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第一話「18歳の魔法使い」
魔法使い。
それは架空の、想像上の存在だった。
しかし、数年前から一つの職業としてこの世界にある。
仕事内容は、主に異世界からやってきた生命体──魔物の討伐。
彼らはもちろん『魔法』を使って戦っていた。
魔法は空中に漂う謎の力で、魔法陣を描くと発動される。
謎の力──魔力は普通の人には視ることは出来ない。
どれだけ超人的な頭脳が、身体能力があったとしても魔法使いにはなれないのだ。
魔力を視認し、操る素質や才能を持つ人間はあまりいない。
ここ数年の間に27人しかおらず、現在活動可能な魔法使いは9人のみ。
活動不可能な理由は様々。
しかし、一番多いのはやはり魔物との戦闘で命を落としたから。
「コケーッ!」
話は少し変わり、東京上空。
高く大きな鳴き声が隣県にも響き渡った。
空を飛ぶ、巨大な鶏のような魔物。
その前に箒で飛んでいたのは、たった一人の魔法使い。
白を基調とした軍服のような形をしている仕事着にはマントがついており、裏側の色は得意な魔法を表す。
朱色の髪をもった彼女は、その綺麗な黄緑の瞳で標的をしっかりと捕らえていた。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
私の名前は|赤松紅葉《アカマツ クレハ》。
ごく普通の高校に通う18歳だ。
自分で言うのもおかしいけど容姿端麗で成績優秀、ついでにスポーツ万能とあらゆる面から見て完璧な人間だろう。
でも普通に虫は苦手、というか大嫌いだ。
滅べば良いと思っているけど、態系的には死なれたら困るものがいる。
なので心の底から思ってるわけじゃない。
と、脳内で話している独り言はここまでにしよう。
理由は流石に余裕がなくなってきたから。
私が何をしているか、簡潔に説明するのならば──。
「魔物と戦闘中です」
鼓膜が破れるのではないかと言うほどの鳴き声。
耳を塞いでいると目の前に魔物の手がありまして、箒をうまく操作することで避けられます。
でも、手を離しているので落ちそうになるんですよ。
どうやら静かになったようなので反撃を始めましょう。
「魔方陣展開」
スマホに映った魔方陣を手本に、実際に私が描く。
得意な系統じゃなくても使えるのは、やっぱり嬉しいな。
じゃないと、私の仕事はほぼなかったし。
いや、むしろ何もしないで給料が貰えた方が良かったかもしれない。
「炎魔法、発動」
魔物に設置した魔方陣から、真っ赤に燃え上がる炎が出てくる。
しかし、結局は模倣だから本家より威力は出ない。
だから注意を引き付けるか、ただ怒らせるだけの二択に絞られる。
「絶対後者だね」
魔物の頭にアレが見える気がする。
えっと、何て言うんだろう。
怒ってることが一目で分かるあのマーク。
青筋が浮かぶみたいなさ、赤いやつ。
「別に煽っているつもりはないんだけどな」
『いや、充分煽ってるよ?』
耳にあるイヤホンから声が聞こえてきた。
魔法使いにはそれぞれ一人のオペレーターがついており、通信相手こそ私の相棒。
彼女がいるお陰で、私はこうやって魔物と遊びながら被害を最小限に抑えられる。
『もうすぐ《《憤怒の魔法使い》》が到着するよ』
「……待って、何であの人なの」
「俺じゃ文句かい?」
私が飛行しているところよりも上空から、その声は聞こえた。
げ、と思わず声に出してしまった。
顔をあげるとそこには、一人の橙色の髪をした男が。
彼こそ『憤怒』という二つ名をもつ魔法使い──|柊木奏斗《ヒイラギ カナト》。
正直に言って、私はこの人のことが嫌いだ。
「状況は?」
「魔法撃ちまくってるけど怒らせただけ」
「うん、分かりやすい説明ありがとう」
それじゃあ後は先輩に任せたまえ、と箒の上に立った柊木さん。
スマホは一切見ずに魔方陣を描いていく。
