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コットンキャンディの甘い夢
習作
目が覚めると、秩父はもう隣にいなかった。いつものことだ。重怠くうずく腰をかばいながらベッドを出る。
ぺたぺたと足に吸いつくフローリングの感触は心地いい。キッチンに立ち、グラスに水をそそいで一息に呷った。嗄れて干からびたようになっていた喉が潤い、ほっとため息が漏れる。
秩父と恋人、もとい、セックスをするだけの関係をむすんでから、三ヶ月が経った。
秩父は本当に私の体だけが目当てのようだった。デートもしたことがない。一緒に暮らしてはいるけれど、生活時間はほとんど合わず、一人暮らしの頃とあまり変わらない。
それでも、今の生活に不満はなかった。
秩父は私より二つ年上で、美容師として働いている。冷たいけれど暴力を振るってくることはないし、私の作った料理に文句をつけることなく食べてくれるから好きだった。
体の関係だとしたって、そばにいてくれるならいい。
利用されているだけだってかまわない。私は、誰かに大切にされる値打ちのある女じゃない。
高校のクラスメイトの糸井さんを思いだす。つややかな黒髪と潤んだような大きな瞳を持つ彼女に、多くの男子が憧れていた。女子も彼女を羨望の目で見つめた。むしろ、女という同じ土俵に立っているからこそ、憧れる気持ちは女子の方が強かったかもしれない。
私も彼女に憧れていた。あんなにうつくしく、あんなに軽やかな小鳥のようにうまれられたら、どれほど良かっただろうと。あんなふうにうまれていたら、あんな顔と体を持っていたら、さぞかし自分をいつくしみ、大切にしたくなるだろうと。
秩父は私が糸井さんだったら、もっと大切にするのだろうか。自分のそばから離れていかないように、プレゼントを用意したり、デートスポットを調べまわったりするのだろうか。
それは素敵なことだと思う。男の人にそんなふうに大切にされる女の人は幸せだと思う。
でも、私がそうしてもらえなくたって、別にいい。そんな大きな望みは抱いていない。
とりたてて美しくもかわいくもなくて、胸が大きいわけでも髪が綺麗なわけでもなく、愛嬌だってない私を抱いてくれるだけ、秩父は優しい。
大切にされたいだなんて思わない。強がりでなく、諦念だった。
長いことかけて私が積み上げてきた、大きくてずっしりした諦念。そいつは私に覆い被さり、今やすっかり私と同化している。私は諦めで、諦めは私だった。
なぜだろう。面と向かって誰かに不細工と言われたわけでもなく、そもそも普通程度の顔だとわかっているのに。いつから私は卑屈になったのだろう。
どうだっていい。ブラジャーをつけながら心の中で吐き捨てる。
考えなくていいことは考えない。そうやってずっと生きてきたんだ。現状に不満がないなら、こうして考えこむ必要もない。
私は幸せ者だ。恵まれているのだ。生活できるだけの給料がもらえる職につき、愛はなくとも恋人がいて、抱かれている。それだけで両手に余るほど、充分だ。
シャツを羽織り、窓の外を見る。眠たげな太陽が怠惰な雲の隙間から覗いていた。コットンキャンディをまぶしたような朝だった。