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嘘つきな私の最後の記録(ホンネ)
エゾリス
この物語はフィクションであり実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。あくまでも創作、フィクションです。
せっかくだから、私の覚えている私を、書いておこうと思う。
好きなものは何ですか、と聞かれれば、本。
趣味は何ですか、と聞かれれば、読書。
得意な教科は、と聞かれれば……国語。
苦手な教科は、と聞かれれば、いっぱい。特に体育、英語、音楽。
そんなふうに、質問されたことには答えられる。
でも、
「あなたって、どんな人?」
と聞かれたら、たぶん困るんじゃないかと思う。
私は、私のことを、それなりに分かっているつもり。
人付き合いが苦手。
計画性がない。
好き嫌いが激しい。
得意不得意も激しい。
面倒くさがり。
逃げ癖がある。
変なところだけ真面目。
自分のことを分析するのは、たぶん人より得意。
でも、分かっているからといって、直せるわけじゃない。
だからこれは、そんな私の話。
私が覚えている、私の話。
---
保育園の頃の私は、よく人を噛んでいたらしい。
らしい、というのは、自分ではあまり覚えていないからだ。
昔は、活発な子だったらしい。
外で遊ぶのも好きだった。
でも、運動神経は悪かった。
走れば転ぶ。
何もないところでも転ぶ。
転んで泣く。
それでもまた外へ行く。
今考えると、ずいぶん元気だったと思う。
ただ、人を噛むのは、さすがにどうかと思う。
小学校に入ってからも、私はしばらく問題児だった。
小学一、二年生の頃は特に酷かった。
授業中に教室から脱走したこともある。
先生の言うことを聞かなかったこともある。
手が出ることもあった。
テストの点数も、もちろんよくなかった。
返ってきたテストを破ったこともある。
折り紙みたいに折って、そのまま捨てたこともある。
今の私だけを知っている人にこの話をすると、たぶん驚く。
実際、中学生になってから先生に話したときも、みんな驚いていた。
「私、小学校の頃めっちゃ問題児だったんですよ」
そう言うと、
「え、本当に?」
と聞き返される。
「本当ですよ。授業中に脱走したり、テスト破ったりしてました」
「想像つかないなあ」
先生はそう言って笑う。
私も笑う。
昔の話だから。
今の私とは違うから。
……たぶん。
小学三年生になった頃、私は少しずつ変わった。
2人のいい先生に出会った。
それがきっかけだった。
何があったのか、細かいことはもうあまり覚えていない。
ただ、その先生と過ごしているうちに、少しずつ教室にいられるようになった。
五年生の半ばくらいには、前ほど問題を起こさなくなった。
そして、小学三年生くらいから私は外で遊ばなくなっていった。
代わりに、本を読むようになった。
本を読むのは楽しかった。
自分のいる場所から、別の場所へ行ける。
知らない世界を見ることができる。
知らない人の人生を知ることができる。
歴史漫画も好きだった。
昔の人の話を読んでいると、自分のいる世界が、今までよりずっと広く感じられた。
勉強も、少しずつできるようになった。
昔は大嫌いだった。
分からない。
できない。
つまらない。
悔しいから、惨めな思いをするから、大嫌いだった。
でも、出会った先生が根気強く教えてくれて、少し、勉強で惨めだと思う事が減っていった。
勉強が好きになることは、生涯なかったけど、「好きではない」ってくらいにはなった。
小学五、六年生。
私は、完全にインドアになった。
本。
ゲーム。
歴史。
そういうものばかり好きだった。
体育は嫌いだった。
運動は苦手だった。
できないことをやるのは、昔から嫌いだった。
できることなら、それなりに頑張る。
でも、できないと思った瞬間、途端にやる気がなくなる。
人より劣っていると、突きつけられるのが、何よりも怖かったから。
嫌いだから。
今でも、そうだ。
たぶん、昔から変わっていない。
中学生になった。
中学校は、小学校より小さな校舎だった。
全校生徒は百二十人にも満たないくらい。
私たちの学年は四十三人。
小学校の頃は、人数が多かったから二クラスに分かれていた。
でも、中学校には教室が足りなかった。
だから、私たちは一つのクラスになった。
四十三人。
同じ小学校だった人が四十一人。
ほとんど知っている顔だった。
知らない人ばかりの新生活、なんてものではなかった。
小学校のときに見ていた人たちと、そのまま同じ教室に入っただけ。
ただ、少しだけ違った。
みんな中学生になった。
私も中学生になった。
