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side Kai - 2
「ご飯は食べた? ……その顔じゃ何も食べていないのね。飲み物は? ちゃんと水分は取ってる? ミルクでも持っていくわ、ダイニングにいらっしゃい」
せかせかと荷物を置いて、彼女はキッチンまで駆けていった。
背中まで伸びた黒髪は美しかった。
「大丈夫? ちょっと電子レンジで温めたのだけど、熱すぎてないかしら」
コップにミルクを入れて、彼女は僕のところまで持ってきた。
大丈夫だよ、と答えて、喉に流し入れた。少しだけ甘い香りがした。
彼女は決して、今日は何をしていたの、とは聞かない。
僕の一日がループしていることを知っているからだ。何にもならない日々は、まるで檻のようだった。
その中で彼女が出ていけないように腕を握り続けている僕は、きっと残酷なんだろう。
彼女はここにいちゃいけない人間なのに。もっと他のところに行ける人なのに。
何か作るわね、きっとお腹も空いているでしょう。
冷蔵庫を開けながら彼女は僕にそう言った。
そういえば何も食べていなかった。そんな必要も感じなかった。
「外は寒かったのよ。ああもう刺されそう。こんなんで私、真冬になったらどうなるのかしら」
そうなんだ、と僕は答えた。そうか、今日はそんなに寒かったのか。
彼女がいて、やっと何かが動き出す気がした。僕の中には流れない時間を、外から眺めていることしかできない時間を、彼女は僕に感じさせてくれる。
できたよ、と彼女は皿を持ってきた。褐色の料理だった。にんじん、じゃがいも、牛肉、玉ねぎ、いろいろ入っているのが分かる。
「カレー?」
「えー? いや、ハヤシライスのつもりで作ったのだけれど」
「そうなの? でもハヤシライスってこんなに具材が入ってるイメージないんだけど」
「むー……。つ、作った人がハヤシライスだと言えばハヤシライスなの! ほらさっさと食べる!」
思わずぷっと吹き出した。自分の中に笑うという感情が残っているのに少しだけ驚いた。
ふ、と息を吐いた。彼女といると、生きていられる気がする。こうやって何気なく話している空間が何よりの安らぎだった。
スプーンで掬って、口の中に押し込んだ。カレーともハヤシライスとも言えぬ味が、口の中に広がる。
途端に、空腹であるのを感じた。彼女の言う通り、今日初めての食事だったかもしれない。
「美味しい? ちゃんとハヤシライスでしょ?」
「うん、そうだね。ありがとう、リリィ」
リリィ、と呼ばれて振り向いた彼女が、嬉しそうに微笑んだ。綺麗な笑顔だった。
閉じ込められた時空の中を|掻《か》き分けて、そっと入り込んできてくれる。その中にいる僕は、そんな彼女の腕を掴んで縛り付けている。
自分は残酷だと思いながら、手放せるはずもなかった。少しだけでも息していたい。独りきりで閉じ込められ続けるのは|辛《つら》すぎるから。