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2話
レンに連れられて校舎の中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
廊下を、数十人の生徒たちが歩いている。 けれど、そこには喧騒なんてひとかけらもなかった。話し声も、笑い声も、上履きが床をこする音さえもしない。 彼らはみんな、一様にうつむき、吸い込まれるように教室へと入っていく。その顔には、目も鼻も口も、ぼんやりと霧がかかったように曖昧だった。
「ねえ、あの子たちは……?」 「あれは、ただの『記録』だよ」
レンが、すれ違う生徒の肩に手を伸ばした。けれど、彼の指は抵抗もなく、その生徒の体を通り抜けた。
「彼らは、自分が死んだことも、生きていた時の名前も忘れちゃったんだ。ただ、生きていた時の習慣だけをなぞってる。色もなければ、意志もない。この灰色の世界に溶けちゃったんだよ」
私は、通り過ぎていく「影」の一人を見つめた。 もしレンが声をかけてくれなかったら、私も今頃、あの中の一人として、感情のない行進に加わっていたのかもしれない。そう思うと、背筋に冷たいものが走る。
「でも、俺たちは違う」
レンが、繋いだ手にぐっと力を込めた。 彼の熱が伝わった場所から、また小さな火花のような色が散る。
「俺たちはまだ、何かを願ってる。やり残したことがある。だからこうして、お互いの形が見えるし、話もできるんだ。……まあ、それが幸せなことなのかどうかは、分かんないけどね」
レンの横顔に、一瞬だけ寂しそうな色が混じった。 彼は私を振り返り、わざとらしく明るい声で言った。
「ほら、あいつらの教室、ちょっと覗いてみようぜ。二人で真っ赤な落書きでもしてやれば、一人くらい驚いて顔を上げるかもしれないし!」