だ。はっきりしている。戦争だ。
積もり積もった復讐の連鎖が戦後日本の観光地で憎悪の渦を巻いている。それがガスフレアリングの正体だ、とみとりは教えた。
「異郷の鬼というのはたぶんそれ。私も心まで鬼じゃない。だから、人の業から鬼を守れる!あなたが鬼じゃないなら、守って見せる。そして、約束して。護りたい気持ちが募るあまり、悪鬼にならないで。お願い」
少女が目を大きく開いて私を見上げた。
「あ、ありがとう」ざわ…ざわ…なんて生易しい前兆ではない。バーン、バーン。あちこちで爆ぜる音がする。ラップ音だ。それも特大サイズの霊力が弾けている。「あかり」と「みとり」二人の少女は鬼の襲来に身構えた。
ガスフレアリングがとうとう本性を現したのだ。
むき出しの承認欲求が鬼火、種火、かがり火、漁火となって無人の公園を燃やしている。街並みは絣模様のシルエットになり、緑色の空に柿の種のごとき雲が群れなし、レモンイエローの稲光が虚空を裂く。その喧噪をかいくぐって、ヒタ…ヒタ…と明瞭な足音が迫ってくる。
「こっち来るなっ!」
あかりは【破邪敬遠】の呪詛で先制すべく走り出す。
「待ちなさいっ!」
みとりが座敷童を振り返りつつ追いかける。
「ああっ!」
座敷童が頭を抱えてうずくまった。
ラップ音とは、まるでトランペットのように鳴る激しい音の後に、少女と鬼が
重なって見えてくるのだ。しかもその隙間を埋めるように、彼女らの前に回り込んだ鬼が何台も回ってくる。そして、その度に、どよめきが上がる始末ださらに、周りで転がり回っている少女達より鬼の先走る力が強く、振り回されまくっている。その勢いのまま、ラップ音が止まるまで何度も回り続けるのか、それほどまでに強い衝撃が体を襲っていた。
「来ないでぇっ!」
「待ってっ、みとり!」
あかりは【加治防御陣・分斬】の呪詛を放った。眩い光の蛮刀が年輪のごとき鬼火を八等分した。ぎしゃり、鬼火のバウムクーヘンが崩れる。
そこから赤鬼が悲鳴をあげながら飛び出した。座敷童に鬼が、またしても振り回される。
「どうして逃げるの?」
あかりが鬼に追いすがる。座敷童は鬼に髪をつかまれエコバッグのようにぶら下げられる。
「お姉ちゃんが逃げるからなんっ!」
座敷童はひきずられながらもがいた。みとりは霊力を固めて軽自動車サイズの塊を現出させた。半透明の拳が鬼を猛追する。
鬼の動きは速く、あっという間に、腕に掛かろうとした拳の動きが鈍くなってしまった。
そのうち、座敷童の態度が豹変した。みるみるうちに表情が険しくなり敵対的な暴言を吐く。
「逃げよう! あんたたち、大人しくやられる場合じゃない。ここで捕まったら、私がお前らを悪女だって言いふらしてやるんだから。ほら、とっとと逃げなよ。あなたたちの事は私の方から脅かしてあげるんだからっ!」
しかし、その後ろで手を叩いているのはみとりだ。
パーン、パーン、パーン、一定間隔で拍手する。座敷童をつかんだまま鬼が立ち止まり、悶え始めた。
「グワーッ!お、鬼太鼓《おんでこ》カーッ! やめろお」
だが、みとりは拍数をあげる。パン、パン、パン。
鬼は座敷童を放り出し、一目散に炎の向こうへ逃げ帰ってしまう。
「お、おねーちゃん、逃げないの?」
正気を取り戻した座敷童、別の鬼が襲い掛かる。
それを助けるように、みとりは、背後からやってきた鬼に向かって叫ぶ。だが、鬼は、彼女の顔を見て驚いた表情をする。そいつは立ち止まり、言った。
