あの夏が飽和する。

　今日は、君の命日だ。 　今でも君の姿が、言葉が、染み付いて、頭の中で飽和している。 ——昨日人を殺したんだ。 　あの日君が言ったその言葉が始まりだった。 　そんな話で始まる、あの夏の日の記憶だ。 --- 「昨日、人を殺したんだ」 　窓の外で君はずぶ濡れになって透けた下着を隠そうともせず、泣きながら震えながら静かに小さな声でそう言った。 　僕が君を部屋に入れた後、君は言った。 「殺したのは隣の席のいつもいじめてくるアイツ。もう嫌になって、肩を突き飛ばして、……打ち所が悪かったんだ」 　そして、続け様に言う。 「もうここにはいられないと思うし、どこか遠いとこで死んでくるよ」 　そんな君に僕は言った。 「それじゃ僕も連れてって」 　君は躊躇しながらも頷いた。 　僕はその後、引き出しからナイフと財布、携帯ゲームをカバンに詰め込んだ。その後、いらない物を全部、近くにあったハンマーでぶっ壊した。 　あの写真も、あの日記も、今となっては、もういらない。全て破り捨てた。 　ここからは人殺しとダメ人間の、君と僕の旅だ。 　そして僕らは逃げ出した。この狭い世界から。 　家族もクラスの奴らも何もかも全部捨てて、君と2人で。 「遠い遠い誰もいない場所で二人で死のうよ。もうこの世界に価値などないよ。人殺しなんてそこら中に沸いてるじゃんか」 　微かに泣きながら君はそう言った。 　僕はそんな君に言葉をかけた。 「君は何も悪くないよ」 　逃げてしばらく経った頃、僕は思わず呟いた。 「結局僕ら、誰にも愛されたことなんて無かった」 　事実だが、実際言葉にしてみるとグサッとくる。 　けれど、そんな嫌な共通点で僕らは簡単に信じあってきたのだ。 　ふと僕は、君の手を握った。そのときにはもう君の手の微かな震えもすでに無くなっていた。 　そのまま僕らは、誰にも縛られずに二人で線路の上を歩いた。 　どこかにたどり着いた時、財布にお金があまり入ってないことに気づいた。 「どうする？」 「盗めばいいじゃん。私がやろうか？」 「いや、僕がやるよ。これ以上罪を増やさなくていい」 「あ、いいこと思いついた。二人でやれば多くゲットできるよ」 「確かに」 　僕らは少し離れた雑貨屋に入り込み、万引きをした。店員にバレたけど、僕らは一緒に逃げ出した。 　僕らなら本当にどこへでも行けそうだ。そう思った。 　今更怖いものは、僕らにはないんだ。警察も何も、怖くない。 　額を流れる汗も、道端に落とした僕のメガネも、今となってはどうでもいいことだ。 「あぶれものの小さな逃避行の旅だ」 　君がそう呟いた。 「いつか夢見た優しくて誰にも好かれる主人公なら、汚くなった僕たちも見捨てずにちゃんと救ってくれるのかな？」 　僕が君にそう訊くと、こう答えた。 「そんな夢なら捨てたよ。だって現実見ろよ？　シアワセの四文字なんて無かった。今までの人生で思い知ったことじゃないか」 　確かに至極もっともなことだ。 「それに、自分は悪くないと誰もがきっと思ってる」 　それからも、僕らの逃避行劇は続いた。 　当てもなく彷徨いながら、逃げ蝉の群れに突っ込んだりしながらも、僕らはあいも変わらず逃げ続けている。 　次第に水も無くなってきて視界がぼやけ揺れ出した。けど、すぐ近くに川があったからそこで水分補給をした。 　川の水を飲んでいる時、遠くの方から警察たちが鬼のような形相をしながら、こっちに迫ってきていた。 　それでも僕らは諦めず逃げ続けた。バカみたいにはしゃぎあいながら。 　ふと君の方を見ると、流花はナイフを手に握っていた。 　状況を確認すると、警察に追い詰められていた。 　警察が僕らの方に近づいてくる。そんな中、君は警察に向かって言った。 「なに？　今更何しようって言うの？　今まで何にもしてこなかったくせに！」 　警察は君の言ったことに気にもせず、僕らに近づいてくる。 「来るな！」 　君が僕を人質にして、叫んだ。 　警察は一瞬立ち止まったが、その後もジリジリと近づいてくる。 　そんな中、君は耳元で囁いた。 「君がいたからここまでこれた。楽しく逃げれた。 　だからもういいよ、もういいよ。死ぬのは私一人で。あんただけは生きて。生きて、生きて、そして死ね」 　それを言い終えると同時に、突然君は僕を突き飛ばした。 　そして君は、首を切った。 　まるで何かの映画のワンシーンみたいだ。 　気づけば僕は警察に捕まっていた。 　少し日が経つと、僕は出れた。 　けれど、学校に行っても君はどこにもいなくて、君だけがどこにもいなかった。 　そして時は過ぎていった。ただ暑い暑い日が過ぎていった。 　家族もクラスの奴らもいるのに、何故か君だけはどこにもいない。 　君と逃げたあの夏の日を思い出す。僕は今も今でも歌ってる。 　君をずっと探しているんだ。君に言いたいことがあるんだ。 　君の笑顔が、君の無邪気さが、頭の中を飽和している。 　誰も何も悪くないよ。 　君は何も悪くはないから。 「もういいよ、投げ出してしまおう」 　そう言って欲しかったんだろう？　なあ？