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第十一話「岩戸前問答」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
記憶を戻してもらうため、フーゾのもとへ行こうとするシイ。解体屋のケレファの案内もあってか、無事記憶の岩戸へとたどり着くことができた。
しかし、岩戸が開かれる様子はなさそうで…
「もしも~し?いますか~?!」
「…」
「いるよな~?!気配するかんな!」
「…」
「いるなら返事しろ~!!」
「…」
ひとまず岩戸を自力で開けることは無理だと断念したオレは、現在岩戸の奥にいるであろうフーゾに語りかけていた。多分5分くらいずっとこのままだろう、いい加減拳とかがいたい。
と、いつの間にか拳から血が出ていた。そんなに強く叩いた記憶はないが…いつの間にか強くなってたのかもしれない。
「…一旦休憩するか。手ェ痛いし…」
「…!」
小さく溢すと、岩戸の奥からわずかな息づかいが聞こえた。オレが手を痛めたという事実に、フーゾが動揺したのだろうか。
(心配ついでに開けてくれたりしねぇかな)
そう思いながら岩戸に背を預けると、岩戸がかすかに動いた気がした。突然の進展に心が跳ねる心地はするが、あえて気づかないフリをする。すると、少しずつ、本当に少しずつだが岩戸が開いていく。
(…ホントにオレのこと好きなんだな)
そうして少し経ったあと、ちらと横を見やると、紫の瞳と視線がかち合った。吸い込まれるほどに美しい、空のような目。相手が驚いているからか、その色は揺れていた。
すぐに岩戸に手を掛ける。相手も意図に気がついたのか岩戸を閉めようとするが、オレの足を挟んで閉められないようにした。
「よぉ~し顔見せたな、やっぱいるんじゃねぇかよ。無視すんなや!」
「ちょっと足、足退けろって、挟むぞ?!」
相手も必死に抵抗しているのだろうが、力の差かじりじりと岩戸は開かれていく。フーゾとやらの素顔は完全に日の本に晒されていて、それはそれは綺麗な顔だった。だが、その顔も今は力比べで歪んでいる。それでも綺麗なんだから大したもんだ。
「開けてくれれば良いだろ!ホラ!」
「…んも~、しょうがないなぁ~…!!」
数分間の問答ののち、ふっと、相手の力が抜けたのが分かる。そのまま勢い良く…とは行かないが、ゆっくりゆっくりと岩戸を開けていった。もしかしたら、先程まで岩戸が開かなかったのは内側でなんかされてたからかもしれない。
岩戸の奥には、呆れたような、でもどこか寂しそうな顔の男がいる。見覚えはないが、だいぶ好感の持てる容姿をしていた。
「アンタがフーゾ…だよな?記憶ないから分かんないんだけどさ」
「…そうだよ、俺がフーゾ・ギディオン」
不満げな顔から、ため息が漏れる。その名前にどこか懐かしさを覚えたのは、きっと気のせいではないだろう。
ふと、本来の目的を思い出す。顔が好みすぎて忘れてたが、オレはコイツに記憶を戻してもらいに来たのだ。
「んじゃ、オレの記憶戻してもらおーか!」
「分かったって…ったく、後悔するなよ」
そう言うや否や、フーゾはオレの方に手を伸ばして魔法を発動する。頭がぼんやりとしてきて、耳鳴りがひどくなっていった。
次第に立っていられなくなって、膝から崩れ落ちそうになると、フーゾがオレのことを支えてくれる。その顔に明確な懐かしさを感じたのを最後に、オレは意識を手放した。
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「…で?なんでオレの記憶を消しちゃったのかな~フーゾく~ん?」
「…いひゃぁい」
今俺は、明らか怒ってる顔のシイに顔をつねられている。心なしか、いつもよりこもっている力が強い。
シイが倒れたあと、俺はシイを支えながらもずっと記憶の復元を行っていた。数百年分の記憶を一気に戻すと、その分対象者の脳へのダメージも大きくなる。なので、ゆっくりと記憶を復元したあとに、念のため回復魔法もかけた。
数十分ほどかかったが、その甲斐あってか起き上がったシイが幼児退行することもなかったし、頭痛を訴えるようなことも無かった。
