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マッチ売りの転売ヤー
濁ったため息を吐き出したくもなったが、口から出てくるのは「マッチ入りませんか」の柔らかくて、猫を被ったような一言のみ。
白い雪がしんしんと降り積もる。ボロボロの服は冷気をすっと吸い込み、あたしの身体へ染み込ませていく。今日の利益は、数えるまでもなかった。
|筆者《えらいひと》と親のせいで、あたしはこんな目に遭っている。本当に納得がいかない。
いや、納得がいっていないのは、あたし以外にもいる。このご時世、貧困物売り少女なんてフツーにいる。そんな彼女らは__
スッ、とマッチを擦ると、ぼんやりと優しい光が灯る。
__生きるため、知恵を絞っている。
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街角では、家電量販店のテレビが光っていた。
今話題のアイドルグループのグッズ売り場についての特集が組まれている。かなり人気なようで、みんなが欲しいと言っているらしい。値段こそ高くないものの、希少価値が高くレアなんだとか。
「いやーもう、あたしも早く欲しいんですよね!」
「みんな欲しいって言ってる。どんな手を使ってでも買いたい!」
__もし、あれを独り占めしたら?
ふっと黒くて濁った考えが、頭を染めた。黒いインクを落とされたように、どんどん滲んで広がっていく。
買値より高い値段で売れば、その差額で儲かるんじゃない?
希少価値が高く、レア。でも安い。つまり、大量購入して売り捌けば___
「マッチなんてどうでもいいぐらいの値段になる、とか?」
愛がないのに買うとかあり得なくない?
という、最後の懺悔のような白い思いが、頭をよぎった。でも、黒くなった頭は、そんな小さくて薄くて弱い白では薄まらない。倫理とか道徳とかより、あたしの明日のご飯の方が大事でしょ。
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需要と供給をチェックする。バレバレだろうが構わない変装をして、店だって少しずつ変える。そうすれば、意外とバレないものだ。マッチよりも__
盗みでもないし、物乞いでもない。これはちゃんとした、れっきとしたビジネスなんだから。
「皆さん!」
全然中身を知らないアイドルグループのことを持ち出し、マッチの時よりも声を張って「よってらっしゃい見てらっしゃい!」と呼びかける。飛ぶように、馬鹿みたいに売れた。
正直者が馬鹿を見る世の中って、こういうことでしょ。これから毎日、こんな世の中を見ることになるんだ。
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「んえーと?」
全然だ。転売の隠し場所ももう足りなくなってきたし、最近店員の目がすべてを疑うような目になっている。
あーあー、個数制限とか、対策厳しすぎる!煩わしすぎる!
っでも、こんなに楽な仕事でガンガン儲かれるんでしょ?もうずっとこれでやってくしかないじゃん!
需要と供給をチェックする。凝視するような店員の目を、セクハラ罪で訴えてやろうかと思いながら買う。もうグッズもそこそこ生産されるようになったし、なんかあんまり売れない。
ックソ、なんでこんな世の中になったんだよ。あたし、なんにも悪くないのに。
「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!!」
必死に、生きるために声を上げる。マッチを擦って、目立つように明かりを灯す。ワアワアと群がる害虫らを払いのける。こんなギリギリな手段でしか生活できないんだから。
…毎日、これ?
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「事情とか知らねぇくせにンなこと言うな!こちとら生活がかかってんだよ!!」
アイツらは冷徹に、あたしの言い分なんか聞かずに、アイツらはあたしの手に縄を結ぶ。痛いほど結びつける。あとがつきそうだ、本当。なんなんだよ。そっちは苦労も知らないで。
「転売ヤー逮捕」
ックソが。
Fin