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夏に現れたきみへ5
第5章「空白のメモリー」
文化祭当日。
教室の一角に飾られた写真展示のパネルに、澪はじっと目を向けていた。
陽翔がふと呼びかける。
「澪。これ、昨日ふたりで撮ったやつ、もう貼られてるよ」
でも——澪は、ほんの数秒、その写真を見ても反応しなかった。
「……それ、わたしたち?」
その声に、陽翔は心臓を握り潰されたような痛みを覚えた。
その日、澪は舞台の出番を間違え、台詞を飛ばし、クラスの中で少し浮いていた。
誰も気づいていない。でも、陽翔だけは違った。
「最近、変なんだ。……“陽翔くん”って、言ってくれなくなった」
「“あなた”とか、“きみ”とか……名前を呼ばれることが減った気がする」
放課後。校舎裏で澪を呼び止めた陽翔は、堪えきれず問いかけた。
「澪……。俺のこと、ちゃんと……覚えてる?」
沈黙。
澪は、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……陽翔くんって、優しいね」
「……ごめんね、こんな私で」
涙が、澪の目の奥からにじみ出ていた。
「“忘れていく病気”なんだ、私」
「最初に消えるのは、“愛した人”のことなんだって……」
風が吹いて、夏の終わりを知らせていた。