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ファミレス無記
六時に会おうと言ったのはそっちなのに、待ち合わせ人は来なかった。青い液晶に表示された謝る犬のスタンプを摘み出し、めちゃくちゃに踏んづけてやりたい気分だ。
仕方なく二人席に虚しく一人で座り、何も頼まないのもなと思ってティラミスを注文した。注文してから立ち上がり、ドリンクバーの前に立った。
ドリンクバーの銀色の筐体にグラスを置き、迷わずオレンジジュースのボタンを押した。ボタンを押し続けている限りジュースが出続けるシステムの筐体から、シャーっと排泄のような音を立ててオレンジジュースがグラスを叩いた。この手の筐体にはつきもののこの音が俺は嫌いだ。嫌いというか不快だ。半分ほど入れてボタンから指を離し、隣に置かれたアイスキューブの蓋を開ける。
ドリンクバーは普通だが、アイスキューブは好きだ。寧ろアイスキューブの為にドリンクバーを利用しているといってもいい。おいしそうな四角い氷がぎっしり詰まった銀色の箱には夢がある。トングで一つずつ掴み、グラスに落としていく。氷でジュースが嵩増しされ、一般的に皆が入れるくらいまで水面が上がったところでトングを置いた。今日は八個。もう少しジュースを少なくしてもよかったな、と思った。
グラスをテーブルに運んでしばらく待つ。氷が殆ど溶けるまでは飲まない。氷が溶けてジュースが薄くなったところが好きなのだ。水を混ぜても同じことだとは思うが、それは邪道のような気がするし、何より「氷で薄まった」という事実が何か楽しい。じっと待っているとティラミスが来た。
ケーキの為だけに作られているのではないかと毎回思う小さなフォークを使って、ちまちまとティラミスを食べる。食べながらスマホを見る。開いているのはインスタグラムで、フォローしているユーザーの新しい投稿が表示されている。歳は公開していないがおそらく二十代の女性で、ひとり旅やひとり焼肉の写真をちらほら載せているアカウントだ。
巷で人気の「キレイめおひとり様女子」を体現するこのひと、キャッチコピーであるらしい「好きなときに、好きなことを、気楽なおひとり様で」という文も、「に」の直後が「好」で漢字なのだから「、」はいらないだろうに態々付けているところに「丁寧な暮らし」感が漂う。顔出しはしていないけれど、ときどき映る指先はジェルネイルが施されていて、よく手入れしているのが分かる。新しい投稿にも、ピースサインを作るすらりとした指が、チョコレートパフェとツーショットしている。
こういう、自分になんの疑いも不満も抱いていないような人間はすばらしい。見ていて気持ちがいいし、俺と同じ人生を歩んでも俺より楽しめる気がする。でも本当は、うわべだけ見て「こいつは自分に不満がなさそうだ」と決めつける俺のような人間が一番傲慢なんだろうと思った。思っただけだった。
ピースとチョコパフェのツーショットにいいねを押して、インスタグラムを閉じた。
待ち合わせ人はまだ来なそうだった。