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ヒカリの電池が切れた時
初めての試みですね。言葉選びに一層気をつけて書かなくては、とうんうん唸っているうちにできました。楽しいからまたやってみよう、こういう書き方。
リクエストありがとうございました!
ヒカリの電池が切れた時、ママは大泣きして、パパはおかしな声を出して大笑いしました。
あたしには意味が分かりませんでした。ヒカリの電池が切れたことの意味が、よく分かりませんでした。だからきっと、ママたちもそうなのかなって思うんです。ヒカリの電池が切れるなんて、みんな思いもしなかったんだろうなって。
ヒカリは、ずっとそばにいました。そばにいるけれど、とても遠くて。触れられるわけではないけれど、そばにいるような気がして。要は、あたしの心のそばにいるってことなんです。外で駆け回っている時も、授業を受けている時も、ヒカリはあたしのことをずっと見てくれていました。
それなのに、どうしてでしょうか。
あたしがちょうどおやつのチョコパイを頬張っていた時に、ぷつっと、大きな大きな音が町中に響き渡ると、ヒカリはチカチカして、あたしたちが寝る時間の時のように真っ黒くなってしまいました。1分もかからなかったと思います。あたしの家についているライトも切れたことがありましたが、こんな感じでした。周りが何も見えなくなって、オトナもコドモもイヌもネコも、うちで飼っているインコのピー助もみんな怯えているみたいでした。
「ねえ、ママ。まだ寝る時間じゃないよねえ。だってお昼の3時だよ、いくら真冬だからって、こんなに早くヒカリが引っ込むわけないよねえ?」
って、あたしが聞くと、ママはあたしを叱る時みたいに恐い顔をしたんです。ママってば
「みんなで土の中で眠る時が来たのよ」
とか
「あなたも手を合わせて、ヒカリと友達にさよならを言いなさい。ヒカリが落っこちてきたら、あなたはそんなことを言うヒマもなくなっちゃうんだから」
とか、変なことを言い出したんです。その後にも何かあたしに伝えたかったことがあったみたいだけど、ママの目からボロボロ涙が溢れてきて、残りはよく聞こえませんでした。
パパもあたしたちのところにやってきて、大笑いしながらべしべしママとあたしの肩を叩きました。笑いながら、泣きながら、でした。いつだったのでしょうか、お酒を飲みすぎて顔が赤くなって、いなくなっちゃったパパのお母さん(あたしにとってはおばあちゃんです)が見えるって言って、ママにこっぴどく怒られた時がありました。その時よりも様子がおかしくてひどくて、壊れたオモチャみたいになっていました。パパがパパじゃなくなっちゃったみたいです。
あたしはとりあえずママの言う通りに手を合わせて、仲良しのアイちゃんやハルコちゃんのことをずっと考えていました。暗いのにも目が慣れてきて、ちょっとだけママやパパの表情やピー助、窓から見える町の様子が分かるようになりました。
しばらくして、ガラスが割れるみたいな嫌な音がぐらぐら地面を揺らすと、ヒカリはあたしたちの町よりも、隣町の隣町よりもさらに遠い町に落っこちました。ママがさっき言ってた「ヒカリが落っこちてきたら」というのはこういうことだったのです。確かに、ヒカリが町に落ちてきたら町中大騒ぎで、ママとパパと、ましてやピー助を連れて逃げるヒマなんてないのでしょう。
「ああ、終わりだ終わりだ。この国は、もう終わりだ!」
「どうせ元々終わる運命だったのよ、人間が地下に潜った時点で」
ぶつぶつママたちはつぶやいて、テレビの電源をオンにしようとしました。でもつかなかったので、仕方なくホコリまみれになっていたラジオを持ってきて、チャンネルを合わせました。
「人工太陽の電池が突然、切れました!『ヒカリの電池切れ』、いったいこれはどういうことなんですか!」
「十分に充電されていたはずです。テレビなどの電気を使う家電なども使えなくなっています。残念ながら私にも、原因は推測できません」
「住民のみなさまは速やかに、緊急シェルターまで避難してください」
ニュースの人も何が何だか分かっていないようでした。「専門家」と紹介されたおじさんも声がぶるぶる震えていて、すごく怖がっているのかなってあたしは考えました。
パパは何も言わずにラジオを切りました。ラジオが聞こえなくなったので、町の人が大騒ぎしている声があたしの耳を引っぱたくようで、あたしはつい耳を押さえました。
「行きましょう」
ママはあたしの手をいつものママからは考えられないくらい強い力で掴むと、お出かけには使わないカバンを背負いました。
パパはピー助の鳥かごの鍵を持ってきて、ピー助を外に逃しました。
あたしたちは家の外に出ました。なんだかもうあたしたちの家には二度と戻ってこられないような気がして、あたしはバイバイってつぶやきました。ママとパパもあたしの後に、バイバイって繰り返し言って手を振りました。
それからというものの、あたしは緊急シェルターから出られていません。緊急シェルターに入れただけマシってママが八百屋のおばさんと話しているのを聞いたので、こうやって考えることはぜいたくなのかもしれません。
配られるごはんもどんどん少なくなって、あたしはお腹がいつも空いています。甘いものなんて出ません。チョコパイなんておやつに食べられません。だから、ずっと思い出の中のチョコパイを呼び出して食べています。でも、そのことを考えると最近はもっと悲しくなるので、もう考えないようにしています。どこかにいるピー助は、優しい人にごはんももらっているのでしょうか。お腹を空かせていないとあたしは嬉しいです。
早くあたしの家に戻りたいです。
早くおいしいママの手作りごはんが食べたいです。
早く新しいヒカリの電池が欲しいです。