公開中
〖正転の問〗
語り手:柳田善
年末年始、福袋、大晦日セール…。
経営的には嬉しいものの、怯えが強く明日が怖い。
何を言っても日々は過ぎるから、覚悟を決めて今日も環状線を巡る。
●柳田善
26歳、男性。ほとんど職場にいる。
基本的に近接戦を好むが、一応、銃器を扱った遠距離戦もできる。
空知ほどは鍛えていないので肩の反動がすごく、あまり扱わないのがネック。
---
陳列した棚の中に本来なら洗剤と書かれた品々が置かれているはずの棚には、ぐちゃぐちゃと固形と液状の混じったような気色の悪いものが多数並べられ、辺りには異臭が立ち込めている。
その奇妙な物体を手に持ったスコップでどかしながら、一護が口を開いた。
「…何なんですかね、これ」
それに隣で松林に頬をつねられつつある空知が応える。
「…さぁ…もんじゃ焼き?」
「こんな色の悪いもんじゃ焼き、食べたくないんですけど?!」
「奇遇だね、僕も食べたくない」
空知がそう付け加えた瞬間、手に持っていたスコップの一部が溶け、異臭が更に強くなる。
その匂いが強烈だったのか、松林が鼻を抑えて棚の通路の先を指指した。
「ドきつい香水みたいな匂い……奥もなんか変ですよ、あそこって文房具エリアですよね?」
指指した先の文房具の棚には並べられた鉛筆が全てに消しゴムに置き換わり、非常に奇妙な光景だった。
空知が異臭に耐えきれなくなり、咳き込んだと同時に棚の奥からひょっこりと蘭世が顔を出した。
---
『やっぱり、気色悪い掛け軸のままか?』
片手で持った携帯に通じる耳に上原の声が響いた。
廊下に飾られた掛け軸にはミミズが走ったような文字で『従業員は奴隷です』と描かれている。
元は、達筆で『お客様は神様です』と描かれていたものだった。
柳田がその掛け軸に触れながら上原へ応答した。
「そうですね…カメラ通りです。ということは、消費者ですかね?」
『ああ、あの…体育の学生みたいな格好したやつか』
「ええ…調べとか、つきました?」
『一応。|阿想《あそう》|千恵《ちえ》、男性だな…能力はちょっと分からない。君、いけるだろ?』
「真正面からぶつかってデータを取れと?」
『やるだけやってみるべきだ』
「それで僕が死んだら、どうします?」
『お前はそう簡単に死ぬやつじゃない』
「貴重な褒め言葉ですね」
『…俺は確かに……まぁ、横暴なこともあるが…別に_』
上原の言葉が続く中、何かが落ちるような音が廊下に響いた。
「すみません、ちょっと切りますね」
携帯から騒ぐような音がするが、電子音に遮られ何も聞こえなくなった。
廊下に古くながらのゲーム機が落ち、その物の近くに一人の男性がこちらを睨んでいた。
「……すみません、現在は立て込んでおりまして…」
柳田が相手を見ずに口を開き、その数秒後に相手の姿を目視した。
毛量が多く、右に分かれ気味の白い短髪に紫の垂れ寄りの瞳と眼鏡と黒のハイネックの上に上下ともに白いジャージを着込んだ上、フードのついたピステを更に着てスニーカーを履き、両手の黒い手袋が目立つ見覚えのない男性で、綿のようにも見える手袋を外している状態だった。
「…うげ……」
カメラで見た覚えがあるかつ、先程まで話していた男性だった。
黙ったまま互いに立ち尽くす姿を見ながら、腰に下げた銃器及びコルト M1911A1ガバメント、すなわちハンドガンのグリップを利き手で握り、片方で包むように握り込んだ。
そのままトリガーを引いて、弾が乾いた発砲音と共に空薬莢が空を舞った。
肩に強い反動を感じながら打った先、千恵を見やると打ったはずの箇所に花弁が舞っている。
それでいて、床のゲーム機の横にはオリーブの花束が落ちている。
柳田が奇妙な光景に思わず目を見張ったと瞬間、千恵がゆっくりとこちらへ近づいてちょうど手が伸ばされた瞬間にグリップで跳ね除けた。
その瞬間にもやはり、手に触れた銃器がオリーブの花束に代わり、奇妙な恐怖が込み上げてくる。
全身に鳥肌が立つような恐怖感が覆うと同時に触れられては不味いのではないかと危惧が異様に冴えた柳田の頭の中で渦巻いていた。
---
「…蘭世さん、それ…多分、爆発させたら崩れると思います…」
段ボールの山に札を貼ろうとする蘭世の隣で一護が崩壊を危惧して、説得をしていた。
遠くの方で「段ボール山が崩壊したら、良いネタになると思いませんか?!」と迷言を吐いた松林を必至に止める空知が見えているが、それを止める気はないようだった。
「木っ端微塵にしてしまえば、危険性はないのでは?」
「無理だと…思います……」
蘭世が少し考え込んだ間、一護の携帯から着信音が鳴り響いた。
着信からは柳田の声が響いているが、どこか焦りの感じられる声だった。
『一護君?!もしもし?!』
「もしもし、橘です。どうしたんですか?」
『今、何か物が大量にある部屋にいる?!』
「一応、倉庫に…」
『じゃあ、そこにいて!後はちょっと指示するから!』
一護が「了解です」と返事をする前に通信が一方的に切られ、電子音が耳に残った。
---
勢いよく扉が開かれ、段ボールの山々に柳田が飛び込んだ。
彼を追っていた千恵がその数秒後に出現し、触れられた段ボールが小型テレビや本、人参などと様々なものに変わっていく。
そうやって掻き分けるように進む視界の中で何かが何回か動く気配がした。
物が何か別のものに変わる度に、どこかで爆発するような音や発砲音が鳴った。
その目に見えない外れが千恵の精神をゆっくりと削っていった。
いつ、自分がそうなるか分からない恐怖がそこにはあった。
ふと、まだ変わっていない段ボールに触れた瞬間、奇妙な御札が貼られていることに気づいた瞬間、その段ボールが木っ端微塵になり、更に連鎖するように周りの段ボールが風船が破裂するように爆発していった。
更に立て続けに発砲音、及び銃声が激しくなり、どこか激しい戦争の中にいるような感覚に千恵は陥った。
恐怖に支配されていく内に全身から汗が吹き出るような感覚で疲れ果てた瞳が、いやに真っ直ぐで綺麗な赤い瞳を見つけた。
その瞳から繋がれているような腕がデザートイーグル、及び銃器の50口径の銃口から弾がこちらへ迫ってくるのを見た。
動いていた手は、もう動かなかった。
---
「……これ、多分人には効かなかったんじゃないですか?」
倒れている阿想千恵を見下ろしながら、周りに散らばった段ボールや様々な物を囲まれた形で松林が口を開いた。
それに一護が答えるように首を縦に振った。
隣で柳田が「そうかも…」と少し反省するように言った後、言葉を続けた。
「阿想千恵…能力は|反転《はんてん》…まぁ、ちょっと不思議だね」
奥で蘭世が空知に教わりながら空薬莢や段ボールの片付けをしているのを見て、一護が「掃除、しますか」と提案する。
首を縦に振った松林と柳田の内、松林が呟いた。
「…この夜勤、いつ帰れるかな…」
施設の外の空は雲が晴れて、白さが見え、太陽が顔を出し始めていた。
夜明けにはもう少しの辛抱だった。