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大切な出会い
「がっははは! 相変わらず手厳しいなぁ、レイは」
「あなたが戦場から出てくるなんて珍しいですね、グノン」
グノンと呼ばれた男は、何が面白いのかまた笑った。
「がはは! 食料の補給に来た!」
「そうですか。では、一ヶ月分の報酬も忘れずお受け取りくださいね。|傭兵組合《ウチ》は金庫ではないので」
なんと、この男、一ヶ月も報酬を受け取っていなかったらしい。
「おう! そうさせてもらうぜ。ちょうど金が足らんかったんだ」
「では、お引き取りください」
「じゃあな、レイ。……おん? そっちの兄ちゃんは?」
そのまま去っていくかに思われたグノンだったが、去り際にモルズが目に留まり、声を掛けた。
――厄介なやつに目を付けられた。
こういう手合いに絡まれたら、引き剥がすのは大変だ。自分がどれだけ距離を置きたくても、ほとんどの場合相手はそれを考慮してくれない。
「新規の方ですよ。では」
レイはモルズの腕を引き、勢いのままこの場から立ち去ろうとした。が、モルズを「新規」だと紹介したのがまずかった。
会話の取っ掛かりを得たグノンがモルズに話し掛ける。
「ほー! ということはクライシスに来たばかりか? 俺が案内してやろ――」
「結構です。私が案内しますから」
レイはグノンの言葉に被せるように言い、今度こそこの場から立ち去った。
◆
「ありがとな」
「いえ、礼には及びません」
モルズは、じゃあな、と言って立ち去ろうとする。その背中をレイが呼び止めた。
「良ければ、クライシスを案内しますよ」
「良いのか?」
モルズは、レイがあの状況を切り抜けるために言った方便だと思っていた。
「はい。一度言ったことですし。……それに、またあの男に出くわしたら色々問い詰められて面倒でしょう?」
後半部分は声を潜めて言った。
「そうだな」
「案内」の名目で連れ出され、出身やここに来た目的、戦闘スタイルについて根掘り葉掘り聞かれるに違いない。それに加え、なぜ嘘をついたのか聞かれるのも想像に難くなかった。
「なので、案内しますよ。さて、まずはここから!」
レイは辺りを手で示した。鍛冶場や武器屋が多く、武器を新調する傭兵で賑わっている。
「ここは鍛冶場が多い区域です。戦いに行くのにも近いので、新しい武器の試し切りにも行きやすいですよ」
レイは表通りの店をいくつか案内した。
「このお店はシンプルで質の良い武器を多く扱っています。珍しい武器でなければ、ここで買うのがオススメです」
モルズは店頭に並ぶいくつかの剣を見た。試し切りをすることはできなかったが、持ってみた限り使いやすそうな剣だった。癖がない。
「この鍛冶場は、お客さんは少ないですが鍛冶師の腕は確かです」
レイが最後に案内した店は、裏路地に入って少し歩いた場所にあった。
表通りに人が集中しているのか、裏路地には人がいなかった。モルズの目に見える範囲では、誰も。
「なんじゃ、レイ! 店に入った瞬間失礼な!」
奥から野太い声が響く。至極当然の抗議だった。
「スミスさん、ごめんなさい!」
レイは声を張り上げた。
「おう! 分かったなら良し!」
このやり取りだけで、レイとスミスがかなり親しいことが分かる。
「この人は?」
「スミスさんです。ここの店主で、腕の良い鍛冶師です」
そんな会話をしている内に、店の奥からスミスが出てきた。
「久しぶりやのう! どったんじゃレイ、恋人でも連れてきたか!」
強烈な爆弾を添えて。
「うぇ!? いや、そんなわけありません! 第一、私と彼は出会ったばかりです!」
狼狽するレイ。
スミスはそんなレイの様子を見て勢いづく。その表情にからかうような色が混ざった。
「ほーん、怪しいの……まあ、儂はどちらでもええんじゃが。それで、レイ、ここに来た目的は何や?」
からかうようなその態度に反して、スミスはあっさり引き下がった。
