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【曲パロ】秒針を噛む
あの夜、彼女は笑っていた。
夕食の途中、箸を置き、静かに泣いたあとだった。
「わかった。」
ただの言葉。
でも、その一言だけで、何かが決定的に終わってしまった。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
謝ることも、抱きしめることもできなかった。
なぜかって?
俺も、本当はとっくに気づいていたからだ。
この生活が、偽物だってことに。
毎日同じ時間に起きて、同じ駅で降りて、同じコンビニでパンを買って。
家に帰れば、彼女がいて、テレビがついてて。
それなのに、何一つ“通じて”いなかった。
俺たちはただ、関係を演じていただけだ。
「私もそうだよ」
彼女がそう言った夜。
それは慰めなんかじゃなかった。
ただの“足し算”だった。
お互いの嘘を掛け合わせた、積み重ねの果て。
俺は逃げた。
灰のような感情に潜って、時間の音に耳を塞いで、
白昼夢の中で“本当”を探そうとした。
でも何一つ壊れない。止まらない。
時間は、俺を置いて行った。
何が「わかり合う」だ。
そんな○印、どこにもなかった。
謝られても、許される資格なんてないくせに。
それをわかってて、彼女は謝らなかった。
俺が投げた言葉たちは、形を持たないまま、床に落ちていった。
誰にも拾われず、踏みつぶされる。
「なんでも受け止める」って言ってたな、あの子。
だけど、ほんとはもう限界だったんだ。
俺のためじゃなかった。
それでも、彼女に守られていたことに、気づいてしまった。
遅すぎたんだ。
ある日、彼女の部屋に行った。
もう住んでいないその部屋は、空気さえも閉じていた。
窓もカーテンも開いていない。
俺の心と同じだった。
俺はそこに立ち尽くし、声を出さずに泣いた。
過呼吸みたいな静寂の中で。
「僕って、いるのかな?」
答えは返ってこない。
だけど、問いだけは何度も浮かぶ。
俺はまだ、誰かを信じたいと思ってしまっていた。
信じることでしか、自分の存在を確認できなかったから。
あの時、奪って、隠して、忘れたかった。
彼女の全部を。
けれど、本当は——
最後まで、彼女に話したかったんだ。
「疑うだけの僕を、どうして…」
それはきっと、俺自身への問いだった。
救いきれない俺の嘘に、誰かが頷いてくれると信じていた。
でも、もう遅い。
空は晴れていた。
まるで全部が終わったあとの、静かな朝のように。
``ハレタ レイラ’’
俺の知っている、最後の彼女の名前だった。
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