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8.完璧
「___次、柊木さん」
「あ、はいっ」
大学、昼前。
今日は技能テスト。
課題曲に合わせて踊るだけ。簡単なこと。
昨日だって、1週間前だって、この先だって、出来てなきゃいけないこと。
教授にそう言われ、教授の前へと出てきた。
そして、曲が鳴り始めた。
ゆっくりとした穏やかな初動からサビからは激しく素早い動きが求められる。狂気的な演技が求められる曲である。
手先と足からゆっくり動かして、次に首をグルンと回す。
あ……、違う、ここはもっと弱くゆっくり……、
ここから早くなっていく。どんどん、激しくなっていく。
あ、また…ちがう、こんなんじゃ、ない…、こんなの、こんな、の…ちが、う…、
そのまま、曲が終わった。
耳に入る音は、拍手と教授の声だ。
違う、なんで、なん、で………、?こんなの僕なんかじゃ…、
「 いつも通り 素晴らしい出来ね」
いつも、通り……………、でこんなのが、素晴らしい……の、?
「__僕、は…、僕………だっ、て……__」
喉まで出かけたその言葉達を必死に飲み込む。
それを言ってしまえば、完璧にしてきたもの、全部崩れてしまうから。
皆に嫌われちゃうから。
完璧じゃない僕なんて誰にも求められていないから。
「あら、どうしたの?」
教授にそう声をかけられた。
そう、そうだ。僕はまだ一人じゃない。弱いところなんて人には見せられない。
「終わったばっかで息が上がってて、ありがとうございましたって言おうとして…」
だから、笑う。
僕はこれしか知らないから。
人にそう言われたら笑うことしかできないから。
弱い僕なんて自分の中で何回も何回も刺して、殺すしかないから。
「あら、それなら。 無理のない 範囲でね」
教授の顔が晴れ、笑顔になった。
「……っ、……はい、!」
よくわからないけど、苦しい。苦しい、痛い。
こんなんじゃ、…、こんなんじゃ、また昔の出来損ないな僕に逆戻り。
--- * ---
夜、20時30分頃。
次の課題曲も、技能テストの日程も発表された。
次こそは、期待に応えられるようにしないと。
そうじゃなきゃ…、
「怜夏、また練習か」
そう言うと同時に練習室に顔を覗かせたのは、僕の同級生たちだった。
僕と同じ学部の2人だった。
「やっぱ流石だな」
そう同級生である友達が言った。
僕は曲を止めて、その同級生たちが顔をのぞかせる扉の方へと向かった。
「えへへ、そんな事ないよ。もっと頑張らなきゃいけないし」
そう言葉を返した。
こんなんじゃ全然駄目なのに、いつかは流石なんて言われなくなってしまうのに。
「お前がそんな事ないレベルだったら俺たちはどうなんだよ」
「じゃあな、頑張れよ」
言葉を続けていった彼らは、僕1人を残して2人で練習室から去った。
扉が閉められていなかったから扉を閉めるために扉の方へと歩いていった。
廊下を歩いてある時に聞こえてしまった2人の会話を僕に聞かせながら。
「次の技能テストも完璧だろ、あの調子じゃ」
「最大評価じゃなかったらちょっと面白いな」
「面白くねーわ」
「というか、怜夏がダンスで失敗するわけねーだろ」
「ははっ、確かにそうだな。怜夏が失敗するなんてありえない話か」
聞こえてはいけない、聞こえてしまったこと。
笑って。
自分がなにか分からなくなるまで笑って。
ナイフで刺されたみたいに何か、僕の中にある何かが痛くて。
僕しか知らない僕は僕の中で藻掻いているのに、なんで誰も完璧じゃない僕は僕として認めてはくれないの、…?
--- * ---
また、練習室を貸してもらって練習してから帰ってきた。時刻は12時を回っていた。
今日も寝れないのかな、なんて思いながら練習をして疲れ果てた体で階段を登っていった。
あの時に感じた痛みも、消化しきれない名前のない感情もずっとどこかに溜まったまま。
苦しい、そんなの知ってる。
僕は病気にかかってもないのに、僕は大切な人をつい最近亡くしたわけでもないのに、貧血やちょっとした風邪でもない。
なのに何故、なんで、僕はこんなに苦しいの?
理由がないのなら、僕がここで止まっていい理由にはならないのに。
まだ部屋を向かう階段を登っていたのに。
涙が目から溢れていた。大粒で、多くて、動けなくて、呼吸も何もかもしづらくて。
「、朝の……」
階段を下りてきた、涙で視界がぼやける中でも視認できた見覚えのある人。
彼女には、泣いている姿ばかり見られる運命でもあるのだろうか。
逃げ出した。
しかし、あっさり手首を掴まれた。
それほど強い力ではなかったが、疲れている僕を引き留めるなら十分な力だった。
「………大丈夫?」
騒音問題でも起こしてしまったか、それ以外に何か怒られるか、そんな考えが|過《よぎ》った。
「え…、…?」
予想とは違う言葉、優しい言葉。
僕がかけられたことなんてない、初めての言葉。
その言葉に思わず、声を漏らした。
「朝見た時からずっと泣いてたよね、私こう見えても精神科志望だから、」
「こんな知らない人に話すの怖いと思うんだけど……少し話、聞かせてくれない?」
彼女は続けてそう言った。
想像より長くなった。
スクロールお疲れ様です。
担当:ツクヨミ