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第Ⅴ話「晴れのち開戦」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
地に転がった死体を踏みつける。僕が殺した、どこの誰なのかも知らない男だった。最期に何か言っていた気がするが、興味がなくて聞いていなかった。
路地裏を歩いていく。散々教育されたせいか、足音は一つも残らず、されど軽やかに進んでいける。
「零くんどお?そっち終わった?」
シイさんが曲がり角から顔を出す。どうやら彼も《《掃除》》が終わったらしい。その証拠に、瞳孔が開ききっている。顔こそ笑顔だが、目が笑っていない。多分手間取ったのだろう。彼の出す殺気が、肌をヒリつかせた。
「終わりました。てか、殺気しまってください。駄々漏れですよ」
「え~?零くん敏感すぎるんだよ、てか殺気って何??分かんないもん仕舞えない~」
「気配抑えろって言ってんですよ」
シイさんはちょっとくらい良いじゃん、と口を尖らせながら気配をしまっていく。落ち着いてきたようで、瞳孔も段々閉じていた。
恐らく今の僕も相当酷い格好をしているだろう。眉間にシワができているのが分かるし、きっと何回か舌打ちも出ている。あ、貧乏ゆすりしてた。
「この後って何も予定無かったですよね」
「うん、今日はこれでおしまいかな!」
「じゃあ、早く帰って風呂に入りたいです」
血の匂いが髪の毛を赤く染めているような感じがする。手袋をつけている筈なのに、手が血まみれになったようで気分が悪い。
「そうねぇ~、よし!帰ろっかぁ」
この世界に来てから、かれこれ5年が経った。初めは恐ろしく見えたこの街も、一年も経てば慣れてくる。よく行くお気に入りの定食屋には顔を覚えられたし、軍にも何度か通ううちに顔パスで通れるようになった。
僕は今、シイさんと同じ掃除屋をしている。掃除というのは隠語のようなもので、まぁ直に言ってしまえば殺し屋だ。彼はちょっとした便利屋だと言い張るが、確実に殺し屋である。
「たでぇま~」
「ただいま帰りました」
見慣れた玄関で靴を脱ぐ。フーゾさんはまだ帰ってきていないようだ。軍会議が長引いてるのだろうか。
自分で稼げるようになって_特に殺し屋は稼ぎが良いので_家が買えるようになっても、まだ僕は彼らとシェアハウスを続けている。ハッキリ言ってしまえば、便利なのだ。
家に帰れば誰かがいるし、家事は分担だし、何より二人ともとても優しい。この快適さを知ってしまえば、一人暮らしなんて到底できっこない。
一人で毎日三食違うメニューを作れて、床に殆んど物が無い、埃が舞っていない状態に維持できて、洗濯やゴミ処理、その他諸々の家事が完璧にできていて精神を病んでいない人だけが僕に石を投げれるのだ。
ただ、それとはまた別ベクトルで少し困ったことがある。彼らは必要以上にこちらを気遣ってくれるし、僕が年下だからか何かと甘やかしてくることもある、が…それよりもずっと嫌なことが、一つだけ。
「ただいま~」
「あ、フーゾおかえり~。ただいまのキスする?」
「んじゃして~」
…シイさんとフーゾさんが、僕がいるのにも関わらず、物凄くイチャつくという点だ。
初めは知らなかったが、二人はどうやら恋人らしい。同性の友人が出来たことが無かったから、こういう…ハグだとか、き、キスだとかするノリが普通だと思っていたが…どうもそうじゃなかったようだ。
そうとは知らずに同棲をOKしてしまったのは普通に僕が迂闊だったし、何よりも己の無知がまた露見してしまったのが本当に恥ずかしい。恥ずかしい、が、それよりも恐怖を覚えてしまう。だって、僕は見知らぬ男だぞ?それなのに顔をみただけで、恋人以外との同棲を決めるだなんて。愛玩動物くらいに思われているとしても恐怖を感じる。本当に、訳がわからない。
あと、僕の前でイチャつくのも止めて欲しい。人前にいるときはフーゾさん注意するのに、僕の前だと遠慮しないのは何でなんだ。ハッキリ言って気まずいから自分らの部屋でやるか、もしくはその前に僕に言って欲しい。退くから。
「あ、そうだ。ボスが二人のこと呼んでたから、明日くらいに行った方がいいかも」
「え~?まぁ良いよ。明日仕事無いし」
(クリスさん直々に?なんの用だろう…)
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「単刀直入に言うが、メーラサルペと戦争をすることになった。だから、お前達の手を借りたい」
「え、マジすか」
メーラサルペ…確か、混乱的城市の南西側に位置している国だ。よく貿易をしていたし、両国の仲も良かった筈だが…
「てかなんで戦争?あそこの人らってそういうの嫌いじゃなかったっけ」
「色々あるのだ」
