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晩夏
晴瀬です。
終わりの夏の話です。
「晩夏だね」
そんな言葉を聞いて思わず顔を上げた。
こんな冬に晩夏?誰がどんな顔をして言っているのだろうと。
バス停でバスを待っていた。
バス停の、道路を挟んだ向かいの歩道に少女と少年が一人ずつ向かい合って立っていた。
決して広くはない道の上、車が通らないから彼らの会話が聞こえてしまう。
少女は儚げな少し切なそうな微笑みを浮かべ、少年は目を伏せるように笑っていた。
まるで2人はもう一生会えないかのようにその場所だけ少し、異様な雰囲気が漂っていた。
『晩夏?』
少女が訊き返す。
自分と同じようにバスを待っている人はいたのに誰もその季節に合わない言葉に反応していないみたいだった。
皆自身の手元のスマートフォンに目を落としている。
「そう、晩夏」
少年は頷く。
哀しげな笑顔を表情に貼り付けたまま。
本当は泣きたいみたいな顔。
『もう、…冬なのに』
冬だからこんなことになってしまった、とでも言いたげな言い方を少女はする。
冬だから、彼らはこんな表情をしているのか?
「君は夏だ」
少女の言葉が聞こえなかったみたいに、少年は言う。
少年の声量が落ちたから、聞き間違えかもしれない。
「君は僕の、夏だったから」
何を言っているかわからなかった。
意図がわからなかったって意味で。
少女も同様に理解できない顔をした。
「夏が終わるから」
晩夏。
小さく掠れたような声がここまで|微《かす》かに届いた。
少年の口が小さく〝ば ん か〟というように動いたのだ。
やっぱり、彼らは離れ離れになるのかもしれない。
『冬なのに、変なの』
少女の声色に非難の響きはなかった。
微笑みが深くなる。笑顔。
彼らの姿が隠れた。
バスがきたのだ。
バス停の近くに立っていた人から続々とバスの中に吸い込まれていく。
最初から最後まで彼らに気づかずに。
きっとこの会話を知るのは、少年と少女と、そしてたまたまここにいた自分だけだろう。
前の人に倣ってバスに乗り込み空いていた適当な席に腰を下ろす。
乗客は大して多くなかった。
バスが動き出す。
ふと、歩道を見下ろす。
彼らがいた方向の。
少年はもうそこにはいなかった。
どうやら、既に別れたように見えた。
ただ一人少女がしゃがみこんで肩を震わせていたのが瞳に映った。
泣いている。
彼女の姿はどんどん小さくなってやがて見えなくなった。
少年もきっと同じように泣いているのだろうと思った。
窓から視線を外し自らの膝に目を移す。
人の別れについて考えたくなった。
ため息をつく。
頭を振った。
自分の髪が目の前で揺れる。
こんなこと、今考えなくたっていい。
すべてが終わったらきっと腐る程時間ができる。暇になる。
足元に置いたリュックを見つめる。
荷物はこれだけだった。
中に入っている大ぶりの包丁のことを想った。
わざわざ事を成すためだけにホームセンターまで買いに行った代物。
今から目標を達成しに行く。
死んだっていい。捕まったっていい。
私の晩夏も、もうすぐだ。