そのスピードは私よりもずっと早くて、本家だからか威力も桁違い。
私も攻撃が出来たら。
何度思ったのか分からない願いを忘れようと頭を振る。
「炎魔法、発動」
魔物の真下に現れた魔方陣から、火柱が上がった。
いつも思うけど、どうして魔物はあれだけの高火力でも黒焦げになら無いんだろう。
柊木さんが手加減してるのかな。
それか、魔物自体に耐性があるとか。
私は戦場にいる人物だから、詳しいことは分からないけど。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
そんな音声が聞こえた私は、ハッとした。
気づけば本部のある研究所にいて、仕事着から元の私服へと戻っている。
「珍しく悩み事かい?」
「……別に、柊木さんには関係ないことです」
そう淡々と告げた私は待機場所へと向かう。
私たち魔法使いとオペレーターにはそれぞれ二人で一部屋ずつ用意されており、最低限の家具もある。
キッチンや冷蔵庫も、各部屋に置かれているが小さめ。
なので殆どの人が共同スペースで料理している。
共同スペースにはソファーや、お風呂に繋がる扉が。
お風呂は銭湯ぐらい広いのでゆっくり入れる。
本部で生活できるから家がない、という人は珍しくない。
待機場所で、私もある人物と一緒に暮らしている。
「ただいま……」
電気をつけながら靴を脱ぐ。
部屋の両端に置かれたベッドと棚など。
片方は色々と物が置かれている。
しかし、私の方は私物が全くと言って良いほどない。
学校関連と、最低限の衣服ぐらいだろうか。
机の上に置かれているノートパソコンの電源を入れ、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出す。
今回戦闘した鶏のような魔物について、報告書を書かなければいけない。
「……よし」
私が書ける部分、というか全部入力し終わった。
あとは赤松さんに確認とサインを貰うだけ。
面倒くさいから今回も担当オペレーターを通してやろう。
何がそんなに嫌なのか。
いつもヘラヘラしていて、人のことを一ミリも考えていないから。
さっさと終わらせるために、鍵とスマホだけ持って通信室へと向かうことにした。
途中、何人かすれ違った魔法使いやオペレーターの人たちはみんな安心したような顔をしている。
この仕事は、普通の人より命を落とす可能性がある。
魔物との戦闘はもちろん、魔法使いもオペレーターも休みが不定期。
疲れてしまい、自ら命を絶つ場合も少なくはない。
しかし、私はまだ学生ということであまり任務が回ってこない。
この国には魔法使いが多いということも、一つの理由だと思う。
「あら、赤松さんではありませんか」
「……望月さん」
他国へ応援に言っていた魔法使い──|望月風鈴《モチヅキ カリン》さん。
綺麗な紺色の髪を一本に結んでいる柊木さんと同期の女性。
「お疲れ様です。海外出張はどうでしたか?」
「特に問題はありませんでした。昨日まで南半球にいた影響なのか、こちらの季節が真逆で少し慣れませんけど」
元々、有名大学へ留学予定だったらしいけど辞退したらしい。
理由は魔法使いになる素質があったから。
今の私と同じ18歳──高校生の夏に魔法の才能が開花したそうで、日本に残ることはすぐに決めたと本人が言っていた。
しかし、結局は私たちの中で一番海外出張に行っている。
普通に外国語がペラペラで、コミュニケーションが取りやすいからという理由。
「前回会ったときより、少し大人っぽくなりましたか?」
「そう、なんですかね」
「多分あの馬鹿で苦労してるのでしょう。私も何度沈めてやろうかと」
ははっ、と笑う望月さんの目が笑っていない。
二人は同期である以前に幼馴染。
けど、あまり中が良いようには見えない。
本気で沈めようと、今でも思っているのだろう。
「それじゃあ、報告書を出さないとなのでこの辺で失礼します」
