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序章
椿は、珍しく電車に乗っていた。
電車の走行音が苦手、と言う理由なのだが、今回は電車移動を余儀なくされている。
目的地は、普段拠点にしている○○市から特急電車で1時間、ローカル線に乗り継いで30分の山奥。
椿「うわ、全然家ない…」
御魂「早く終わらせないと帰れなくなるみたい」
人2人分のスペースを開けて横に座った御魂が、分厚い時刻表を片手に呟く。
椿「そっか〜。まあ、簡単なお仕事だから大丈夫じゃない?」
御魂「ここに泊まるなんて嫌だし、早く済ませなきゃ…」
椿「…もしかしてさ、僕のこと嫌いだったりする?」
御魂「まさか」
椿「絶対嫌いだよね!?このスペース何!?」
御魂は明後日の方向を向いている。
椿「柊の同期扱い辛い…」
御魂「…椿は、なんでこの業界に入ったの?」
椿「それ聞いちゃう?…僕はねー」
電車が止まった。
椿「おっと。早く行くよー…って、ちょっ、置いてかないでね!?」
御魂が話を振ってきたというのに、椿を置いてさっさと下車してしまった。
椿「何が好きでこんな山奥に住んじゃうかなー」
駅からまっすぐ、山の上の方まで延びる道を暗闇の中ひたすら歩く。田舎故か、電灯は少ない。
椿「仕事の効率下がるんだけどー。…ほんとさあ、僕は毎日毎日真面目に仕事してんのに、回してもらえる仕事減ってきてんだよね。闇バイトっていうのとかが流行り出して、そっちの方が安値だしリスク少ないからそっちに回しちゃうっぽくて。そーいうのはプロに任せて欲しいんだけど」
御魂「でも、アンタ1人じゃ強盗とかはできないでしょ」
椿「何言ってんの。強盗でもなんでもできるんだよ、僕は。そりゃ勿論、お祓い、とかプログラミング、とかさ、そーいう大学行って専門的に学ばなきゃいけないよーなやつは無理かもだけどさ、一般人ができることなら僕にもできるに決まってるじゃん」
御魂「あ、そう…」
椿「そりゃ、僕は大学どころか高校も行ってないし、教養なんてカケラもないよ?でもさあ、その辺にたむろってるカップルとかよりは頭の良いこと言ってない?義務教育きちんと受けたのにそれを活かすっていう考えがそもそもできない脳してんだよ、アイツらは」
かなり急な傾斜の道を歩いているというのに、息切れすることなく喋り続ける。夏中五月蠅い蝉のようだ。
三叉路を左に曲がると、目的地が見えてきた。
ごく普通の一軒家で、リビングらしき部屋から話し声が聞こえる。
椿「今回は、このお家にいる奴皆殺し、だよ。掃除は頼んであるから、いくら汚してもダイジョーブ」
御魂「何人いるの?」
椿「父、母、息子、娘の4人。バラバラになった頃に一撃で殺っちゃった方が良いかもね。あ、殺しは僕が全部やるから、御魂はここで妨害電波出したら、誰か来ないか見張っといて」
嬉々として一軒家に向かっていく椿。
家の前で立ち止まり、真っ暗な部屋の窓から侵入する。
椿「ここ、息子の部屋?じゃ、先に死んでもらおっかな〜…」
ナイフを構えて、ドアの真横に立つ。
数分も経たずに、ドアが開いた。
椿「ごめんねー」
ナイフは正確に息子の首を切り裂いた。
死体を部屋に運び、ドアを閉めて廊下を歩く。
椿「あ、電話ってあんのかな?あったら壊さないと通報されちゃう」
カンでリビングに向かう。
聞こえる声は3種類。父、母、娘が揃っているらしい。
椿「らっきー♪」
躊躇なくドアを開け、すぐ近くにいた母親の胸にナイフを突き立てた。
半回転させて抜けば、確実に致命傷だ。
椿「団欒中にごめんねー。ちょっと死んでくれないかな。でなきゃ困るんだけど…。あ、叫んだり電話かけるの無しね。他の人が君らのせいで死んじゃうよ」