「ふぅん」
何か裏があるような気がする…が、ここで深く突っ込むのも不敬だろう。ぐっと言葉を飲み込み、代わりに何をすれば良いのか、と聞いた。
「お前達には、軍と連携して情報のやり取りやスパイがいないかを探って欲しい。なぁに、簡単な仕事さ」
「あえ?オレは暗殺隊の方じゃないんすか」
「今回暗殺隊は殆んど動かさないことにした。その隊の者は他の前衛部隊に回す」
普通国同士が相手に要求を飲んでもらうための戦争であればそれぞれ大将の首を取るか、国を人質に取れば勝利するらしい。が、それをしないということはつまり、何か別の目的があるということだ。
「そいじゃ今回の戦争ってどんな意図があるんすか?まさか、領土を増やす訳じゃないでしょう」
不意に、首もとに刃が当てられた。否、そう感じる程の殺気が向けられたのだ。咄嗟に刀に手を掛ける。と、シイさんにその手を抑えられた。クリスさんは、無言で笑みを浮かべ僕たちを見上げている。その筈なのに、見下され睨まれているような感覚になった。どうやらシイさんは、不味いことを聞いたらしい。
「…さーせんした」
「別に良い。…くれぐれも、変な詮索はしないように。二人とも、頼りにしているぞ」
「…ってことがあってさぁ!!!リンくんどう思う?!!!!」
「うるせぇ!!静かにしろバカ!!!!」
僕は執務室を出た後、少し用があると言ったシイさんに着いてきていた。というか、連れてこられたという方が正しいか。
そして今はシイさんの部下であり弟子のリンくんに、他ならぬシイさんがキレられている所を眺めている。これ、僕いる?
「てか引っ付くな!!熱いんだよお前!!」
「リンくんのケチ~、零くんなら許してくれるのに」
「いや、僕も嫌って言ってますけどね」
リンくんに引き剥がされたシイさんがこちらに向かってきたので、少し避ける。が、動きを予測されてそのまま回避先で抱きつかれた。う、あ、熱い…これもう風邪だろ…
「んで、ソイツ誰。部外者か?」
え、シイさん紹介してなかったのか?と思い、シイさんの顔を見る。…あ、忘れちゃってた!いっけね☆みたいな顔をしていた。思わず舌打ちが出てしまうが、不可抗力だ。
「ええと、落安零です。初めまして」
「…リンだ」
…なんとなく、目付きで分かってたけど、すんごい無愛想な子だなぁ…と思う。近所の懐かない猫にこんな子いたような気がするし…
というかこの子、やっぱり幼い。確かシイさんの話によると…17歳だったか。凄い幼いし、その頃の僕よりも小さいんじゃなかろうか。ちゃんとご飯を食べてるのか?不安だ。
「オイ、お前」
「はい、何でしょうか」
「…俺のこと無愛想なガキだと思っただろ」
「え」
読心術???それとも、彼の能力だろうか。どちらにせよ図星だ。普通ならそんなこと思ってないですよ、と言うところだが…
「…まぁ、そうですね。ちょっと…」
なんとなく、なんとなくだが試されているような感じがしたので、ここは素直になってみる。…ほんの少しだけ、彼の雰囲気が和らいだような気がした。パーフェクトコミュニケーション…だったら良いのだが。
「…そ。じゃあまぁ、ヨロシク」
「あ、よろしくお願いします…」
変わらぬ口調に気のせいかもしれない、と不安になる。とにかく帰ったら彼のことをシイさんかフーゾさんに聞こう。ついでに、懐かれるコツなどあったら教えてもらいたいな。
帰ってすぐ、フーゾさんに彼のことを聞いた。そうしたら、少し気まずそうな顔をしたあとに
「あーリンくん?彼はねぇ~…まぁ、フクザツなんだよ。色々と」
とかなりぼかした返事が返ってきた。彼にとっては知られたくない事なのだろうか。
暴言を吐く人は基本的に苦手なのだが、何となく、何となくだが彼とは仲良くなれそうな気がしていた。何故だろう、僕は年下の子と仲良くなりたいのだろうか…?これがオジサン化…と、恐ろしいことを考えてしまう。まさか、まだ、まだ早い…よな…??
いやそれよりも、考えるべきは戦争の事だ。…戦争なんて、もともといた世界でもそうそう起きていなかったのに。大丈夫なのかだろうかと、今になって心配になる。この世界でも、きっと戦争は珍しいことの筈だろうが。
クリスさんは白兵戦をメインにしていくと言っていたから、その分たくさん人が死ぬだろう。もしかしたら僕も…と考えて、少しゾッとする。人は死のことを考えてはいけない、何故なら可笑しくなってしまうからとは誰の言葉だっただろう。
一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。それでも、なんだか胸騒ぎがして止まなかった。何もなく、平和に終わってくれれば良いのだが…
◇To be continued…
【次回予告】
「世間の声を聞くのもまた、私の役目だ」
「んね、零くんは雨好き?」
「フーゾ…?…もしかして、」