丁寧にお辞儀をしたのに対して、私は小さく礼をする。
通信室へと着くと、様々な音が飛び交っていた。
キーボードで文字を打ったり、魔法使いと連絡を取ったり。
大きなモニターには柊木さんが戦闘している様子が映し出されていた。
さっき帰ってきたばかりなのにもう次の仕事か。
ということは、担当オペレーターの人も忙しいのだろう。
櫻井さん辺りにでも渡して、少し準備をするかな。
次に駆り出される魔法使いは私だろうし。
「此方、魔法戦闘部です。魔物の出現ですか?」
なんかフラグ回収した気がするんだけど。
まぁ、いっか。
「紅葉!」
「すぐに向かうから、永瀬さんに渡しておいて」
「分かった」
駆け寄ってきた私担当のオペレーターに報告書を預ける。
永瀬さん、というのが柊木さんの担当オペレーター。
来た道を戻りながらカードを取り出す。
スマホの上でスライドさせると、白色の魔方陣が浮かび上がる。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
スマホから新しい魔方陣が浮かび上がり、足元へと設置される。
それを踏めば、仕事着に一瞬で着替えることが出来た。
白を基調とした軍服のような形をしたものに、裏地が翡翠色のマント。
地上へと繋がる穴へ辿り着いた私は、箒を一つ手に取る。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
スマホを左手首のケースにセットし、箒で飛ぶ。
真上を見ると、青い空が見えた。
『今、場所を送るね』
目の前に浮かび上がった地図で魔物の場所を確認する。
ここからだと意外に距離がありそうだな。
柊木さんぐらいの速度は出せないけど、少し頑張ってみるか。
「……獣型か」
犬、というよりは狼。
そこそこの大きさだけど、普段相手している魔物と比べると小さめだな。
これぐらいなら、私だけでいけるかもしれない。
スマホに映し出された魔方陣を実際に描く。
「魔方陣展開」
まずは公園とかに移動させて建物の被害を少なくする。
次に魔物に魔法を撃ちまくり、確実に倒す。
「ほら、こっちだよ」
『次の十字路を右に曲がったらずっと真っ直ぐ!』
オペレーターと協力し、最小限の被害で終わらせる。
出来ることなら、被害無し。
その為に誘導してみてるけど上手く行くかな。
「……?」
あと少し、というところで気がついた。
魔法で私に集中させてるけど、まるでダメージが入っていない。
正確に言うなら怪我をしておらず、血なんて一切流れない。
そして、始め見たときより大きくなっている気がする。
まさか攻撃されるほど巨大化、とか。
『紅葉、一旦魔法攻撃を止めて』
「……やっぱり吸収してる?」
公園についた私は箒で上手く魔物の攻撃を避けながら問い掛ける。
こういう変な魔物は、たまにやって来る。
攻撃を受けるほど強くなったり、特定の魔法が効かないなど。
『多分、一般的な魔法が効かないんだと思う。炎、水、風、土。紅葉が今まで試した全部の攻撃魔法を吸収してるね』
「じゃあ残りは補助魔法しかないじゃん」
なら、スマホを見る必要はない。
私は一度深呼吸をする。
補助魔法というのは、その名の通り支えたり助ける魔法のこと。
私が得意な魔法も、補助魔法に入る。
ダメージが入っていないのなら、使っても別に効果はない。
「……魔方陣展開」
公園全体を包み込む、翡翠色をした大きな魔方陣。
もちろん魔物は私の魔法の範囲内で、もう逃れることは出来ない。
私は『慈悲』の二つ名をもつ魔法使い。
そもそも慈悲とは、あわれみや情けのこと。
しかし、仏教では『苦しみを抜いて喜びを与えてやりたい』という心を表す。
「回復魔法、発動」
これが私の魔法。
戦闘向きではなく、前例のないこの力は世界各地で必要とされている。
しかし、この魔法は想像よりもずっと扱いが難しい。