中学一年生の前半。
私は、わりと真面目だった。
勉強も、それなりにできた。
初めての定期テストでは、四十三人中十一位だった。
十一位。
小学校の頃の私を知っている人が聞いたら、たぶん驚くと思う。
私自身も、驚いた。
「私、意外とできるじゃん」
なんて思った。
だから私は、頑張ろうと思った。
真面目にやれば、できる。
ちゃんとやれば、褒めてもらえる。
そう思っていた。
でも、真面目でいるのは、思っていたより疲れた。
勉強をして。
授業を受けて。
提出物をやって。
部活に行って。
家に帰る。
次の日も学校。
その次の日も学校。
同じことを繰り返す。
それだけなら、たぶん普通だった。
でも、私には一つ、苦手なものがあった。
それは、音。
大きな音。
突然鳴る音。
高い音。
そういう音がとても苦手だった。
そして、私たちの教室は、よく音が響いた。
四十三人もいる。
誰かが話す。
誰かが笑う。
椅子を引く。
机を動かす。
物を落とす。
誰かが叫ぶ。
それらが全部、教室の中で重なっていく。
最初は、ただうるさいと思っていた。
でも、だんだん頭が痛くなるようになった。
私は、どうしたらいいのか分からなかった。
言えばいい。
今ならそう思う。
先生に言えばいい。
友達に言えばいい。
家族に言えばいい。
でも、当時の私は、それができなかった。
こんなことで困っているなんて言ったら、面倒な人だと思われるかもしれない。
だから、我慢すればいい。
そう思った。
我慢できる。
私はそういうふうに、自分に言い聞かせた。
けれどしばらくして、私は余裕があまりなくなった。
先生に少し遠回りにだけど、「音が原因で頭痛がある」と話した。
教室のこと。
音のこと。
頭が痛くなること。
でも、教室そのものが変わるわけじゃなかった。
四十三人の教室を、急に静かにするなんてできない。
私も、それくらい分かっていた。
だから、
「分かりました」
と言った。
それで終わった。
たぶん、私もそこで終わらせた。
これ以上言っても仕方ない。
そう思った。
家でも、静かではなかった。
朝、私がまだ寝ているときから、弟たちが起きている。
走る。
騒ぐ。
叫ぶ。
特に次男は、わざとなのかと思うくらい高い叫び声を出すことがあった。
私は布団の中で、それを聞いていた。
起きたくない。
でも、起きなきゃいけない。
学校へ行かなきゃいけない。
学校に行けば、また音がする。
家に帰れば、また音がする。
じゃあ、どこにいればいいんだろう。
そんな毎日だった。
私はずっと、静かなところが好きだった。
でも、そんな場所はどこにもなかった。
家で唯一、少しだけ静かだったのは、長男の習い事に母と次男も付いて行って、家に私一人になったとき。
あとは、弟たちが寝たあと。
家の中が静かになると、少しだけ息がしやすかった。
それでも私は、何でもない顔をしていた。
「大丈夫?」
と聞かれれば、
「大丈夫」
と答えた。
何も変わらないなら、言う意味はないと思った。
ただの闇アピにしか見えないから。
でも、確実に苦しかった。辛かった。
自分でもどうしてほしいのか分からなかった。
だから、笑った。
普通に話した。
学校へ行った。
授業を受けた。
部活にも行った。
そうしているうちに、私は「何でもない人」になった。
中学一年生の後半。
私は文化部の副部長になった。
顧問の先生から、
「副部長、やってくれない?」
と言われた。
「私ですか?」
「うん」
そのときの部活は、三年生が抜け、人数がとても少なくなった。
二年生は、部長になった人以外、あまり部活に来ていなかった。
私は、ほぼ毎日来ていた。
多分それで、私になった。
「分かりました」
私は引き受けた。
二年生になった。
部活の人数は、急に増えた。
一年生が九人。
二年生が七人。
三年生が三人。
部長と副部長は、そのまま。
私は相変わらず副部長だった。
人付き合いが得意なわけでもない。
計画性があるわけでもない。
それでも、役職だけはあった。
変な話だと思う。
そして、二年生になってから、私は少し明るくなった。
……たぶん。
前より笑うようになった。
前より楽観的になった。
真面目でいることを、少しだけ減らした。
何とかなる。
まあ、いいか。
そんなふうに思うことが増えた。
少しだけ、生きやすくなった気もした。
でも、それはきっとその頃から、私の中に、ひとつの選択肢が浮かぶようになったからだと思う。
「本当につらくなったら、死のう。」
私の中に増えた選択肢は、「自殺」という手段だった。
私はそれを、誰にも話さなかった。
話したところで、どうなるのか分からなかった。
だから、いつものように何でもない顔をしていた。