「君は、何をする気だ? 鬼族の事は私から言い聞かせた筈だが?」
手を叩いてる時、妙にみとりの表情が固かったのは何故だ?と、鬼が訊こうとして、彼女はある事を思い出した。
「あ、そう言えば…ベトナムには…」
そういいながら公園に面した敷地へ駆け込んだ。一軒家の庭に布団が干してある。その竿を抜き取り大上段に構えた。みとりが拝借した物は物干竿だ。それを年木《としぎ》代わりにして破邪しようというのだ。日本でも年末年始の魔除けとして年木を立てる風習がある。門松がそうだ。だがベトナムでは希少品なので竹で代用する。竿竹といいつつ金属パイプ製の物干竿で鬼を祓うのもなかなか苦しい解釈だが相手は形而上の存在なので年木の概念さえ成立すれば鬼退治も不可能ではない。
彼女はあかりに「ほら、あなた!」と鬼太鼓の援護射撃を頼んだ。
「こ、こう?」
見よう見まねで拍手を始めた。
その間にみとりは竿を蹲踞して距離を詰める。
「話が違うじゃないか!やっぱり人間は信用できん」
鬼はカッと両目に怒りの炎を燃やし筋肉隆々となった。腕がはちきれそうだ。
少女が、後ろで手を叩く。鬼はエメラルドグリーンの炎を踏み越えて座敷童をつかみ取る。
みとりは鬼の手の周りに回る風呪詛を送った。座敷童が風を纏った。
「え? 何? お姉ちゃん、何これ、こわい~~!」
風の精霊を象ったようなシルエットが躍り、少女の周りに渦を巻く風達が、小さな嵐のようになって鬼火を吸い上げる。
ぼうぼう…ぼう、ぼうぼうぼう。ごう、ごうごうごう。呪詛が鬼火に英気を送風し炎の勢いが増す。ぼうぼう、ぼうううっ。火は瀑布となって広がった。
(これも火を纏っているつもりなのか?)
そう思って、鬼は目の前にいる少女を観察する。だが、座敷童は積極攻勢に出ようともせず風の精霊を纏いつつも、鬼と目を合わせている。
(何? 私の周りには風が渦を巻いているのに)
これが小娘たちの出方というなら何と稚拙な攻撃だ。鬼は何千年も人と争ってきた。規模を錯覚させて脅そうというのか。まだまだ火力が足りぬ。この程度で怯むものか。所詮、生娘は生娘か。鬼はあなどった。いや、待てよ。
鬼が疑問を持ったとき、ふと、あかりが周囲を見回しながら口を開いた。
「火が渦を巻いているけど、周りの風ってことは、風の邪霊、邪霊陣を描くんだね」
そう言いつつ、鬼の少女に向かって歩き始めた。
(火を纏っているのは、風だけど。邪霊陣?)
鬼は哄笑した。「痴れ者め、爆ぜるものがどこにあるのだ」
鬼火の束に邪風霊を吹き込む戦術は可燃物を粉塵爆発させる手助けになる。
だが、陣の有効半径内にそれらしきものは見当たらない。
ふと、みとりが竿を降ろした。切っ先で公園の地面をなぞる。座敷童は風の精霊を纏いつつ、つま先であかりの周りを掘る。そして書いた陣をみとりに見せる。鬼の眼前に三つ巴の陣が描かれた。
「何だと?」
鬼は目を奪われた。
“風を扱う力を得た者”
それは鬼を含む妖怪族のなかでもとりわけ特異な能力だ。時空黒孔《ブラックホール》を操る初歩的な呪詛を基本にしていて神の御業に近い。
「邪が清まった極み。邪が聖となりて神と人を契る役目を仰せつかった時に授かる御業。それが、なぜ、ここに」
鬼の理解を越えている。
実は彼にはたった一つ、見落としがあった。
それが致命傷になった。
今までは、彼は座敷童を小娘の敵として認識していたようだが(実質的に座敷童と人間は契りを結べない。家に憑くからだ)
(これも、この陣は聖霊陣!)