他の魔法より何倍も集中力が必要で、魔方陣の形が複雑すぎる。
一番の難点は、自身に魔法を使うことが出来ないところ。
『魔物の死亡を確認……』
そんな声がイヤホンから聞こえてきた。
攻撃魔法ではなく、回復魔法でダメージを受ける魔物。
もしかしたら物理攻撃も効果があったかもしれないけど、もう確かめることは出来ない。
戦闘データは正直不十分だけど、まぁいいか。
《探知中=新タナ魔物ノ存在ヲ探知シマシタ》
《異世界ノ門ガ開クマデ=残リ10秒》
今まで、こんなアナウンスを聞いたことがない。
何が起こっているのか通信室に確認しようとしたけど、何故か繋がらない。
「一体何が起こって……!?」
そんな私の声を遮るよう、カウントダウンは始まる。
《残リ5秒……4……3……2……1……》
「此方No.27、赤松紅葉! 応答願います!」
《0》
ふと、視界が全体的に暗くなった。
顔を上げると、青空に大きな穴が開いていた。
そこから落ちてきたのは、巨大な蝶。
しかも、何故か全体が燃えていた。
とりあえず、下を向いて深呼吸をしよう。
そしてもう一度、ゆっくりと顔を上げることにした。
「──うん」
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。
虫は本当に苦手だって冒頭にちゃんと説明したよね、私。
待って、それがフラグだったのかもしれない。
私の魔法はさっきの魔物みたいに通用するはずがなく、他の魔法も威力が弱い。
つまり戦っても勝機はなく、他の魔法使いが来るまで耐えられる自信がない。
どちらにしろ、私はもうここで死ぬ運命なんだ。
あの蝶の炎で焼かれてしまうんだろう。
今すぐ逃げたら敵対されないかもしれない。
それでも私は──。
「戦わないわけには行かないんだよ……!」
この街は生まれ育った場所でも、何でもない。
けど誰かがここで生まれ育ち、また誰かはここで働いている。
そんな場所を守るために、私は魔法使いになった。
技術の進歩で私も戦えるようになったとき、本当に嬉しかったことを今でも鮮明に思い出せる。
「……あっついなぁ」
炎を纏っているからだろう。
羽根が動く度に熱風が街を駆け抜ける。
火は吸収される可能性が高い。
爆発は魔法を蝶に設置しないと周りに被害が出るので却下。
水は普通に考えて相性がいいはず。
氷は溶けるけど、多少は役立つかもしれない。
風は街へ被害が出るかも。
風化は私が使ってもあまり効果はない。
土は温度によっては燃えてしまい、溶けた場合はこれも街に被害が出る。
岩と金属系も同じかな。
雷は多分、近くの電柱に落ちて停電させてしまうのがオチ。
光はライト代わりにしかならないのでパス。
闇は視界を奪えるけど、近づかないと魔方陣を設置できないので却下。
呪いも同じく却下。
結界や障壁は自身を守るために上手く活用しよう。
回復は自分には使えないから全く意味がない。
今、パッと思い付いた魔法の相性を考えてみた。
一瞬だったけど、空中戦になるからといって街への被害を考えるとあまり多くの魔法は使えないことが分かった。
そもそも、自分の魔法以外はすぐに描けないから箒の操作が大切になってくる。
「……やるか」
もう考えている暇はないらしい。
蝶が舞い降りようとしているので簡単な魔法だけ撃って空中に留まらせる。
これで私に敵対したはず。
直視できないのが嫌なハンデだけど、死ぬまで頑張ってみるか。
「慈悲の魔法使い、作戦開始」
気持ちを切り替えるためにそう呟いた私は、すぐに次の魔法を準備し始めた。
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場所は変わり、魔法部隊本部の通信室。
紅葉の戦っている様子が大きなモニターに映しだされいた。
「異世界の門が開くのをアナウンスすることが初めて成功したのは良いけど、なんで紅葉ちゃんと連絡が取れなくなるのかな」
