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三月十五日
ホワイトデー近いとかはなにも関係ないよ。
「ちひろちゃんっ」
無意識のうちに、小声の叫び声がもれる。わたしは、とっさにお母さんの後ろにかくれた。
「なに……あ」
買い物袋をカートから持ち上げたお母さんは、一瞬首を傾げたがすぐに気がつき、立ち止まった。
見覚えのある、背の低い尼そぎの女の子。ちひろちゃんだ。白い短丈のトップスに裾の広いズボン。出口のほうへ、目の前を通りすぎていくところだった。
彼女は気づいただろうか。気づいてなければいい。
駐車場の車に溶け込んで、見えなくなったところでお母さんはいった。
「ちひろちゃん、残念だったね……まあ、あの子はすごいスパッとした子そうだし、もう切り替えてるかな」
「……そうかもね」
私は、第一志望の高校に合格した。いい点でとはいえないけど、合格は揺るぎない事実。
ちひろちゃんは、私と同じ高校を受けたけど、落ちた。点数がどのくらいかは知らないけど、定員から溢れた六十一人のうちの一人になってしまったことは事実。
切り替えてる。切り替えてるのかな。私は、お母さんの言葉をぼーっとした頭で受け取る。
ちひろちゃん。彼女は小学三年生のときに仲が良くて、よく遊んだ。クラスが離れてちょっと疎遠にはなったけど、こないだだって卒アルにメッセージ書いてもらったばっかり。
でも私は、彼女の姿を認識したとたん、彼女に見られるまいと隠れた。それはどうして。
「それにしてもよく気づいたね」
「まあなんとなく、わかった」
私たちは、さっきちひろちゃんが去っていった出口へ足を向ける。
たぶん、目を合わせたくなかったから。
何を話せばいいの。「残念だったね」? そんなの受かった人に言われたくない。ちひろちゃんは私になんていうの。「おめでとう」? 私はそれになんて返せばいい。
目を合わせなくてよかったなんて思いたくないけれど。目が合って、無視して過ぎ去るのが一番しんどいかな。
自動ドアを抜けた。三月の暖かい風が顔をやわらかく掠める。それを私は、素直に喜べないと思う。