そしてその年の夏休み。
私は、いろいろ考えた。
家にいる時間が増えた。
学校がないから、少し楽だった。
嫌なことも、少なかった。
だから、余計に分からなくなった。
楽しい日がある。
笑う日もある。
本を読む。
ゲームをすることもある。
それでも、頭の中から消えないものがある。
この選択肢は、とても魅惑的で、唯一の救いのように思えた。
私はずっと、一人で考えていた。
誰にも、言わなかった。
夏休みが終わった。
宿題は、それなりにやった。
……表面上は。
テスト勉強も、親にはしていると言った。
でも、ほとんどしていなかった。
以前の私なら、もう少し真面目にやっていただろう。
でも、今は、
「まあ、いっか」
と思っていた。
どうせ、と思うことが増えた。
何に対しての「どうせ」なのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、前よりもいろんなことがどうでもよくなっていた。
同時に、文化祭の準備も進んでいた。
クラスのこと。
部活のこと。
共同制作のこと。
やることは、それなりにあった。
私は、文化祭の準備をしていた。
笑っていた。
友達とも話していた。
作品も作った。
去年とだいたい同じだった。
発表するものも、作る作品も違うけど。
そして、夏休みが終わってから、また少しだけ私は変わった。
教室がうるさくても、私は注意しなくなった。
前なら、
「ちょっと、うるさいよ」
と言っていた。
でも、夏休みが終わってからは、言わなくなった。
うるさい。
頭が痛い。
嫌だ。
そう思っても、何も言わない。
どうでもいい。
そう思うようになったから。
別に、みんなが悪いわけじゃない。
誰か一人を責めたいわけでもない。
ただ、私が何かを言っても、何かが変わるわけじゃない。
そう思ってる。
そして今日。
私たちの教室には、いつもどおり人が多い。
声も多い。
笑い声もする。
机を動かす音もする。
私は、その中にいた。
前なら嫌だったはずなのに、その日は、不思議とぼんやりしていた。
窓の外を見る。
今日から9月だと言うのに、秋らしさのかけらもない景色と、あいにくの曇り空。
最後の空がこれなのは、ちょっと残念だけど、まあ、これはこれで綺麗だ。
今日でお別れ。いつもの私。
「普通」はできる風にしてる、強がり弱虫。
昔の私は、もっと騒がしかった。
保育園では、人を噛んで。
小学校では、教室から逃げて。
テストを破って。
先生を困らせて。
そんな私が、今では先生に「真桜なら大丈夫」なんて言われる。
人生って、ほんと分からない。
私は、自分が変わったと思っていた。
でも、本当に変わったのかは分からない。
昔の私は、嫌なものから逃げた。
今の私は、嫌なものを我慢している。
たまに逃げるけど。
ただ、それだけなのかもしれない。
私は、机の上に置かれた制作途中の作品を見た。
まだ完成していない。
もう一日で完成できそう。
私は、それを眺めながら思った。
完成できないや。
せっかくここまで作ったけど、次の機会にはきっと、私はいない。
そう思った。
その日の私は、そんなことを考えていた。
友達と話した。
先生とも話した。
本も読んだ。
家に帰った。
ご飯を食べた。
いつもと同じ一日だった。
たぶん、周りから見れば。
私自身も、その日は特別な一日だとは思っていなかった。
ただ。
もう決めていた。この日だと。
片付けは夏休みに一度した。
今も少しずつつ片付けて、遺書も書いた。
あとは、私が首を縛ればもう終わり。
---
これが、私の記憶。
大したことなんてない。
昔は問題児で。
少しずつ変わって。
勉強ができるようになって。
本が好きになって。
友達ができて。
部活の副部長になって。
笑った日もあった。
楽しい日もあった。
嫌な日もあった。
泣いた日もあった。
たぶん、どこにでもいる中学生だった。
少なくとも、私はそう思っていた。
だから私は、最後まで、自分のことをある程度は、分かっていたつもりでいた。
……本当に、分かっていたのかな。
---
最後に、私の言いたかったことを、書き殴ろうと思う。
---
最近、久しぶりに明確な夢が一つ、できたんだ。
詩人になりたいって思った。
でも、その夢ができたときには、すでに死を決めていた。
その夢ができて、半年もしないうちに、書くことをやめた。
7月の終わり、最後の詩を書いた。
そして今日。私は旅立つ。
あぁ、ごめんね。全部無駄にして。
あぁ、楽しかったよ。私。
あぁ、苦しかったよ。私。
幸せになってね。みんな。
バイバイ!
私は、嘘つきだったよ。最後まで。
沢山の、嘘をついたよ。
許してなんて言わないけど、謝らせてね。
今まで、ごめんなさい。