トントン、と机を指で叩きながら女性は呟く。
彼女は通信室の最高責任者にして、オペレーターたちをまとめる──|櫻井真冬《サクライ マフユ》。
紅葉が先程聞いたアナウンスは『ゲート予告』というもの。
研究を重ねられていた異世界について。
その中でも門が開くタイミングを予測し、魔物が現れる場所と時間を魔法使いやオペレーターに予告する。
密かに研究が重ねられていたため、まだ研究者たちと櫻井にしか共有されていなかった。
つまり、現場の人間には何一つ伝えられていない。
それが現場の混乱に繋がったことにも、櫻井はイラついていた。
「さ、櫻井さん。柊木さんが帰還しました」
「柊木くんが?」
振り返ると、報告通り柊木がそこに立っている。
作戦終了を選択しているのか、仕事着をもう着ていない。
任務が終わっている場合、普通なら出動中の魔法使いが現場に向かう。
休暇中の魔法使いが呼ばれるケースもあるが、柊木が箒を壊しまくっているのと魔法属性の相性があまり良くないせいで出動出来ない。
「|永瀬《相棒》から状況は聞いた。《《アイツ》》が帰ってきてんだろ」
すぐに誰を指しているか理解した櫻井は立ち上がる。
それと同時に、待機場所と通信室を繋ぐ扉が開かれた。
「Ms.Sakurai, Mr.Hiiragi, it's been a while. Need the power of my sidekick?」
綺麗な英語が通信室に響き渡る。
それは、その場にいた全員の視線を集めた。
金髪のツインテールと青い瞳が特徴的な少女と、紺色の髪の女性がそこにいた。
「改めて、久しぶりね。私の相棒の力が必要かしら?」
「ソフィアちゃん、それに風鈴ちゃんも……」
「帰国して早々現場に出ることになるとは思いませんでした。けど、出張先に比べたらなんてことないです」
望月と、彼女の担当オペレーター──ソフィアがそこに立っていた。
出張先は魔法使いが一人しかいない国で、他国と連携することで何とか魔物を倒せているところ。
休みなんてなく、殆ど現場に駆り出されていた。
「相変わらず敬語が似合わねぇな、風鈴」
「貴方は箒をまた壊したらしいですね。そろそろ学んだらいいのに、この馬鹿」
うるせ、と柊木は舌打ちをした。
それと同時にソフィアは永瀬の座っていた場所へと、少し楽しそうに歩いていく。
「Mr.永瀬、コードを繋いでもらえるかしら」
「わ、分かりました!」
出張の多い望月の担当オペレーターということで、ソフィアには通信室に自身のパソコンを置いていなかった。
その為、魔法部隊の用意した特殊なタブレットを代わりにしている。
コードを繋ぐように頼んだのは、情報の共有がタブレットではされないからだ。
普通のオペレーターが使うパソコンのように、他の魔法使いが担当している案件の情報もリアルタイムで更新されていかない。
そこは難点だが、先程も説明した通りソフィアの扱うタブレットは特殊だ。
インターネットではなく、タブレット内で魔力を通信用に変換したもので連絡を取り合う。
つまり災害時でも、辺境でも問題なく連絡が取れるのだ。
しかし、変換するために必要な『魔力回路』が量産できないため全体には行き渡っていない。
というよりは現在、作られた回路は箒など他のことへ優先に使われてしまう。
「カリン! 此方は準備OKよ!」
永瀬の席からソフィアは、手を上げて伝える。
それを見た望月はポケットから一枚のカードを取り出した。
「紅葉ちゃんのこと、よろしくな」
「……珍しく素直じゃない」
「分かるんだよ。俺じゃあの子を助けられない」
望月へと箒を向けた柊木は、いつも通り笑っていた。
しかし、その裏に隠れている|悔しさ《本心》が少しだけ見える。
それを見て、望月は表に出さなかったがとても驚いていた。
(《《あの日》》から本心を隠してヘラヘラしていた奏斗が、変わりつつある)
