公開中
失墜の錆
チタン合金製の巨大な指が、古びたフォトアルバムのページをそっとめくり、紙の擦れる音に代わって油圧の作動音が、静かな格納庫に重く響いていた。
機体番号GX-001…私は、かつて都市を守るために造られた高性能な対非侵入者戦闘用巨大ロボットだった。
しかし今、私の任務は完全に終わりを遂げ、ただここで過去を反芻し続けることだけが日課となっていた。
過去の栄光に縋ることも、自由に世界へ羽ばたくことも、何もできない。
薄暗い格納庫の中、私の金属で体温を持たない瞳が捉えたのは、色褪せた一枚の記念写真だった。
そこには、まだ新品同様に輝いていた頃の私と、私の開発責任者であり、唯一のパイロットだった女性科学者のエミリーが嬉しそうに写っている。
様々なものが置かれた研究室の中で、エミリーは無邪気な笑顔で私の足元に立ち、過去の私は少しぎこちないながらも、その大きな金属の手で彼女を守るようにポーズをとっていた。
それが今となっては、不思議と『懐かしい』という感情を馳せるものだった。
私は、エミリーと共に過ごした日々を鮮明に記憶している。彼女の熱意、喜び、そして時折見せる孤独な横顔。人工知能を搭載していた私は、それらの記憶を分析し、結論づけていた。
“これは『愛』と広く一般的に知られる感情の定義に合致するのかもしれない”、と。
実際のところ、私はエミリーを守り、彼女の傍にいることが何よりも重要な指令となっていたが、結論づけられたそれが長く続くのを望んでいた。望まなければならなかった。
しかし、その『愛』は、あまりにも唐突に終わりを告げ、平和な時代が訪れた影響で私のような巨大ロボットは不要と判断された。
今までの行いが丸ごと覆ったように足を掬われる感覚を金属の身体で感じていた。
エミリーもまた、別の研究プロジェクトのために私も知らないところの研究所へと異動してしまった。彼女からの連絡は途絶え、最後に届いた短いメッセージには、新しい生活への期待と、私への感謝の言葉だけが綴られていた。
私はそれを何故だが分からないが、全てを失った気がしていた。
生まれた理由も、生きてきた理由も、全てがなくなったような気がしていた。
奇妙で、奇妙で、奇妙で、それが一体何であるかと考えた末、私はようやく気づいた。
それは、人間で言うところの明確な失恋だった。
感情的な回路に非常に大きな問題が発生し、人間的な感情が私の中で湧き上がっていた。
私は再び、フォトアルバムの上で金属の指を止める。写真の中のエミリーは、今も変わらず聖母のように微笑んでいる。
私は、本当は知っていたのだ。
この笑顔は、もう二度と私に向けられることはないのだと。
「…どうして」
私は静かに写真を閉じ、深い格納庫の闇の中、無音の嘆息を漏らした。
所詮、人類の使い物に過ぎなかったのだ。