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傘の下、五センチの境界線 〜ポニーテールと、雨の日の嘘〜
ビニール傘を叩く雨音が、やけにうるさく耳に障る。
放課後の校門。
傘を忘れて立ち往生していた私に、「……ほら、入れよ」とぶっきらぼうに傘を差し出したのは、クラスメイトの蒼空だった。
「あ、ありがとう……」
「別に。同じ方向なんだから、効率いいだろ」
そう言って前を向く蒼空の肩が、私のすぐ隣にある。
歩くたびに、制服の袖がかすかに触れ合う。
普通なら心臓が跳ねてしまいそうなこの至近距離。
でも、今の私の胸を占めているのは、甘い期待ではなく、ひりつくような痛みだった。
――こんなに近くにいるのに、心はなぜか遠い……。
この微妙な距離感…苦手…
ふと、昼休みの光景がフラッシュバックする。
廊下で楽しげに笑い合っていた、蒼空と香緒里先輩。
ポニーテールを揺らして歩く先輩は、誰もが振り返るほど明るくて、綺麗だ。
内気で、いつも一歩引いてしまう私とは、正反対の太陽みたいな人。
「……ねえ、蒼空」
「あ?」
「香緒里先輩、今日もポニーテール似合ってたね」
自分でも驚くほど、可愛くない声が出た。
蒼空は一瞬、傘を持つ手に力を込めた。
前を見据えたまま、低い声で答える。
「……まあ、あいつは何でも似合うんじゃねーの。明るいし」
その言葉が、追い打ちをかけるように胸に刺さる。
やっぱり、そうなのかな。
蒼空くんみたいなぶっきらぼうな人には、あんな風に笑いかけてくれる人がお似合いなんだ。
「……お前、さっきから何。機嫌悪いのか?」
少し苛立ったような蒼空の声に、心臓が痛い。
私はうつむいたまま、自分の肩が雨に濡れるのも構わず、彼から数センチだけ体を離した。
激しくなる雨音が、二人の間の沈黙をいっそう重く塗りつぶしていく。
「……もういいよ。蒼空くん、先輩のこと好きなんでしょ」
思わず溢れた震える声に、隣を歩く足音がぴたりと止まった。
雨のカーテンに閉じ込められた狭い傘の中で、彼が私をまっすぐに見つめ返す。
「はあ?……お前、バカ?何でそうなるんだよ…」
蒼空は顔を真っ赤にしながら、苛立ったように前髪をかき上げた。
「香緒里先輩には、お前が欲しがってた限定のキーホルダー、どこで売ってるか聞いてただけだっつの。……あいつ、情報通だから」
「え……?」
「……お前の誕生日に渡そうと思ってたのに。……台無しだろ、自分からバラさせやがって」
彼はバツが悪そうに視線を逸らすと、雨に濡れ始めていた私の肩を抱き寄せるようにして、グイッと傘を引き寄せた。
「ほら、離れんな。……俺が好きなのは、お前なんだよ」
「……え、あ……」
頭が真っ白になって、雨音さえ聞こえなくなった。
私の肩を引き寄せる蒼空の体温が、制服越しに熱いほど伝わってくる。
彼は顔を真っ赤にしたまま、「……行くぞ」と短く言って、またぎこちなく歩き出した。
相合い傘の下、さっきまでの「遠い距離」が嘘みたいに、二人の肩がぴったりと密着している。
水たまりを避けるたび、指先が触れ合う。
その熱に背中を押されるようにして、私は彼のシャツの袖をぎゅっと握りしめた。
「……私も。……私も、蒼空くんのこと、ずっと好きだったよ」
雨の音に紛れるくらいの、小さな、小さな独り言。
でも、隣を歩く彼の耳には届いたみたいで。
蒼空はさらに顔を赤くして、傘を私の方へ深く傾けながら、「知ってるよ、バカ」と、愛おしそうに呟いた。
雨上がりの空が、雲の隙間からほんの少しだけ顔を覗かせていた。
――END――
華恋_karen