他の人には、いつもと変わらず映っているのだろう。
けれど、幼いときから知っているからこそ分かる些細な変化。
「頼んだぞ、風鈴」
「誰に言ってんの、奏斗」
箒を受け取った望月は入ってきた扉を抜け、駆け足で赤松の元へと向かっていった。
「……気を付けろよ」
その背中に投げ掛けた言葉が、届くことはない。
さーて、と柊木は振り返ってモニターを見た。
画面の先では、巨大な蝶と一人の少女が戦っている。
俺たちが魔法部隊に入った年齢と同じ、十八歳。
それよりずっと前の中学生から、この子はこの世界にいた。
普通の未成年より死が近くにあって、怖い思いも沢山してきただろう。
逃げ出すことも、回復魔法が必要なときまで現場に出ないことも出来たはず。
実際に二年前の夏まで、リーダーがそうするように命令したのもあって全く出動していない。
けれど、この子は強かった。
他の属性の魔法も使えると分かったときに、誰よりも嬉しそうだったことを覚えている。
自身の通う高校に現れたときなんて、誰も現場に向かえないと分かったら変身して戦った。
そして今も、諦めないで戦い続けている。
「……ホント、君は強すぎだよ」
魔法使いとして強いのは、俺や風鈴のような攻撃系魔法が得意な人かもしれない。
けど、紅葉ちゃんの持っているその『諦めない心』や『勇気』には誰も勝つことなんて出来ない。
「絶対に敵にまわしたくないタイプだ」
思わず、そう呟いてしまった。
距離的に風鈴が到着するまでもう暫く時間が掛かるだろう。
その数分を紅葉ちゃんは乗り越えられるだろうか。
俺は今回、ここから応援することしか出来ない。
頑張れ、慈悲の魔法使い。
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直視はもちろん、視界の端に映るだけでも気持ち悪くなってくる。
そのため反撃をすることが出来ず、防御に全振りするしかない状態をかれこれ数十分やっていた。
「……どうしたものかな」
異常なほどの熱と魔力の感じ方から、魔物の現在地はなんとなく割り出せる。
それにしても早く通信が回復しないかな。
オペレーターと連絡を取れた方がやっぱりやりやすい。
それに応援が来るまでの時間の目安すらわからない状態だと、心が折れそうになる。
焦りから魔法陣を描く集中力がどんどん落ちていく。
頭の回転が熱さでどんどん低下していく。
尋常じゃないほど流れ出る汗で滑ったのか、箒から落ちた。
「赤松さん!」
ピタッ、と腕を捕まれた私は落下が止まる。
ゆっくり顔を上げてみると、黒の仕事着に裏が青いマントが見えた。
「も、ちづきさ……」
「とりあえずそれに乗っていてください!」
足下に展開された魔方陣。
そこへ倒れ込んだ私を心配しながら、望月さんは魔物へと向かった。
幾つも同じ魔方陣が空中に現れ、魔物は混乱している。
私──望月風鈴は|柊木奏斗《あの馬鹿》みたいに強力な魔法で終わらせない。
彼の魔法は、特に緑の多い場所だと二次被害が酷い。
それに比べて私の魔法といえば、時間が掛かるけど確実に仕留める。
どちらがいいのかは、私には判断がつかない。
「魔方陣展開」
私が今まで設置していたものと、比べ物にならないほど大きな魔方陣。
そこから現れた《《水》》はまるで生きているように姿形を変える。
魔物を閉じ込めたことを確認した私は、今まで設置していた魔法をどんどん発動させていく。
どんどん水が魔方陣から溢れ、魔物を閉じ込める水牢へと溜まっていった。
「……オールクリア」
燃えていた羽が完全に消火されている。
スマホからは討伐完了のアナウンスが流れた。
魔法障壁の上で待機してもらっていた赤松さんに目立った傷はない。
あの魔物から放たれる熱の影響で気温が異常に高いから、それでやられているのだろう。
とりあえず草むらに落ちていた、赤松さんの使っていた箒を回収する。