「別に、特に目的はありませんよ。ただ、モルズさんに……そこの彼に、この街の案内をしているだけです」
「ほー、てことは新入りか。よろしくの、坊主」
「よろしく、スミス。あと、俺は坊主なんて年じゃないんだが」
モルズのささやかな抗議。
「ほっほっほ! よろしくな」
モルズの発言の後半部分を華麗にスルーし、スミスは話を締める。
「ほんじゃまたの!」
何やらやらなければならないことがあるらしく、鍛冶場に戻っていった。
「……嵐のような人だった」
モルズがしみじみと言った。静けさを噛み締めている。
「はい。本当に。いつも大変ですよ」
レイが静かに言った。先ほどまで賑やかな人物に振り回されていたせいか、全てのものが大人しく見える。
「そのわりには楽しそうだったが」
スミスと話している間、レイは今までモルズに見せていたものと違う一面を覗かせていた。
出会って一日足らずの相手だから、知っていることより知らないことの方が多い。けれど、そんなモルズにも、レイは活き活きとしているように見えた。
「……」
「……」
お互い無言の時間が続く。レイはどう答えようか迷っているのだろうか。黙り込んでしまったレイに、モルズはどんな言葉を掛ければ良いか分からない。
「……行きますか」
◆
レイが次に案内したのは、飲食店が多く立ち並ぶ区域だった。
「表のお店は大体安めの値段設定がしてあります」
そのためだろう、夕飯時が近づいていることもあり、どの店も多くの客で賑わっていた。
「携帯食料はこのお店がオススメです」
そう言ってレイが案内したのは、出入り口が大きく取られた店だった。
携帯食料。食料の補給。嫌な予感がモルズの脳裏をよぎる。
「よう! レイ……とモルズ、だったか?」
店から出てきたグノンが、モルズたちに向かって片手を挙げた。その手には大きな袋が提げられており、どれだけの買い物をしたのかうかがわせる。
見つかった。
「さっきぶりですね、グノン」
レイはそっけなく返し、早くグノンとの会話を終わらせようと試みる。
「案内の途中か? 本当は俺も同行したいところだが、あいにくこんな荷物だとな!」
グノンはモルズたちに同行したがったが、手荷物を理由に辞退した。
「そうですか。それでは」
レイはグノンの脇を通り過ぎて店内に入ろうとする。グノンとすれ違った。
モルズもレイに着いていく。グノンと長時間顔を合わせるのはしんどそうだった。携帯食料を買っておきたかったのもある。
「お! 携帯食料を買うのか? どれ、俺がオススメのやつでも――」
「はぁ……好きにしてください」
レイは諦めたようにため息をついた。もう勝手にしろ、といった響きだった。
店に入るモルズとグノンを無言で見送る。モルズは視線でレイに助けを求めたが、レイはそれを無視した。
「安くてちゃんと栄養が摂れるものはあるか?」
人にものを教えてもらうのだ。相応の態度というものがある。嫌々教えてもらうよりかは、自分の要望を伝え、知りたいことを教えてもらう方がよほど良い。
そう自分を慰め、思考を前向きな方向に切り替える。
「む! そうだな、それでいてまともに食えるものと言えばこれだ」
「分かった。これにする。ありがとう」
グノンはある携帯食料を指差した。簡素な包みだ。
モルズはそれを手に取り、会計に進む。取り敢えず、明日の分だけ。明日試しに食べてみて、継続購入するか決める。
「あいよ。銀貨一枚だ」
銀貨一枚を店主に手渡し、携帯食料を懐に収める。
「ありがとよ!」
店主のお決まりのセリフを背中に浴びながら、モルズは店を後にした。
◆
「終わりましたか?」
「ああ」
グノンは再度入店したらまた気になったものがあったらしく、買い物を続けている。
既にかなりの量を買い込んでいるはずだ。一日三食全てを携帯食料で済ませるつもりなのか。
「では、行きましょう」
グノンが出てくる前に、と続きそうな言い方。
ちょうど夕食の時間だ。辺りは仕事を終えた傭兵でごった返している。
