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14.ある老婆
と言っても、数秒だ。
「ええ、神子ですよ。修行中ですが。修行の一環として、ひとつだけ知識を授けて回っているのです。」
そして、響はまた演技を始めた。
そして、ここにきて響は遠慮というものをやめた。今までは、知識を与えることは大変にさせるだけだと考えていたのだが、皆が表面上でも欲しいと言ってくれるのだ。使えるものは何でも使う、の精神で、そういうことも使い始めることにした。
もちろん、クイズ形式にはするが。
「そうなのかい!?こりゃあ驚いた。あたしゃ生きているうちに一度は神子に会ってみたいと常々思っていたのさ。これでいつ天に召されても悔いはないよ。」
(大げさな設定だなぁ。)
「もう夜も遅い、あたしンちで良ければ貸してやるよ。」
「ありがとうございます!」
響はありがたーくそのお誘いに乗っかった。
「ところで、この馬と犬も大丈夫ですか?」
「……いいさ。」
老婆は少し逡巡したものの、認めることにした。
その腹の中は……
(神子様をあたしンちが泊めれば、これはあの世でも自慢できるぞ!)
などという、しょうもないことであった。
ただ、そのしょうもないことのために魔物を庭に招き入れたのだから、油断できない。
朝になった。
ドンドンドンドン!
扉がたたかれる音で、響は目が覚めた。
「おい、婆さん、なんでお前のうちにターネリアがいるんだよ!?」
(ターネリア?)
響は疑問に思う。
「おはようございます。お婆さん。」
「おはようございます、神子様。ちょいと待ってくだされ。もうすぐ朝ご飯を作り終えますから。」
「ありがとうございます。」
響はもちろん、ありがたくいただくことにした。
「婆さん、この嬢ちゃんは誰なんだよ。神子様とか言っていたようだが。」
「そのままさ。この方は神子様だよ。」
「だから神子ってなんだ?」
(え?)
この中で一番驚いたのは響ではなかろうか。
響は、この村の人はみんな神子という存在を崇めているのだと思っていたからだ。それなのに、神子様を知らない人がいる。
「天に愛されしお方さ。今回も農業に関する知識を一つ授けてくだそるそうさ。」
「だから神子って……婆さん、たしか他村出身だったな。」
「そうさ。その村での伝承だよ。神子という存在は、頭がよく、想像力が豊かであり、我々に恩恵をもたらしてくれるのさ。今までにも何人も来たことがあるのさ。だけどあたしゃ見たことが無くてねぇ、心残りだったのさ。」
「そうか、それでなんでターネリアがいるんだ?」
「神子様が連れてきたんだよ。ああそうだ、彼らにも餌をやらなくてはいけないねぇ。ちょいとおまち、今とってくるよ。」
「ありがとうございます。」
「なあ……名前はなんて言うんだ?」
「ヒビキ・カグラです。」
「ヒビキ……様?はなんでターネリアなんか連れているんだ?」
「ターネリアというのは何でしょうか?」
さっきからずっと気になっていたのである。
「ターネリアは、あの魔物だよ。ヒビキ様?が連れてきた馬じゃないほうのやつ。」
「そうなのですね。なぜ連れているか……分かりませんね。強いて言うなら私が神子だからでしょうか?」
響は面倒くさいことを神子の所為にすることを決めた。
「なんだよその理由。」
「何だと言われましても……その通りですよ。……あ、で。私はこの村に一つ知識を授けることにしたんですが、今、困っているようなことはありませんか?」
「困っていること、なぁ。特にねえな。」
「では、今育てている作物と、それの育て方を説明してもらっても?」
「ああ、いいさ。」
そして聞いたところによれば……この村も、灰を使っていないということが分かった。そうと決まれば同じことを言うだけである。
「石二つ、または木の棒二本で作ることができるものでできるものを肥料とすると、育ちがよくなりますよ。」
「なんだ?それは?」
「考えてください。」
この村のことは、良く分からなかったが、響は弁当と犬とオオカミの食料、そして、犬がターネリアという名前の魔物であるというどうでもいい情報をもらって、村を出た。
(このターネリアにも名前を付けてあげないとな……)