熱と一切休みなしに使われていたことで、回路がダメになっている可能性が高い。
『カリン!』
「これから赤松さんを連れて帰るから、櫻井さんに現在出動中の魔法使いでまわすように伝えといて」
『OK,了解したわ。気を付けて帰ってきてね』
壊れているであろう箒は転移で先に送り、私は彼女を支えながら帰った。
《後悔ノ魔法使イ=作戦終了》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
私服に戻ったことを確認し、医務室へ連れていく。
軽い脱水症状らしく、とりあえず暫くはゆっくり休ませると魔法部隊専属の医者──|勝田美空《カツタ ミク》と言っていた。
30分以上もあの熱いところで休みなく戦っていたのに、それだけで済んだのは奇跡だと思う。
「紅葉!」
部屋の外がドタバタと騒がしいかと思えば、彼女が入ってきた。
赤松さんの担当オペレーターであり、同じ高校に通う友人──|朝日結衣《アサヒ ユイ》さん。
「良かった……私、紅葉が死んじゃうんじゃないかって……」
「……心配かけてごめんね」
幼馴染というのは、本来ならこうあるはずなのだろうか。
私と奏斗も昔はこうだったのに、いつから変わってしまったんだろう。
目が覚めると、見慣れない天井だった。
そういえば医務室で眠ったんだ。
「おや、お目覚めかい?」
カーテンが開く音と共に、そんな声が聞こえてくる。
美空さんに体調の変化はないか聞かれ、特に変なところはなかった。
「起きたばっかで悪いけど、櫻井がアンタと話したいって言ってたよ」
「……まだ帰ってないなら、今からでも大丈夫ですよ」
「お、そうかい? じゃあ呼んでくるね」
机の上のお茶は、好きなの飲んでいいから。
そう告げた美空さんは廊下に出たのか、扉の開閉音が聞こえた。
寝ていたベットの隣を見ると、幾つかペットボトルが並んでいる。
私は近くにあったジャスミン茶を手に取り、一口飲んでから櫻井さんを待つことにした。
それから、数分が経った。
「本当にごめんなさい」
深々と頭を下げられ、私は思わずオロオロとしてしまう。
今回のことは、誰のせいでもなかった。
異世界へのゲートが開くことによって空間が歪んだこと、また魔物から放たれた熱のせいで通信が上手く繋がらない。
本部から現場までの距離が長い。
不運が重なりすぎたのだ。
「謝らないでください。私も、あの街も被害がほとんど無かったんですから」
「それは、そうだけど……」
被害が出ていたら、魔法部隊は叩かれていただろう。
最悪の場合、訴えられていた可能性もある。
不幸中の幸いと考えた方が、気分が楽になる気がした。
櫻井さんも少しだけ表情が穏やかになったように思える。
「ただ、今後も同じようなことが起こるかもしれないから、対策は考えた方がいい。何か意見はある?」
私は頭を悩ませる。
熱の影響を受けない《《特殊な通信》》をどの魔法使いでも使えた方がいい気がした。
けど、魔力回路が不足している。
大体柊木さんのせいだけど、あの人が一番魔物の討伐数が多い。
というよりは、応援に行くことが多いのだ。
箒の扱いが一番上手くて、誰よりも速くで現場に向かう。
よく回路をダメにする以上の貢献を、柊木さんはしていた。
「オペレーターがいない場合の連絡方法、ですかね。それか状況に合わせた魔法使いのみでの対処の仕方を相談した方がいいかと」
「なるほど。次の定例会議で話し合えるように、スケジュールを調整しておくね」
「了解しました」
話が終わると、ある三人が部屋を訪れてきた。
一人は私の担当オペレーターである結衣。
あと二人は私と同じ魔法使いだ。
「赤松さんが起きたと聞いてお見舞いに来ました」
「もう体調は大丈夫そうだね」
望月さんは今回の報告書を書くだけではなく、最終確認を私がすれば提出までしてくれるらしい。
そしてもう一人の魔法使いは、柊木さんだった。
今回、この人のせいで死にかけたと言っても間違いではない。