鬼は自分の置かれた窮地にようやく気付いた。時すでに遅し。
周りの陣を指さし、みとりは竿を鬼に向ける。
「じゃあ、お願いしていいかな?」
あかりが頷いたのを受けて、みとりは座敷童に向かって竿を指さし出した。
「これから、貴女の周りに聖霊陣を描くことになっているんだけど、その陣に、イメージを思い浮かべて重ねて欲しいんだ。出来るだけ簡単に」
「ええと……そのイメージは何?」
「そうだね、あの渦に描いた物を風の聖霊陣に変化させて。火も……風も、清まった者のイメージじゃないと、聖霊陣を描けない。貴女の大切な想い何?」
座敷童は少し考えて瞳を潤ませたあと二つ返事で引き受けた。
「お願いするのは、それだけでいいのかな? それくらいなら、やるよ!」
気丈な座敷童にみとりは落涙した。
「それじゃあ、私の周囲から風の聖霊陣に風が動くようにイメージしてきて。聖霊陣は、一つ一つ、円の中に描いていって。そうしたら、陣と陣の間には、一つの球体を浮かべてね」
最終形態が整っていく。これは、いたいけな妖怪に、苛烈な負担を追及するもので、人間の方に照らせば、児童虐待に値する行為だ。
「これが、聖霊陣?」
座敷童は青白い光の膨張の繊細さに言葉を失った。
陣と陣の間には、球体が浮いていた。球体は、薄い茶色に光っていた。
「そう、そのなかに、貴女の一番大事にしている想いを詰めて」
みとりはその具体名を口に出す勇気がなかった。
「わかっているわ。いつまでも胸の内にしまっておきたい『良き想いで』でしょ」
座敷童は覚悟をきめた。そしてステイ長峰の宿泊客たち、座敷童に怯えたり驚いたり真摯に話しかけてくれたり、思い出だけど背に腹は代えられない。
彼女は胸の内を一気に吐き出した。それが球体に根こそぎ吸われていく。
一つの感情に火が付いた。爆発的に火球がひろがって鬼に引火した。
「ぐえぇぇぇぇ!」
鬼火が辺り一面を清め始めた。鬼がもがき苦しむ。
バァン。
ガスフレアリングが少女たちの耳を劈いた。鬼太鼓が止んだ後、公園には嘘のように静まり返った。生活音が満ちる。
座敷童はへたり込んだ。今は着物でなく地元のセーラー服を着ている。
投げ出した足に生傷があり、彼女が実体を得たことを示唆している。
もう座敷童、鬼子ではない。どこにでもいそうな女の子だ。
「でも、私だけ助かっていいのかしら……」
座敷童が言い終わる前に、あかりはみとりの腕を掴んで力を少し込めた。
「私は鬼じゃないって言ったね」
「うん………あのね、これは私の意思なんだ」
あかりが力を抜いたのを見て、みとりは言う。
「ただあなただけじゃない。私の思い描く正義の味方があなたの中にいる」
「私は……」
少女は小さな声で何かを言おうとして、喉を詰まらせて泣き出した。
「………やったね。ありがとう」
あかりは少女を抱きしめて泣いた。
しばらくして、少女が泣き止む。
「どうして……?」
「だって、私が鬼だって教えることで、みんな私が鬼だって思い込んでくれるかもしれない。それに、私はあなたがそんなことを考えなくて済むように……」
あかりはそう言って、また抱きしめた。
「私、鬼じゃないよ。人に恋するなんてごめんなさい」
「うん。でも、ありがとう、私があなたのこと守ってあげるから。だから、その、もっと強く、強く、抱きしめて」
「うん」
座敷童は街灯りのなかへ駆け出していた。戻る家がある。彼女はそう言っていた。
あかりは、鬼は弱く弱い動物なのだと思い知らされた。
きっと、私にもっと強い力が欲しかった。
もっと、もっと強くなりたかった。
そう思って、私の家を飛び出した。
この鬼たちとの物語はここからが本命。
鬼に恋した。
鬼を守れなかった
鬼に恋した
鬼をあの人に奪われた
鬼の気持ちを受け止めた
鬼の気持ちを受け止める
鬼の気持ち分かる…
鬼を守れなかった時の鬼の気持ち
鬼との恋は甘くないはず。
でも、ちゃんと恋の罪は分かったし、鬼に恋をしていたことも伝えた。
恋の罪は分かった。
みどりは思った。まだやるべきことがある。だが座敷童に対して私に出来ることはこれだけで、あとは物語の最後だ。
みどりは自分の胸に指を当てる。
