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本
本を一冊手にとる。
はらりと薫る風の眩しさに一瞬目を瞑り、また目を開く。小綺麗に並んだ小さな小さな黒を辿り、鮮やかな写真を目下に晒す。そういった動作のうちに、私はその“本”という“箱”の中に足を、腰を、首を。やがては頭までをずぶずぶと沈ませていく。
その箱は、好ましいものであればあるほど、深く沈ませる。
好ましいというのは、例えば私にとっては水の溜まった硝子瓶。あれは良い。透き通っていて、いつまでも見つめていることが、苦では無いような。硝子が水にゆっくりと溶け、時が止まった水の姿のような。そんな感じがある。
その中に沈んでいると、自らもそれと同じであるかのように思える。
けれども、箱には底がある。底にいつまでも揺蕩っていると、いつしか酸素が足りなくなり、否が応でも上へ、上へと昇らなくてはならなくなってしまう。
少しずつ上が見え、んぱっ、と口を大きく開けて酸素を吸った時、私は恐怖を覚えるのだ。
先ほどまで、水と、硝子と、同じだった私と、箱の外の違いに。
息を吐くことも憚られるような戦乱を、頬を赤く染めてしまうような恋愛を、唇をにんまりと広げたくなるような遊び心を、肺から搾り出したような悲壮を、箱の中で味わったというのに。
尋常な、いつにも増して尋常な箱の外に、自分が透き通って存在しないような心地になるのだ。
耳に、目に、突然冷水を浴びせ掛けられたかのように。箱の中と同じように透き通った感覚が、荒々しくも流されたような気分に。
思わずきょどきょどと周りを見渡すと、少しずつ音が聞こえてくる。
笑い声、話し声、鳥の囀り。そのどこにも箱の中の残り香は無い。
縮こまった心臓を、何とか生き返らせようと、何度も息を吸う。息を吐く。
そうこうするうちに、いつの間にか私には色がつき、実体ができる。
けれど、箱の中の残り香は背後にぴたりと張り付くのだ。まるで足枷のように──否、そうでは無い。渇きに耐えかね、粘つき、湿った喉の奥のように。いいや、それも違う。何というか、引き留めておくための錨なのだが、鳩尾から不快感が湧き上がってくるがために、錆びついたその鎖を直ぐにでも手から離してしまいたいような。大切なのは確かなのだけれど、足がむずむずとして、苛々とするような。そんな心地になる。
その残り香は、私をぞわりとさせる。色のついた私は、透き通った美しさとは似ても似つかないというのに、張り付いて離れようとしない無垢なそれが、恐ろしい。
残り香自体は、次第に薄く、儚くなって。そして日がまた昇る頃には消え去っているのだけれど、その“ぞわり”の記憶は消えない。
だから、私は。本が、末恐ろしいものに見えるのだ。
しかしながら、その透明へのひと潜りが、夜を舞う蝶のように魅惑的なのもまた、事実なのである。
眠り姫です。
まあ、ちょっとした出来心です
私が何の小説が好きかわかったことでしょう。
女生徒と檸檬ですよ。
好きなんですもの。
え、この“私”が私か?
私はこんな小っ恥ずかしいことを惜しげもなく言いませんよ。
どっかのキャラでしょう。多分。
では、読んでくれた貴方に、精一杯の感謝を!