でも望月さんへと箒を渡してくれたから、私はこうして助かった。
複雑な気持ちを抱いているけど、感謝しないかどうかは別の問題だろう。
私はお礼を伝えて、報告書に目を通し始めた。
「……櫻井さんから聞いていたんですけど、やっぱり不明なんですね」
ゲート予告。
それが、急に流れたアナウンスの正体。
今まで決して予測できなかった魔物の襲来を知ることが出来ると、被害が減る可能性がある。
有効な魔法属性なども分かれば、もっといい。
でも、急に成功した意味が分からなかった。
「とりあえず、もう少し研究を重ねて実用化を目指すらしいよ。さっき櫻井さんが教えてくれた」
ふわぁ、と欠伸をしながら柊木さんは言う。
そういえば今は何時なんだろうか。
時計を見てみると、夜中の11時を過ぎた頃だった。
望月さんから渡された報告書には、作戦終了時核は14時と書かれている。
10時間、とまではいかないけど少し眠りすぎた。
結衣と柊木さんは夜明け前から起きていることもあり、流石に眠いのだろう。
「確認しました。提出まで任せてしまい、すいません」
「気にしないでください。それじゃあ、私はこの辺で」
「俺も帰ろうかな。流石に仮眠とらないといざって時に動けないからね」
どうやら部屋に戻ってもいいらしく、私も待機室に向かうことにした。
柊木さんと望月さんはやっぱり仲が良くないのか、よく分からないけど言い争いしている。
「いいね、幼馴染って」
「……柊木さんみたいな人だと大変そうだけどね」
結衣と雑談しながら廊下を歩く。
正直、私には今も交流がある昔からの知り合いはいない。
連絡先も知らないし、別に自分から関わろうとは思わなかった。
特に中学の人たちとは会いたくない。
「……ッ」
脳裏をよぎる、あまり良いとは言えない思い出。
軽く握っていた拳の力が、だんだんと強くなっていくのが分かった。
この湧き上がる感情は──。
「紅葉ちゃん?」
「……どうしたんですか、柊木さん」
いつもより少し反応が遅れたのが、自分でも分かる。
咄嗟に作った表情は、絶対にうまく笑えていないだろう。
運がいいのか、悪いのか。
私の顔は、多分だけど柊木さんにしか見えていない。
望月さんと結衣は少し先を歩いて、二人で話している。
「無理はするなよ」
やっぱり、私はこの人のことが嫌いだ。
いつもヘラヘラしていて、人のことを一ミリも考えていない。
でも、たまに本心を見抜かれている感じがする。
柊木さんの言葉は、他の人に言われた時よりも胸が締め付けられる感覚があった。
理由は、全く分からない。
---
次回予告。
魔法部隊の本部に舞い込んできた新しい魔物の情報。
主人公である赤松紅葉はすぐさま変身を済ませて現場に急行した。
しかし、なんと魔物が現れた場所は自身の通っていた中高一貫校で──!?
思い出したくない中学の頃の記憶。
どうしても過去が絡みつき、仕事に支障が出てしまう。
異世界研究所魔法研究開発棟魔法戦闘部。
第二話「慈悲の心」
--- 続 ---
魔法部隊-通信
『魔法部隊-通信』
紅葉たち“魔法使い”や“魔法部隊”に関する情報をお届けする場。作者からの補足と捉えてもらって構わない。
『魔法』
ごく僅かな人間が使うことの出来る不思議な力。現在は魔物と戦うために必要不可欠であり、各国で日々研究がされている。
『魔法陣』
魔法を発動するために不可欠なもの。空中にある魔力を使って描くことができ、属性によって色が変わる。
『魔法使いの服』
仕事着や隊服とも呼ばれる魔法部隊の服は、得意な魔法によって色が分けられている。
黒_攻撃魔法/炎や水など、魔物への攻撃に使われる属性が多い
白_補助魔法/回復や障壁を始めとした、戦闘時の補助として使われる属性が多い
また、マントの裏地は得意とする魔法を表す色となっている。
翡翠_回復/慈悲の魔法使い
深紅_炎/憤怒の魔法使い
群青_水/後悔の魔法使い