自分の心も分からないような自分が、座敷童を幸せにしてやる自信がない。しかし、今ここで立ち上がらなければ、きっと一生、自分に負い目を感じることになるだろうと思うのだ。
だから、もう一度。
(お姉様、待っていて)
あかりと別れた後、みどりは一人で山へ向かった。
それはとても大切な儀式で、今の自分にできる精一杯のことだった。
山を登る途中で携帯電話が鳴った。あかりの携帯電話番号を表示してみどりは迷う。
彼女の想いに応えられないなら出ないべきだと思った。でも、みどりは出た。
「もし?」
『あら? どうしたの。急に大人しくなったわね』
電話口の向こうで姉の声を聞くとホッとした。さっきまで感じていた不安と焦燥感が消える。
みどりは深呼吸をして、言った。
あかりに会いに行く決心をした、それだけだった。
***
みとりの目の前に、二人の人間がいた。
片方は、座敷童を保護していた大柄な女で名前はみとりと言うらしい。もう一人は背が低くて髪の長い女。
彼女こそが真なる鬼だと彼女は知っていたが特に敵意はない。むしろ、座敷童が無事に戻ったことを感謝したいくらいだったが、彼女にはそう伝えることができなかった。
みどりは自分を取り戻したばかりで混乱しているようだったが、鬼子という妖怪の本性を暴くことになったとしても、みとりは彼女を保護したかったようだ。その意図はよく分からなかったが、今はもう座敷童とみどりが一緒にいて微笑んでいるだけで良かった。
真に鬼と呼ばれるべき者は私なのだから。
彼女は、もう、鬼子の振りをする必要はないのだ。そう思った瞬間、今まで胸の中で支えていたものがなくなった気がした。
ただの鬼子となった私は、座敷童を守る力を手に入れただろうか…… そんな風に考える自分を少し嫌だと思うが仕方ない。そうするしかないほど鬼子は強かった。だから鬼子を退治することしか考えられなかった。それが使命だと思っていたから。
しかし本当の鬼子とはどういう存在なのか、私は本当にそれを分かっていたのか。疑問は膨らんではじけ飛んで消えたりを繰り返すばかりだった。
(こんな時に誰か助けてくれないかしら?)
ふと彼女は、そう思って辺りを見回してみた。
すると少し離れた所にあかりがいた。
そしてこちらに向かって走ってくるのが見える。
鬼子として、彼女を追っ払うべきなのかと考えた時もあったけれど、その必要もないようだった。だって、あのあかりには何の力もないんだもの…… みどりを救ってくれたのはあかりだ。でも、私が、鬼があかりに恋したことは、誰にも内緒にしておこうと心に決めたのだった。
了 ----------
「ねえ。私の物語、ちょっとだけ長くない?」
----------
【あとがき】
第5話で終わりませんでした。次回こそ最終話になります。よろしくお願いします!
「ねぇみとり」
座敷童は言った。
「ん?」
座敷童は目を細めて言う。
「あのね、私ね、もうすぐ、死んじゃうんだって。お母さんが教えてくれた。私の身体がどんどん薄くなっていって、そのうち空気に溶けちゃうんだって」
彼女はみとりに話したがっているように見えたので、黙って聞いていた。
「みとり、私はもう死んでるんだよ。本当はずっと前に死んだの」
彼女は首を横に振って続ける。
「ううん、嘘なんかじゃないよ。私はずっとみとりと一緒なの。幽霊って知ってる? 魂が残っちゃってるの。そういう状態なの。私ね、お母さんと一緒にいられる時間が少し増えたんだ」
彼女は嬉しそうに語った。
「だからね、少しなら時間ができたの。お母さんの手伝いをしたりとか、色々」
彼女はそう言って、みとりをまっすぐ見つめる。
「それで、その、みとりの役に立ちたいんだけど、何したらいいかな?」
「……」
みとりは、しばらく考え込むように沈黙した後、言った。
「私はあなたを守りたい。あなたのことを助けたい。あなたに恩返しがしたい」
「そっか。そうだよね。でも、何をしたらいいんだろう……」
彼女はまた、みとりに語りかける。
そして何か閃いたように、手をぽんと叩いて続けた。
「あっ、そろそろお風呂入らなくちゃ。じゃあ、みとりが先に入る?」
