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チェス
れのわ 様の「 第一回!ゲーム小説大会! 」の参加作品です
※チェスも将棋もなんにも知らない素人が書いた小説です
※もしありえないような状況があったとしてもスルーして読んでください…すみません…
対戦相手は若い青年だった。
「…よろしくお願いします」
その青く真っ直ぐな瞳が私を見てきた。
焦燥感と不安と、諸々の負の感情が入り乱れた顔つきだった。
「では始めようか」
私は彼と握手をし、駒を並べた。
その手は少し濡れていた。
先行の彼がまず先にとポーンを前に出した。
軽快な音が盤に響く。
私はそれを見て、同じようにポーンを動かす。
盤の上で小さな兵士たちが向かい合った。
次に彼はナイトを跳ねさせる。若い手らしい、勢いのある動きだった。
私はルークを少し動かし、重たく構える。
盤上の駒がひとつ、またひとつと動く。
部屋の空気が張り詰めていく。
青年は額に汗をにじませながらも、真剣に思考を巡らさせているようだった。
何度か手数を重ねる。
攻撃と防御が交差していく。
まだ若い指先は迷いを隠しきれない。
しかし確実に私を一歩一歩追い詰めることが出来ていた。
「…いい手だな」
いつか、思わず私は口にしていた。
彼は一瞬こちらを見たものの、すぐに盤面に視線を戻した。
「少し、私の昔話をしよう」
ずっと緊張している彼を励ますとまではいかないが、リラックスしてほしいと思った。
盤上の駒がひとつ、またひとつと動く。
コツ、コツ、と硬い音がなる。
「恋人が居たんだ」
私は自分のビショップを滑らせ、敵の駒を斜めに切り取った。
白い駒がひっそりと倒れる。青年の指が一瞬止まる。
「だが、ある日突然誘拐されてしまったんだ」
彼はポーンを前に押し出した。
小さな兵士が前線を進む。
私はクイーンを動かし、その行く手を塞ぐ。
盤全体を支配する王の影が、彼を圧迫する。
「その犯人はこう言ったんだ」
ナイトが再び跳ね上がり、盤の中央を狙う。
私は冷静にポーンを出し、囮として差し出す。
「『俺との勝負で勝ったら、生きて返してやろう』、と」
そう語りながら、私はルークをゆっくり横へ滑らせた。
盤の端から端まで伸びた直線が、彼のクイーンをじわりと追い詰めていく。
彼の手が一層震えているように見えた。
ナイトが跳ね、私の防御をかき乱す。
しかしその必死の攻撃は、焦燥に満ち、隙を生んでいた。
私は盤面を見下ろす。
「でも、私は負けてしまった」
クイーンが捕らえられ、ルークが取り残されて行く。
盤の駒が一つ倒れるたびに、胸の奥からかつての断末魔が甦った。
青年の汗が盤に滴り、黒と白のマスに滲んだ。
瞳が揺れ、何度も喉が動いているのが見て取れた。
「私は、人殺しだ」
静かな沈黙が落ちる。
部屋全体の空気が固まったかのように重くなる。
時計の針の音さえ途絶え、ただ盤上の駒だけが、
私の罪の証として冷たく並び続けていた。
それでも私の指は止まらなかった。
コツ。
「あっ…!」
チェックメイトだった。
次彼が何を動かしたとしても、もう終わる。
「ま、まって、ください、まだ…!」
「約束だからね」
なにか言いたげにしていたが、ルールは絶対だ。
仲間に、私の後ろに居る少女に銃を向けさせる。
これから食べられる小動物のように、すっかり怯えきっていた。
「ネハ!!逃げて!!」
感情的になった彼を横目に、仲間は迷わず引き金を引く。
赤黒い花火が散った。
ドサッと横たわる。
せっかくのきれいな顔が涙で濡れてしまっていた。
彼は手を伸ばしたまま固まっていた。
「……さ、これで取引は終わりだよ。早く帰りなさい」
少し、この青年に自分を重ね、期待してしまっていたのかもしれない。
私と同じ条件で、私と同じように追い詰めて、私と同じように負けさせる。
みなこんな結末になっているのだ。私だけではないんだ、と、こうすることでしか昔の自分を許す事ができなかった。
自覚するほど歪んだ自己救済だった。
青年が我に返り少女に駆け寄る。
「ネハ!!……ネハっ…!」
その両手でもう動かない少女を抱きしめる。
敗者の青年の目には、大粒の涙を宿していた。
徐々に赤に染まって行く。
「__……マーフカルナー…………ピヤール…__」
…私達は青年を残し、薄暗い小屋を後にした。
秋を知らせる大量の芒が私を見つめた。
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チェスの発祥はインドだそうです。
読破お疲れ様でした。
**ぽす**、と背中に衝撃が刺さった。
鈍い感触が、皮膚の下の奥底まで届く。
深く深くから、ぼっ と熱くなった。
「お前何してる!!!!」
仲間の怒鳴り声が撥ね返るように飛んだ。
気付くと私は地面に倒れていた。
全身が急激に痛くなった。うまく息ができない。
「お前らだけは!!絶対に許さないッ!!」
叫びは私達に向かって矢のように飛んできた。
声の主の輪郭は血の匂いと緊張でぼやけ、ただその青い目だけがくっきりとこちらを捉えていた。
手が痙攣してきた。
死ぬに死にきれなかった私は、いずれこうなることを願っていたのかもしれない。
そう死ぬための言い訳を並べながら、仲間に取り押さえられた青年の鋭く青い目をさいごに見た。
その青はどこか笑っているように見えた
さいごまで諦めないことって大事ですよね。
少なくともどの恋も純愛でした。