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18 転
第18話です。
それから先、車内は沈黙の世界になった。ぼくを含め、何かを思案し覚悟を決めかねている。
ぼくも「偽物でできた箱」のなかで考えていた。主に、彼のことについて考えていた。
ぼくが来てから次々に人が死んでいく。
ぼくが発端だ。確実に、ぼくが来てからおかしくなっている。
いや、正確にはぼくはあの祠から一歩も動いてないので、人間たちが近寄ってきて、拉致された結果だからぼくのせいではないんだけど。
因果応報。人間側、つまり加害者側が被害を被っているだけに過ぎないのだけれど……気分が悪い。
これでは〝悪神〟だ。
ぼくの存在は〝悪神〟そのもの。
何もしていないにもかかわらず、ちょっと声をかけられて、ほいほいとついていって未開の地に居座っただけでこれだ。
人間に対して危害しかもたらしていない。
だから、彼のことについて考えていた。今のぼくと同様、昔から〝悪神〟だった君のことを。
人間たちを襲う不審死と事故、〝呪い〟云々。
それらのほとんどは原因不明である。何の因果によって引き起こされたのか分からない。
そう、仮定する。原因が分からない。
そう仮定すると、とある物が思いつく。
そう――
彼と別れる寸前で、彼が言った、〝風のいたずら〟というワードだ。
〝風のいたずら〟――結局、ここまで時間が経ってしまったけど、一体何の効果が働いているのか皆目見当がつかない。
けれど推測くらいならできる。それは風のいたずら的に起こるもの。気まぐれで、かまいたち的に、強風のごとく吹き付けるもの。人々に近づいただけで素肌を切り裂き、傷つける。そして傷口が化膿していくことで周囲の細胞を破壊していき、流行り病のような絶望を巻き散らかしていく。
見境なんてない。常時発動……パッシブスキル的にこれは発動し、人々の寿命を吹き飛ばしていく。それが使命なのだと、そんな感じに思っている。
だから、番組スタッフたちが今も苦しめられているのは、ぼくのこの〝|風のいたずら《スキル》〟によるものなのだろうと考えた。
ぼくが去れば、人間たちは苦しまなくなる。このスキルの標的は、十中八九、ぼくの近くにいる者たち。
だから、ぼくはなすがままこの車に乗った。乗せられた、のほうが言葉としては正しいけど、抵抗することも出来たにはできたのだと思う。
でも、その方がいい。たとえ、この車の行き先があの者の、人身御供を生業とする仏閣だとしても。この身を焼かれて地獄に向かおうとも、これ以上無関係な人たちを苦しめたくないから。
でも――それで済んだらいいんだけど。
ぼくが遠ざかれば、すむ……話なんだろうか、と思う。
それだけなのだろうか。それが原因なら、何と単純で、怪奇に満ちて、ある種すっきりしたスマートな回答だと思う。問題ごとは、そんな単純じゃない、ぼくとのキョリ、スキル云々の話ではない……気がする。
例えば――、ぼくについて。
例えば――、ぼくの前世について。
例えば――、ぼくの過去について。
例えば――、祠にたどり着く前のぼくについて。
挙げればきりがない。だけど、それらが裏で密接に結びついているんじゃないかって自分なりに思う。そして、ぼくがそれらを忘れているから、こんなことが起きているんじゃないか、とも。
それに――彼が言った言葉。
それは、古びた祠を避けて、嵐が舞い降りた夜。
――アハハ、そりゃ笑いたくもなるよ。なんだアイツラ、また新たな呼び名を作ったの?
――じゃらくだに? アハハっ、何それ。誰のことを言ってんの?
――ほんとにさー、勘弁してくれって。前の呼び名を忘れたからってコロコロ変えちゃって。
〝じゃらくだに様〟は、人間たちが作った架空の神様。現実には存在しない。でも、『そこ』じゃない。
――なんだアイツラ、『また新たな呼び名を作った』の?
――『|前の呼び名《・・・・・》』を忘れたからって。
あの言葉の真意はどういう意味なのだろう。〝じゃらくだに様〟は存在しない。それは人間たちが作った架空の神だから。でも、『新たな呼び名』って?
そして、彼がいうそれは、何と呼ばれていたんだろう?
順当に行けば〝しゃらく様〟ってことになるんだけど、多分違う。だって、〝じゃらくだに様〟は存在しないから。
〝じゃらくだに様〟は存在しないのだから、その前の〝しゃらく様〟だって存在しない。〝しゃらく様〟というのも、人間たちが作ったんだ。仮に存在したとしよう、それでも〝しゃらく様〟も〝じゃらくだに様〟も人間たちが勝手に呼び始めた名称だ。
彼が言ったのは、『また新たな呼び名を作った』だ。『呼び名を変えた』んでも『新たな神を作った』んでもない。『新たな呼び名を作った』んだ。
考えてみると彼の言い回しに納得する。人間たちが作った神は、所詮空想上なのだから、存在しないものは存在しない。存在しないけれども、その呼び名は時間によって変わることはある。時間によって存在の形状が変わることなんてない。だって存在しないものはいつまで経っても存在しないのだから。
だから、ぼくが思っているのは、人間たちが勝手に呼んでいるものじゃなく、人間たちが勝手に作った空想上の神でもなく、人々が忘れ去られた神について考えている。
すなわち人間側はかつて崇めていたのだけれど忘れてしまって、正真正銘の神様のみが知っている……少なくとも〝彼〟が知る神がいるってことなんじゃないか――という仮説。
でも、その神様は、人間たちが忘れるほどに時が経っていて、その神の呼び名でさえ、今の人間たちは全然覚えていない。
彼は今の人間たちを嫌っている。それは簡単に忘れるからだと言っていた。ここに、祠があることすら、なぜ祠が建てられたのかすら忘れてしまうから。
昔の人間たちは『自然を畏怖したから』彼ら神様を崇めるようになった。それが、今は『自然を忘れたから』彼ら神様の呼び名を作ってそれを崇めようとしている。
その過程によって、人間たちにとって存在しないとされている神――『忘れさられた神』が、〝彼〟目線では存在しているということ。そして、その『忘れさられた神』というのが――
祠にたどり着く前のぼくって、いったいどこにいたんだろう……
急にブレーキ音がして車体が揺れた。
箱が傾いて、思わず中のぼくも前のめりになりそうになった。
「着いたな、さっさと終わらせるぞ」
威勢の良い返事をするようにエンジンが切られ、横開きのドアが勢いよく開かれた。