そう言って笑う座敷童を尻目にみとりは言う。
「あなたを洗ってあげたい」
「いいよ別に。でも……どうして?」
みとりは少し恥ずかしげに答えた。
「私はあなたを綺麗にしてあげたかったから。私を助けてくれた、あなたを……」
***
みとりにとって一番最初の思い出は、自分の家に迷い込んできた小さな生き物と出会った日の事だ。
みとりには姉がいるが親はいない。だから姉がみどりを拾ってきたときは喜んだものだったが……姉が飼っていたペットの犬猫とは違うのだから当然のことながら、彼女は手探りで世話をする必要があった。
みとりには、みどりがなんの生物であるのかもわからなかった。ただ、彼女が姉の家に行った時は決まって怯えた様子を見せ、その度に部屋中をぐるぐる走り回って逃げ回った。
みどりを怖がらせないように、できるだけ優しく接するように気をつけていたが、なかなか上手くはいかない。
それでも少しずつ慣れてきた頃、みとりはみどりに尋ねたことがあった。
「あなたは何を食べるの」
と、するとみどりは「えーっと」と言ってみとりの手を引っ張った。それから、小さな声で何かを言い、家の外に連れて行ったのだった。
みどりの言うことを聞き取ることはできなかったが、どうやらみとりと仲良くしたいようだったので、「私も」とだけ返してみたり、一緒に走ったりした。
みとりは楽しかったが、みどりが満足したかどうか分からず、何度も同じ事を尋ねるうちにみどりもそれに答えるようになった。
ある時、みどりが「今日はね、お父さんのお見舞いに行ってきたよ」と言った。その時のみとりはまだ意味を理解していなかったが、みどりが「お父様」のことをとても愛していることだけはわかった。「良かったわね」と答えて、みどりの小さな頭を撫でた。
みどりが成長してからは、みどりを家に置きっぱなしにしていることが多くなった。「学校に行く」「友達と遊ぶ」と言うようになってからは、家に帰らないことも多くなった。
たまに帰って来たみどりは疲れ果てているか泥だらけだったりしたので、そんなみどりを見るといつもみとりは心を痛めた。
みどりのことが心配で、ある日、思い切って姉にみどりをどこで遊ばせてるのかと尋ねてみた。すると、姉は笑顔で言った。
「ああ、それなら安心して大丈夫。みどりちゃん、毎日元気にやってるみたいだよ」
みとりはその言葉を聞いてほっとしたが、同時に、少し寂しい気持ちになった。
みどりが帰ってきても、みとりが話しかけても反応しない時があり、みどりと会話をする機会が減っていた。
そんなある日の事だ。
その日、みとりが買い物に出かけた帰りに雨が降った。みとりは傘を持たずに出かけていたので急いで家に帰ってきた。しかし、その道中でみとりは道に迷ってしまったのだ。知らない道を歩きまわるのは危険だと思いながらも、なんとかして家に戻ろうとしていたら見知らぬ神社に行き着いたのだった。
(これは困ったことになったな……)
途方に暮れていた時のことだったが、鳥居の前に佇む影を見つけ、そちらに視線をやった。
それは人の形をした人形のように思えたが……近づいてみるとその瞳の虹彩には確かに命の輝きのようなものを感じた。まるで人間みたいな雰囲気を持つそれはこちらを振り向いて言ったのだ。「どうしたの?」
「あの……私迷子になっちゃって……ここどこかわかる?」
「うーん……分かんない」
「そっかぁ……」
「どうしたの?」
「うん、実はさ……」
そこで、みとりは、その子と出会ってから今まであった出来事を話して聞かせることにした。すると相手は、
「へぇ、すごいんだね!」
と言って笑みを浮かべる。みとりもつられて笑い出した。二人はしばらくの間、話をした。みとりの話に耳を傾ける彼女の顔は輝いて見えたが、やがて空を見上げて残念そうな顔をする。みとりがどうしたの? と言うと、
「うん、もう時間なんだ」
と、そう言って立ち上がって、みとりの目の前に歩いてきて、彼女の手を握って言った。
「また明日、ここで会おうね」
そして彼女はみとりに背を向けると暗闇の中に消えていった。
***
「ねぇ、その話、私も知りたいんだけど……」
座敷童がみとりに言うと、彼女は目を逸らす。
