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2-6 彼らの動向
「おっと」
戻った先は、本部の入口ではなかった。
壁一面を埋め尽くす棚に、座り心地の良さそうな椅子、そして机の上に山積みになった書類。
フィンレーの執務室である。
「うわぁ、溜まってら」
山積みの書類に、フィンレーはうんざりしたようだった。
俺の目は、棚の一番上から床まで、忙しなく動く。何のために連れてこられたか分からず、居心地が悪かった。
「ああ、とりあえず座れ」
きょろきょろと若干挙動不審な俺を見て、フィンレーは笑った。
隅の方に寄せられていた椅子を出してもらい、座らせてもらう。
執務机を挟んで向かい合う形だ。フィンレーの顔を見なければならないのだろうが、視線が山積みの書類の方へ向きそうになる。
俺は何もやましいことをしていないはずだし、何か言うことがあるならさっきの場所で言っていたはず。
「あー、リラックスしろ。紅茶でも――って、置く場所ねぇわな」
机の上は、書類やそれを処理するのに必要な道具で埋め尽くされている。まるで仕事中にこっそり抜け出してきたかのようだ。
「ちょっと伝えてぇことがあるだけだ」
そう言われ、ようやく肩の力を抜いた。
良かった、俺の正体に気づかれたとかじゃなくて。
「リアムとクリス。覚えてるだろ?」
「ああ。忘れるわけがない」
俺が初めて行った街で出会った二人。その後、アシュトンにさらわれたが、今はどうしているのか。そもそも無事なのか。
「二人が、やつらと一緒にいるところが目撃された」
「――――!」
やはりか、という気持ちが大きかった。
やつらは仲間を探していた――「適合者」という存在を。
人間であれば誰でも良いというわけでもなさそうだ。魔力か何かの力に適合する存在を探しているのだろう。
俺も無関係ではいられない。邪気や魔力以外の新しい力があるのならば使えるようになりたいし、魔力ならば浄化しなければならない。元々そういう約束だ。
「まだ検証が済んでねぇが、魔法を使ったという話もある。気をつけろ」
「……分かった」
魔法が使えるのなら、人間界より過酷な環境の魔界でも生きていける可能性は高い。
俺はモンスターを滅ぼしたいし、フィンレーたちは魔神を倒したい。
厳しいことを言うが、リアムやティナは問題解決に必ずしも必要な人材というわけではない。
これは一朝一夕にどうにかできる問題ではなく、優先順位も低い。
しかし、ティナには、地獄を出て右も左も分からなかった俺を助けてくれた恩がある。一度受けた恩をそのままにしておくというのも寝覚めが悪い。
多少は気に留めておくとしようか。
「ノルならやんねぇと思うが、助けに行こうなんて考えんじゃねぇぞ。やつらの理念に共感して自分から協力している可能性もある。最初は無理やりでもな」
「もちろん」
物事は一面的に捉えてはいけない。俺は、それを地獄でよく学んだ。痛いほどに。
相手の邪術のタネを、視点を変えて見破る。それができなければ、生き残ることは不可能だった。
「よし、話はこんだけだ。最後に一つ」
今度は何だ、と少し余裕のある気持ちで耳を傾ける。
俺の正体について言及される心配はほとんどない。
「まだ組織内では発表していない。これからあの二人と関わるかもしれないから、ノルには特別に教えた。絶対に、他の人間に漏らすな」
その真剣な眼差しには、有無を言わさずうなずかせる力があった。
まあ、情報を漏らすつもりはないが。それ以前に、その相手がいない。
俺は黙ってうなずいた。
フィンレーが小さくうなずき返し、空気がふっと弛緩する。
「本当にこれで終わりだ。じゃあな、ノル。今日はしっかり休めよ」
「ああ。……俺からも、一つ良いか?」
「なんだ?」
「さっきの……あー、次元の話。今度、それに詳しいやつに会わせてほしい」
フィンレーは顎に手を当て、難しい顔をしている。
「うーん、確約はできねぇが……まあ、相談してみよう」
「分かった、ありがとう」
椅子から立ち上がり、扉の方へ進む。
「またな」
また会いたくはなかったが、フィンレーが俺に魔神の腕を見せた意図を考えて、仕方なく。
扉を閉めると、静寂が俺の耳を支配した。
今、フィンレーの執務室の前には人間がいない。
執務室は、他の部屋から離れたところにある。だから、人通りが少ないのは当然か。
息を深く吐いて、思考の整理を行う。今日は大きなことを知りすぎた。
世界の滅びに関わることや、さらわれた仲間に関すること。できれば心の準備をした上で聞きたかった。
まあ、今さら言っても過去は変わらない。
変わるのは未来だけ。少しでも良い未来を選び取れるよう、これから頑張ろう。
近日中には、どこかへ修行に行きたい。魔界が良いかな。
俺は部屋に戻り、ベッドの枕に顔をうずめた。