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梅雨から…へ
くすんだ緑の畳の上、小さなちゃぶ台に茶がみっつ。
縁側の向こうは、眩しいほど輝いている。
そして、60年ぶりに会ったダチのジュンと、今そこにいる。
オレより背は高くなって、あの時の木の枝みたいだった腕は、太くたくましくなっていた。
オレの小さな背中がじんわりと冷たくなっていく。
「ナツ、なんでお前は…」
ジュンが問いかけてきた。
「オレ、死んだんだよ。」
迷いもなく答えた。
するとまた驚いた顔をして、ジュンは息を止めた。
目も口も全部かっぴらいて、今にも笑えるものだった。
「うーん…信じてもらえるかな…」
今になって不安になって、オレは声を漏らした。
だけどジュンは、
「なーに言ってんだ。俺がお前を疑う訳がねぇじゃねぇか。」
少し強い口調で返してきた。
「ははっ、今も馬鹿なのは変わんねぇなー。」
今も昔も真っ直ぐでいたジュンに、オレは安堵した。
ジュンはお茶に手を伸ばして、口に運んだ。
淹れたてのお茶は熱かったのか、少ししてズルズルと音をたててすすり始めた。
「だからさ、安心して話せ。」
お茶を持ったままジュンは言った。
「おう。長くなるぜ。」
オレはジュンの方をまっすぐ見て言った。
よく見ると、顔のかしこには、シワやら、アザがたくさんあった。
オレは下を向いた。
ジュンみたいにしわくちゃじゃない小さな手を見つめて、ため息をついた。
力強く手を握った。
「ナツ?うーん、誰だっけなぁ…」
セミがうるさく鳴く昼下がり、オレはトウヤの友だちの、アキくんに聞いていた。
「トウヤがよく話してくれたんだ。麦わらで、坊主で、色白の…」
普段明るいアキくんの顔が、みるみるうちにキュッとなっていく。
暑さのせいか汗が止まらない。
「うーん、ごめん!オレにはわかんないやー。」
「…そっか、突然悪かったな。」
アキくんはバケツを抱えたまま、山の方へと走って行った。
「俺の記憶違い…なわけないはず…」
そう、俺は記憶力だけはある。
かつて俺は"メモリーディスクのハル"と呼ばれた男だ。
…ちょっとダサいけど。
つまり、俺の記憶が間違っているということはそうそうないのだ。
次はヒナちゃんかな。
俺はコンクリートの地面を蹴って走った。
「ナツくん…あれっ、どんな子だっけ…」
ヒナの家に行って、俺はヒナに聞いてみた。
だけどヒナも、アキと同じ様に悩んでいる。
「さかな…あと虫が…うーん。」
「魚と、虫が…?」
今まで聞いてない言葉だ。
よかった。ヒナは覚えている。
「虫が苦手で…魚が好きで…あれっ、あれぇっ…」
ヒナは一気に項垂れて、苦しそうにしだした。
「大丈夫かっ!?」
俺はヒナの背中に手を当てた。
ひどく汗をかいている。しまいにゃ小刻みに震え出した。
「うぅ…」
俺はヒナを支えて、ヒナのおじいちゃんのところに連れて行った。
おじいちゃんは驚いていた。無理もない。
「ごめんなさい!失礼しました!」
俺はヒナの家を後にした。
でも、超重要情報は手に入った。
ナツは実在している。
妖でもなんでもない。
でもひとつ、ひっかかることがある。
…どうして、トウヤたちは、ナツくんを忘れかけているんだ?
友だちなら簡単に忘れられる訳がない。
まるで誰かに化けられたみたいに…
「ナツはねー、いちゃいけなかったんだよー。」
「ひぃいいっ!!!」
突然後ろから声がした。
驚きのあまり、俺は尻餅をついた。
「いてて…」
後ろには誰もいない。
そのかわり、セミの声がミンミンと響いた。
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「へー…こんなことが…」
オレはジュンに、これまでのことを話し終えた。
ジュンは何故かしみじみとした様な顔でこっちを見てやがる。
「…なんだよ。」
オレが聞くと、ジュンはニヤリと笑った。
「ふふふ、今はオレの方が背が高いねー。」
ジュンはよいこらせと立ち上がった。
突き抜けるように高い背に、オレは悔しくなって、負けじと立ち上がった。
それでも差は半分以上ある。
「いつのまにそんなタッパを…」
オレは背伸びをして、ジュンの肩を力強く抑えた。
「もう60年さ。流石にお前と同じままじゃないよ。」
自分の硬い肩を押さえつけられても、ジュンはものともしていなかった。
「ぐぬぬぬ…あーっ!もう!!」
60年前までは、オレの方が勝ってたのに…
てかさっきから口調が荒いな。
「いつからそういうキャラになったんだよーっ。」
「そりゃお前のせいだよ。」
おもむろにジュンはがばっと抱きついてきた。
「何すんだ…」
「再会のハグ〜。」
ジュンの太い腕が、オレをぎゅっと包んでくる。
心臓が、腕がかすかに震えている。暖かい。
でも、こんなに力強く抱きしめなくてもいいのに。
「苦しんだけど。」
オレは少し怒った。
「バカヤロー、こっちが苦しかったっての。」
ジュンは冗談まじりに言い返してきた。
オレはハッとした。
「…好きにしろ。」
オレはジュンに、ぎゅーっと抱きしめられた。
気づけば、暖かくて、眠たくなっていた。
「あーきたっ。」
ジュンは突然手を離した。
「突然すぎるだろ。ちょっと怖えよ。」
オレは笑い出した。
つられてジュンも笑い出していた。
「おばさーん。ソーダ一本くださーい。」
今日も今日とて暑い日々。
店の外に見える海は、空を映し出して、入道雲はもくもくできていた。
「はい。50円です。」
いつもよく来てくれる、ハルという子から50円を受け取って、レジに入れた。
「おばさん、いつもひとりで大変だね。」
ソーダ瓶を一本手に取った少年が尋ねてきた。
「いいえ。全く大変じゃないよ。むしろ、いろんな子に会えて楽しいね。」
そういうと、ハルはにかっと笑った。
「そういやさー、俺、前にナツって子の話したじゃん?」
ハルは私に尋ねる。
「あー、あの子だろ?麦わらに、坊主に…」
「そう!それ!まさに夏の子供って感じの!」
ハルは突然元気に話し出した。
「ふふっ、あっ、そうそう、そのナツって子で思い出したけど、昔『ナツキ』って子が…」
「おばさーん、その話もう聞いたー。」
ソーダ瓶の蓋を開け、ハルが言う。
「あらら、最近ボケてきたかしら?でも、聞いてって。」
思い出は、思い出したら止まれない。
ハルは、へいへいと言って、私の話に耳を傾けた。