「……もうちょっと後」
「なんで?」
「……もう少し経ってから」
「ふぅん……」
座敷童は不満げに呟くと、みとりの腕にしがみついた。そして、頬を寄せると甘えるように擦りつける。みとりがくすりと笑うと、彼女は照れたように微笑んでみせた。
---
数日後の朝、みとりは目を覚ました。
まだ意識が覚醒しきっていないようで、ぼーっとして頭が働かない。そんな状態ではあったがふと窓の方を見てみると朝日に目が眩んだ。
昨晩、いつ寝たか覚えていないが随分早く起きたらしいことは確かだった。「おはよう」
隣では、みどりが穏やかな表情で眠っていた。みとりは、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。みどりの温もりを感じてみとりの心が安らいでいく。しかし、その反面、胸を締め付けられるような痛みも感じた。
しばらくしてみどりが目を覚ますと、みとりは彼女を抱っこして言った。
「あなたはどこにも行かないよね?」
みどりは不思議そうに首を傾げる。
「あなたは、私のそばにいてくれるよね?」
みどりは少し考えてから、小さく首肯した。「ありがとう」
それだけ言うと、みとりは黙り込んだ。
彼女はこの先どうなるのかを考えてしまった。不安で仕方がない。でも、それを表に出すわけにはいかないと思った。だから彼女は無言のままみどりを強く抱き寄せた。みどりは戸惑っていたが、みとりの髪を優しく撫でてくれた。
彼女は、しばらくみとりに寄り添っていようと決めた。みとりを独りにしてはおけないから。
彼女は、みとりの手を握りしめた。
みどりが眠りにつくと、みとりは部屋を出た。みどりを起こさないように足音を立てずに歩くと玄関まで辿り着くことができた。ドアを開けると冷たい風が吹いてくる。
みどりはずっと家にいるし、きっと問題ないだろうと自分に言い聞かせながら、みとりは家を後にした。
目的地に向かって歩いていると、見知った顔を見つけた。
あかしだ。彼女はみとりの姿を見つけるなり、小走りで駆け寄ってくる。みとりは驚いたが、すぐに警戒心を強めた。みどりを連れて逃げた方がいいのではないか? と一瞬考えたが、結局そのまま歩みを進めることにした。あかしはみとりの前で立ち止まると口を開いた。
「あなたが真城さんですか? 私は【加治防御陣・破魔】の呪法を使えるんです。あなたが本当に霊障に苦しんでいるなら私が助けることができます」
その言葉を聞いたみとりは目を大きく見開いた。
「本当ですか?」
「はい」
「お願いします」
「分かりました」
あかしはそう言うと両手を前にかざす。
みとりの身体が光に包まれていく。
「これであなたの呪いは完全に解けたはずです」
「……どうも」
「あなたを縛るものはもうありません。好きなところに行ってください」
「はい」
みとりは頭を下げる。
「あ、そうだ。お礼と言ってはなんですが、あなたのお手伝いをさせてください」
「え、でも……いいの?」
「もちろん」
「それじゃあ……よろしく」
「はい」
「じゃあ、これから一緒に来る?」
「行きましょう」
「……あのさ、良かったらうちに来る?」
「いいんですか?」
「いいよ」
「では、ご厚意に甘えさせていただきます」
「うん」
こうして、みとりは仲間を得た。
その日の夜、みとりはベッドの上で横になっていた。
あれから1週間ほど経ったが特に何も変わったことはない。強いて言えば、みどりが少し大きくなったくらいだ。
最近は、毎日が楽しかった。あかしと二人きりの生活だったが気まずくなることもなく、二人で楽しく暮らしていた。
ただ、たまに思うことがある。このままで良いのだろうか? 自分は何をすべきなのか? と。
(今頃、皆どうしてるかな?)
考えないようにしていたが、どうしても考えてしまう。
(やっぱり、私も行くべきだったのかしら)
みとりは寝返りを打つ。布団の隙間から冷気が侵入してくる。ぶるりと震えると、みとりは掛け布団を引き寄せた。
(……まぁ、いっか)
考えるのをやめた。どうせ、自分の人生なのだ。後悔のない人生を送ろう。
みとりは瞼を閉じると深い眠りについた。