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短編『海に沈む』
今日も眠れそうにないな。
いつからか自分の一部として手放せなくなったスマホを
意味もなく見つめてしまう。
特に事件や大きな炎上もなく代わり映えのしないSNSの画面を
ただただスクロールしているだけ。
時間が過ぎて眠気は無くなっていくばかりだ。
そうだ、今日はあの人の
新作ノベルゲームが配信される日だった。
ずっと前にプレイしたゲームと最近プレイしたゲームの作者が同じだったのだ。
その作者....が「あの人」
この人の作る物の面白さは何十年も変わってなかったこと何かの運命を感じた
今回のテーマは「海」と告知で言っていたので知らせが出た日から今までプレイするか迷っていた。
小さい頃に海で溺れかけて、それ以来海が嫌いになってたから。
なんとか命は取り留めたもののあの頃の恐怖はずっと残っている
あの人のゲームは最高なんてものじゃ無い
言語化が難しいけれどもっと上の何かを感じるのだ。
結局それから何十分か経っても寝れなかったので
プレイすることにした。
30分くらいで終わるゲームで
寝る前にする分にはちょうど良かった
新しいブラウザを開いて検索する。
〔検索〕「ノベルゲーム_海に沈む」
↖︎
↖︎
↖︎
検索結果の一番上に出てきたサイトをクリックして開くと
綺麗な女の子と海の絵が出てきた。
やっぱり、綺麗______。
あの人はゲーム開発も絵も一人でやっていると言っていたので、
今回のゲームも相当大変だっただろう
どれくらいの時間がかかったのだろう
そんなことを考えながらスタートボタンを押した。
---
ルートを全部回収したら40分ほどで終わった。
長かったような、短かったような
今回のゲームももちろん最高だった
途中で昔を思い出して怖くなったけど
それでも、あの人が作ったゲームだから、最後までやりきった
流石に40分も動かずにしていたから
少し疲れてしまった。
いつもはまだ眠気なんて微塵もないが、今日は違った
くらくらする、不思議な感覚。
疲れたのだろう、そう思って
布団に寝っ転がった
さっきまでしていたゲームの物語が頭をよぎる。
主人公は9歳の女の子。
海で溺れていたところを......あれ?
なん....だっ...っけ.......?
眠気が限界に達し、
頭が重くなって思考を放棄していく。
すぅ.....ぅぅぅ......
---
【夢】
あれ...?
いつ眠ったんだっけ
というか、何で夢の中ってことわかるんだろう
明晰夢ってやつか。
ここ...は、どこなんだろう?
何か広い、青い何かが見えるけど
ぼやけて見えない....
(目をこする)
あれは.....海...か。
海と、白いあれは何?
(もう一度目をこする)
白いワンピースの女の子?
何で一人であんなところに....?
それに、なんでかすごく懐かしい雰囲気を感じる。
あぁ____。
あれは私だ
ううん、小さい頃の、あの時の私。
海で溺れて....
そっそれならっ、今元気に遊んでるあれは....あの子は何?
あの子はこれから溺れるってこと!?
助けなきゃ!!
(急いで走る。夢の中だからか思ったよりも早く着いた)
走り寄って声をかける。
現実世界だったら怪しさ極まりない人だが
夢なのだから何も関係ない。
今あの子を救えるのは私しかいない
「あの、一人でいるけど大丈夫?」
そう声をかけると、
自分の身長の半分ほどの女の子は、ゆっくりと
不思議そうな顔をしてこちらに振り向いた
何故かすぐに嬉しそうな顔になって
身振り手振りを大きくしながらハキハキ話し始めた
何か話しているようだが聞き取れない
こんなに近くにいるというのに。
いや、正確には〝あの子は私が話したから振り向いたのではない〟のかもしれない。
あんなに小さな子が一人で海なんて来ているわけなんてない
大人と、家族と来ていたはず。
あの子には私が見えていない
きっとさっき振り向いたのは家族の誰かが声をかけたから。
たぶん溺れるのはこのすぐあと。直感的にそう感じた
身振り手振りを大きくしていた、ハキハキ喋っていたのは
遠くにいる家族と話したかったから。
不思議そうな顔をしたのは家族の、
父の声が怒っているように聞こえたから
実際は怒っていたのではなく
あの子の後ろに
1年生の身長なんて
すぐ飲み込んでしまうような大きな波が来ていたから____。
これからあの私が溺れる
触ることもできない。私にできるのは見ることしかないのだ。
夢の中でさえ、過去には干渉できないらしい
大きな波がすぐそこまで迫ってきている。
ザアァーッ....ザーァッ...
波はすぐに過去の私を飲み込んだ
手を必死に動かして苦しそうにもがいている
大人たちは急いで走ってきているけど
あの子はもう持たないだろうな
考えが当たったのか
小さな体は少しずつ沈んでいった
完全に沈んだと思ったその時、また大きな波がきた
その波に乗って助からないと思ったあの子が岸に打ち上げられた
心配そうに大人たちが駆け寄った
咳をして、苦しそうにしているが
生きている。
良かった......
でも何故助かったのだろう
あそこまで沈んでしまっては
もう生きていないと思った。
家族も「まだ生きている」と心では思っていても
頭では諦めていただろう
やっと安心できる。
そう思ったところで目が覚めた
---
目が覚めたとき
何故か自分の心臓が
うるさいくらいにドクドクと鼓動を打っていたことに気づいた
何か変な夢を見たような気がする。
あれは何だったんだ?
でももう思い出せない.....。
忘れてしまったことをもやもやと少し寂しく思いながら
いつものようにスマホの画面を開き
まだ焦点のあっていない目で見つめ、
映っていた画面がホーム画面ではないことに気がついた。
昨日のゲーム画面か。
エンディングの途中で寝てしまったようで
開いてすぐ、途中だったものが再開したようだ
画面にはゲームの中で出てきた挿絵がかわるがわるうつっている
.....そうだった、海の夢、か。
いつもより心臓が脈打ち、
起きた時少し怖かった気がするのはそのせいだったみたいだ
時間が経ったとはいえ
子供の頃のものでもトラウマはトラウマだ。
克服はできていない、する必要があるのかも私には分からなかった。
過去の起こったことは
どう足掻いたって変えれなくても
あの時の自分が
怪物か、奇跡か、何かに助けられて
今の自分がいるのだから。
あの時助けてくれた〝何か〟に感謝して
また今日も少しずつ地道に生きていこう
ただでさえ小さい私の一歩は海に比べれば見えないくらい小さい。
それでも着実に進んでいるから。
陸に戻って、
これからは他人のじゃなくて自分の軸で生きていこう
100年生きれなくても
せめて死ぬ時は未練がないように
満足にいく人生を送りたい。
そう思って久しぶりにカーテンを開けた
今日は一段と晴れている気がする
いつもは浴びない眩しい日差しに少し目が痛くなるけど
それももうどうでもいいと思えた
ここからまた何かが始まるような予感がした
たとえ他の人より一歩が小さくても
私の人生だから。
好きなペースで進んでいこう。