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遮光カーテンの向こう側 2話
重厚な遮光カーテンの向こう側では、
時間は澱のように滞り、白柳唯兎という少年の存在は静かに希薄化していた。
外界から隔絶されたその部屋において、
彼はもはや「生徒」でも「息子」でもなく、ただ影の一部として溶け込んでいた。
しかし、彼が切り離したはずの「世界」は、
彼の不在を埋めるようにして残酷な速度で回り続けている。
同じ時刻、街の喧騒に包まれた教室では、
唯兎の欠落が別の形を持って現れていた。
窓際の席に座る雪野燈は、手元の教科書を見つめながらも、
その視線は所在なく空を彷徨っていた。
彼女にとって、隣の席が空席であるという事実は、
耐え難い空白として胸に突き刺さっている。
「……今日も来てないね」
燈の声は微かに震え、教室の喧騒の中に溶けて消えた。
幼馴染としての絆、そして言葉には出せない執着。
彼女にとって唯兎の不在は、単なる欠席ではなく、
自身の世界の半分が削り取られたような喪失感であった。
一方で、クラスの他の生徒たちにとって、
その空白は全く異なる意味を持っていた。
「あーあ、今日もいないのかよ」
誰かが投げかけた言葉に、
数人の生徒たちが下卑た笑みを浮かべて同意する。
彼らにとって白柳唯兎は、常に教室の空気を重くし、
同調を強いる異質な存在であった。
「正直、いなくていいよな。あいつの空気感、なんか近寄りがたいっていうか……」
「そうそう。あんなに暗い奴と一緒にいると、自分のまで引きずり込まれる気がする。いない方がずっと居心地がいいわ」
彼らは唯兎を「邪魔な存在」として処理し、
その不在を快楽として享受していた。
彼らにとっての自由は、他者の孤独を嘲笑うことで得られる安寧であった。
しかし、
その無遠慮な言葉の礫(つぶて)が教室に響いた瞬間、三人の影が動いた。
「……っ、いい加減にしてくれないかな」
低く、地を這うような声で燈が制止した。
彼女の瞳には鋭い怒りが宿っている。
それは唯兎を守ろうとする意志であり、
同時に彼を傷つける者への拒絶であった。
その隣では、皇直弥が机を強く叩いた。
彼の表情は険しく、周囲の嘲笑を撥ね退けるような威圧感を放つ。
「お前ら、自分のことしか考えてないのか? 唯兎には……あいつには、お前らみたいな浅い言葉で傷つける権利なんてないだろ」
直弥の声には、友情以上の熱量が混じっていた。
彼は唯兎の苦悩を理解しているつもりでいた。
彼自身もまた、坂上翠への想いに揺れながら、
友人の孤独に共鳴していたのだ。
「……本当に、最低ね」
最後に口を開いたのは、坂上翠であった。
彼女は冷ややかな視線を嘲笑っていた者たちに向けた。
その瞳には、直弥への恋心とは別の、純粋な憤怒が宿っている。
「唯兎くんの事情を、そんな風に語るなんて……本当に、最低だわ」
三人の強い拒絶によって、周囲の空気は一瞬で凍りついた。
嘲笑っていた者たちは、
その鋭い視線に射抜かれ、言葉を失って後退する。
しかし、この教室での衝突も、
カーテンの向こう側の静寂を揺るがすことはない。
唯兎は今、自分の部屋で、再び目を閉じている。
彼にとっての「地獄」は外の世界にあるのではなく、
自分自身の中にあった。
そして彼の守り神であるはずの友人たちが、
教室で彼のために戦っていることさえも、彼は知ることができない。
カーテンの一枚一枚が、外界からの情報を遮断し続ける。
燈の嘆きも、直弥と翠の憤怒も、
クラスメイトたちの悪意も、
すべては厚い布地の向こう側に押し込められ、彼には届かない。
唯兎はただ、自分の呼吸だけを聴いている。
外の世界では人々が叫び、
笑い、そして彼のことを語り合っている。
しかし彼はそのすべてから逃れ、
自ら作り上げた孤独の聖域へと深く沈んでいく。
光を拒絶する布地の向こう側で、
彼と世界との断絶はさらに深まり、
静かな停滞が永遠に続くかのように続いていた。