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〖灰かぶり姫の夜明け〗
灰を被った娘は、誰からも「シンデレラ」と呼ばれていた。継母と義姉たちは彼女を召し使いのように扱い、冷たい台所で眠らせ、粗末な服しか与えなかった。けれどシンデレラの瞳はまだ希望を失っていなかった。
ある夜、城で舞踏会が開かれると聞いた。義姉たちが華やかな衣装で出掛けた後、シンデレラは暖炉の前で泣いた。そこへ魔法使いが現れ、彼女に美しいドレスと硝子の靴を授けた。ただし、魔法は《《真夜中まで》》しかもたない。
シンデレラは舞踏会で王子と踊り、誰よりも輝いて見えた。やがて鐘が鳴り、魔法が解ける前に逃げ出した彼女は、片方の硝子の靴を落としてしまう。
――その靴が、彼女の運命を狂わせた。
王子は靴を手がかりに花嫁を探し、ついにシンデレラを見つけ出した。靴は彼女の足にぴたりと合い、城へ迎えられる。
けれど、そこからが物語の歪みだった。
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王子は彼女を妻に迎えたものの、次第に不安を抱くようになった。
――なぜ彼女は、靴が合うだけで「真の花嫁」だと言えるのか?
――舞踏会の夜の彼女は、魔法にかけられた幻だったのではないか?
城の人々も囁いた。
「本当にあの娘が王妃にふさわしいのか」「貧しい召し使いにしか見えない」と。
シンデレラは必死に努力した。礼儀を学び、言葉遣いを改め、笑顔を絶やさぬようにした。けれど王子の瞳には、舞踏会の幻の彼女だけが映っていた。
ある晩、王子は囁いた。
「本当に君は、あの夜の姫だったのか?」
シンデレラは答えられなかった。魔法の真実を語れば、全てが崩れてしまう気がしたのだ。
疑念に苛まれた王子は、彼女を冷たく突き放すようになった。やがて義姉たちが城に招かれると、彼女たちは甘言で取り入り、王子の心を揺さぶった。
シンデレラは孤独になった。硝子の靴だけが、唯一の証だった。
――けれどある朝、その靴が粉々に砕け散った。
王子は告げる。
「もう君を信じる証はない。出て行け」
シンデレラは城を追われ、再び灰にまみれた生活に戻った。だが継母の家にはもう居場所はなく、街の人々も彼女を冷笑した。最後に残ったのは、足に食い込んだ硝子の破片だけ。血を流しながら歩く彼女を、誰も振り返らなかった。
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朝焼けの中、シンデレラは倒れ込み、静かに息を引き取った。灰に覆われたその姿は、最初から何一つ変わってはいなかった。
――灰かぶり姫の物語は、夜明けと共に終わったのだ。
また誤字脱字があったらすみません。