別に、彼らが電話をかけた相手が死んでも彼らの責任では無いのだが。突然ナイフを持った男が母親を殺したショックで正常な判断ができていないらしく、2人とも黙って窓の方へ移動する。
椿「あ、逃げたら楽に死ねなくなっちゃうんだよね。外にさ、後輩がいるから、その子は毒を使って殺すタイプで、今ちょっと機嫌悪そうだから、遅効性の毒使うかもしれないし、なら、僕に一撃で殺された方が良くない?」
パパ「なんで、私たちを殺すんだ?」
椿「なんで僕が知ってると思うのさ。僕は依頼されて殺しに来ただけ。代理人だよ。なんで殺さなきゃいけないのか、なんて考えないよ。あんただって、自分の仕事の意味とか、考えないでしょ。それと一緒だって。まあ、なんかやっちゃったんじゃない?無差別でいいなら、こっちに依頼なんてしてこないだろうし。…喋りすぎちゃった。終電に間に合わなくなっちゃうし、さくっと死んでくれるかな」
2人の首を切り裂く。返り血をつけたまま電車には乗れないので、汚れたウインドブレーカーは脱ぎ捨て、外に出る。
椿「御魂ー。終わったよ」
御魂「じゃ、早く帰ろ」
椿「誰か通ったりした?なんか視線感じた〜、とかない?」
御魂「あったら死体がその辺にあるでしょ。誰も来なかったわ」
椿「そうなの?おかしいな……」
御魂「え?」
椿「ここの家に住んでる家族さ、本当の家族じゃないんだよ。父親と息子は殺し屋、母親は芝居屋で、娘は名簿屋。全員『貿易社』の社員だから、何かしら連絡を取ってこっちに応援呼ぶかなあと思ったんだけど」
御魂「…あたしに、やって来た奴らを殺させようとしてたの?」
椿「そうじゃなきゃ、わざわざ連れてこないじゃん。御魂は、標的が少ない時とか、室内戦は強いけど、屋外だったら毒とか使えないし、成功率低いでしょ。一人でちゃんと殺せるようにしないと、直ぐ死ぬよ?最近は『貿易社』が進出してきて、僕らもそーいう奴らに鉢合わせたら、そいつら殺さなきゃいけないし。あと、誰がこっち側の人間か、とか判別できるようにしなきゃね。油断してると、蜥蜴みたいになっちゃうよ?」
御魂「余計なお世話なんだけど。あたしは、蜥蜴みたいに油断はしてないよ」
椿「…蜥蜴は、油断してなかった。御魂は、蜥蜴の死体を見たことがあるっけ」
御魂「ない、けど」
椿「油断してたら、ああいう死に方はしなかったと思うよ。まあ、気を付けてね。いっそ『貿易社』につくってのもアリだよ?裏切った奴いっぱい居るし。僕が殺してあげたけどね。御魂も、楽に死にたかったら裏切ってみたら?」
御魂「嫌だね」
不機嫌そうに駅に向かう。
椿「…やっぱ、御魂は先に帰っといて。僕、ここに一泊するから」
御魂「え、野宿?」
椿「民宿あるみたいだし、そこに泊まるよ。野宿は危ないじゃん。熊とかでそうだし」
御魂「…じゃあ、気を付けて」
椿「またねー。裏切るときは、柊とかにも連絡してからの方が良いよー」
御魂は、振り返ることなく去っていった。
椿はまた山道を登り始める。
椿「さーて、やっぱ後始末は自分でしなきゃいけないよねえ。使ったものは元に戻しましょうって言われるし。あれ?なんか違うな。汚したところは綺麗にしましょう、かなあ。…まあいいや。これ、追加報酬あるかなー」
三叉路の左に、明かりが見えた。
3000文字にはいかなかった…良かった…!
リクエストにお答えして、三鷹ちゃんご登場。このシリーズでは殺し屋の本名は出てこない(ほぼ)なので、表記は『御魂』です。
あと思ったのが、開催中の自主企画に参加してくださる方、ほとんど全て黒宮からの呼ばれ方が「本名」なんですよw
いや、本名知られてたら裏切った時に危険になるでしょ……。気を付けてくださいね。入浴中に感電死、とかいう死に方になっちゃいますよ