打ち上げでもするのか、やたら楽しそうな集団とすれ違った。
人にもみくちゃにされながら、モルズとレイはこの区域の外を目指した。ここに人が集まっているのだから、他の場所はむしろいつもより人が少ないはず。
「ぷはぁ!」
人混みから抜け出し、レイが息を吐き出す。人の熱気で息が詰まりそうだった。
「……ここ」
日中、レイに案内してもらった傭兵組合だ。騎士団と共用しているという。
「そうです、ここはちょうどクライシスの中心。その分人の行き来は多いですが、今は……」
人混みという言葉からかけ離れた状態。
日が傾き始め、多くの人は夕食か帰宅を選んでいる。そのため、外を出歩く人は少ない。
しゃがみ込んで床材の観察をすることもできそうだった。
「もう夜ですね」
「そうだな。……あ」
ここで、モルズは重大なことに気がついた。
「宿、取ってない」
「わわ!? そうですね、急いで取りましょう、お手伝いします!」
この時間となれば、大抵の人は宿泊の手続きを済ませているはず。完全に出遅れる形となったモルズでは、今から泊まれる宿を探すのは大変だ。
「いや、大丈夫だ」
大変だとはいえ、ここまでレイを連れ回すのは気が引けた。
モルズもこれまで色々な街で宿を取ってきた身、宿の取り方ぐらいは心得ている。
が、そもそも空いていないとなれば話は別。
行く先々の宿は既に満員となっていた。
空き部屋がないかと受付の人に聞けば、返ってくるのは「満室」の一言だけ。外に「満室」の札を下げているところまであった。
「いっそ徹夜するか?」
泊まれるところがないのなら、その選択はアリだ。体の疲れは明日に残るだろうが、泊まれるところがないのだから仕方ない。
モルズが徹夜する決心を固めかけた、その時。
目の前の宿から店員が出てくる。その宿は「満室」の札がかかっていたが故に素通りした宿だった。
店員が札を裏返し「空室あり」にする。その様子を見て、モルズは店員に声を掛けた。
「空いてるか?」
「はい! 宿泊をご希望のお客様ですか?」
店員は突然声を掛けてきたモルズに面食らった様子だったが、すぐにモルズに対応した。さすがプロといったところだろう。
「ああ」
「今空いている部屋ですと、素泊まりで銀貨十枚、朝食付きで銀貨十五枚、三食付で金貨一枚となります。宿泊のお手続きは受付でお願いいたします」
「分かった。ありがとう」
店員に軽く礼を言い、モルズは宿屋の中に入る。
新しく宿泊の手続きをする人がいないせいか、受付にモルズ以外の客の姿は見られなかった。
「宿泊を希望する」
受付で端的に用件を告げる。
「あいよ。素泊まりは銀貨十枚、朝食付きで銀貨十ご――」
先ほども聞いた説明。
銀貨十枚をごとりとカウンターに置き、
「素泊まりだ」
あらかじめ決めておいた答えを言った。
モルズの場合、食事は三食全て外食か携帯食料で済ませる。宿に食事が付いてくるメリットは薄い。有料のサービスならば、選択しないのは当然のことだった。
「あいよ。鍵」
受付は手元の書類に必要事項をさらさらと記入した後、鍵を手渡す。
「ありがとう」
モルズは鍵に書かれた番号と立ち並ぶ扉の番号を照らし合わせ、目的の部屋に向かう。
どの部屋にも明かりがついており、誰かが中にいることを感じさせた。
「ここか」
明かりのついていない部屋を見つけ、そこの部屋番号と鍵の番号を確認する――同じだ。
手元で|弄《もてあそ》んでいた鍵を使い、扉を解錠する。
部屋に入った途端に睡魔が襲ってきた。今日一日の疲れ、それ以前に取り切れていなかった疲れ、色々な疲れが溜まっている。
荷物を置くのも、明かりをつけるのも億劫だ。が、このままベッドに倒れ込むわけにはいかない。
僅かに残った活力をかき集め、腰にぶら下げた革袋、短剣などを外し、枕元に置く。靴を脱いでベッドに寝転がった。
「……」
部屋が真っ暗なことも関係しているのか、眠気が一気に押し寄せてきた。
やり残したことはない。眠気に抗うのをやめ、モルズは眠りに落ちた。