まぁ、シイに元気があるから今俺は頬をつねられているんだが…それもそうか、勝手に記憶消したしな…
記憶の神、一応知識として知っていたし、前任者については同じ神であるリー師匠から話しも聞いていた。でも、自分がその座につくだなんて、到底思っていなかったのだ。
戦時中、負傷しているらしい兵を手当てしようと近づいた俺は、そのまま撃たれて死んだらしい。何とも情けないというか、呆気ない最期だと自覚してはいる。
問題はそれから。死んですぐに、リー師匠が俺に持ちかけたのは「神格化」という儀式だった。どうやらそれは「ただのヒトが擬似的に神に成る」というものらしく、対象の生死は問わないようで。最初は断ったのだが、結局勢いに負けて承諾してしまったのだ。
そんなこんなで記憶の神になった俺が始めにやったことは「恋人の記憶を消す」ことだった。理由は単純、俺のせいで恋人に影が落ちることが嫌だったのだ。
そりゃあ寂しい気持ちはあったし、勝手に記憶を消すなんて許されることでもない。それでも、それでもシイには笑っていて欲しかったのだ。
「だから、シイがわざわざ直談判しにここに来るなんて思ってなかったんだよね」
「オレだって、まさか記憶消されるとか思わなかったわ!」
また頬をぐいーんと引っ張られた。一見すると怒っているように見えるが、橙赤色の目は潤み、怒りに歪んでいた眉毛は、次第に下がっていく。噛んだ唇から血が出ないかが心配だ。
「…フーゾ、ほんとに、もう帰れないの?」
「それは…」
「零くんも、きっと心配してるよ?ボスだって、最近大変そうだし、」
「…」
「…オレ、フーゾがいないと、生きてけない…また、フーゾの作った卵焼き食べたいし、まだ、やりたいこともあるのに…」
シイが、俺の肩に頭を押し付けてくる。体に回された腕が、強く強く締め付けて、少し痛いし、息も苦しい。
「オレ、大好きなひとが死んでいくのもうヤだよ…フーゾのこと、失いたくない…!!」
「…シイ」
きっと、シイはもう俺が帰ってこれないから、せめて長く一緒にいようと思っているのだろう。だからこそ、俺もシイに伝えないといけないことがあるのだ。
とんとんとシイの腕を触り、離すように促すと、こちらを伺がうような視線を向けたあとに、腕の力が緩む。その隙にシイと距離を取り、両肩を掴んだ。
シイの目には、涙が浮かんでいる。目元を優しく拭うと、その手に頬を寄せられた。潤んだ目で見られれば、俺もたまらない気持ちになり、思わず眉を潜める。
「…フーゾ?」
不安げな声のシイを宥めるために、添えた手で頬を撫でた。次第に、周りの音が聞こえなくなってくる。シイがゆっくりと目を閉じたので、俺もシイの方へと顔を寄せた。
「…シイ、俺さ」
「…ん」
「……戻れるんだよね、元の世界」
「…は?」
シイが勢い良く目を見開く。下がっていた眉毛はまた眉間にシワを寄せながらきっと上がり、唇はわなわなと震えていた。
「…ゴメン。なんかほら、そういう雰囲気だったから…あんま言わない方が良いかなって…」
「…__そ__」
「そ?」
「それを、早く、言えーっっ!!!!!」
軽快な音を鳴らしながら、頭を叩かれる。勢い良く立ち上がったシイの顔は俺を睨み付けているが、下がった耳の先は赤くなっていた。その赤みは、顔にもじわりじわりと広がっていく。
「…可愛いねぇ」
照れギレしているシイを見るのは久々だったからか、その顔をじっくりと見ていると、なに見てんだ、と爪先が膝に飛んできた。手加減を感じる威力ではあるが、い、痛い…
もう一度シイに謝って、俺も立ち上がる。どうやらシイはヘソを曲げてしまったようで、顔を合わせてはくれない。
だが、もう帰るぞ!とぶっきらぼうに差し出された手を握ると、ぎゅうと強く握り返される。手は恋人繋ぎの形をとっていた。かわいいやつめ。
そのままぐいぐいと手を引っ張られ、帰路につく。二人で手を繋いで帰るのが、何故だかとても、久しぶりに感じた。
「ねぇシイ、戻ったら零くんにも謝んないとだね」
「…あと、ボスとリンくんにもね」
「ね。…その時は、一緒にいてくれる?」
「…当たり前だろ。それ以外も、だかんな」
「だね」
◇To be continued…?