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夢の中で
「あら、まだ起きてたの?」
「だって…眠れないんだもん!」
お母さんは優しく笑って、こう言った。
「じゃあ…お話をしたら、寝てくれるかしら?」
「うん!もちろん!」
「もう…分かったわ、何が良い?」
お母さんが近くに座る。少し体が暖かくなった気がして、嬉しかった。
「えっとね…わたし、あのお話がいい!」
「いいわよ…。『あるところに、星のように綺麗な髪を持つお姫様がいました。』」
頼んだのは、わたしが1番大好きなお話。星のお姫様のお話。
大好きな人のそばで、美しい星空とお姫様の姿を想像しながら過ごすのが格別だったのだ…。
「…そっか。この子にも家族がいたのか。」
当たり前のことだ。でも、私たちにはその当たり前のことがわからない。いや、理解しようとしない。なぜなら、この子と私は別の生き物だから。
目の前で幸せそうに眠り、少しずつ消えていく尻尾の生えた少女を見つめる。
私は、魔族対策本部で働いている。
近年、魔族の増加による人間の被害が相次いでいる。
人間は家を壊され、家族を失い、悲しみに包まれた。そして怒りを抱いた。
土地も多く失った。確か、すぐ南の国は国土の50%を奪われたんだっけ。それと同じくらい、国民も…。
だから、魔族対策本部が作られた。魔族から人間を守り、戦い、国土を取り返して復興させる。それが我々の役目。
もちろん、魔族を生かしておくとより被害が出るので、私たちは魔族を殺さなければならないのだ。
それもまた、我々の役目。
私が今いる部署は主に後者の仕事をしている。
先ほどもそうだ。どうやら獣人の群れを捕獲したようなので|後始末《・ ・ ・》をしてほしいとのことだった。
「…ごめんね」
先ほど外に出た時に買ってきた一輪の花を添えて、私は部屋を出る。
その花は、彼ら獣人の群れが見つかったところで多く咲いていたそうだ。
「おお、お疲れ様。仕事は終わったか?」
「はい、終わりました。」
はい、とコーヒーを差し出される。ありがたく缶を頂いて、開けた。
冷えた体にコーヒーが染み渡る。
「じゃあ一旦この書類をやってくれないか?…終わったばかりなのにごめんな。」
「いえ…魔族対策本部が人手不足なのは知っていますから。」
書類に目を通す。今回の群れ関係の始末書のようだ。
コーヒーをちまちまと飲みながらペンを走らせる。
はあ、今日も残業かもしれない。本当に、世の中の人々は「魔族を消し去れ!」とか言うくせに、魔族対策本部に入るのは嫌だとか話す。
我々が苦労して書類をこなし、後始末をしているというのに。
…ああ、こんな言い方はダメか。後始末、なんて。
魔族も生き物だ。そりゃあ痛みだってあるし、感情だってある。
だから、少しでも楽に生命を終わらせられるように、とある会社はある薬品を作り出した。
それが先ほど、獣人の少女に夢を見せた薬。あの薬には特別な効能がある。薬を服用した魔族にとっての幸せな幻覚を見せ、そのあとゆっくり衰弱させる薬。名前は「トゥー・ドリーム」という。
私たちはあの薬を使って、魔族を…。
…いけない。書類と関係ないことを考えてしまった。早く終わらせないと残業になる。
コーヒーを一口また飲んで、もう一度仕事を始めた。
「ふぅ…ギリギリ終わった。」
今日はさすがに残業を覚悟していたが、なんとかノルマは終わらせられた。疲れた。早く帰って寝たい。
ぼうっと歩いていると近くの湖までついた。
きらきらと夕陽を反射していてとても美しい。まるで現実じゃないみたいに…。
ぱしゃり。近くで水音がした。
ちらりと振り返る。私はひどく驚いた。
だって、そこに魔族がいたから。
小さな小さな女の子だ。綺麗な銀髪を水に濡らして、気持ちよさそうにしている。その体には確かに尻尾があった。
猫の獣人だ。
驚いてかばんを落としてしまう。物音で少女が気づいた。
「あっ…に、にんげん…!早く逃げないと…わっ!」
転んでしまったようだ。
「…ううっ」
怪我をしてしまったのかもしれない。
魔族だから。あの子を助けてはいけないと分かっているのに、体が動いてしまった。
「大丈夫!?」
駆け寄って応急処置をする。
「え…?お姉さん、にんげん…なのに?」
「今はいいの!…消毒しないと。」
きゅう。小さな音が聞こえた。
「…。」
どうやら、あの子はお腹も空いているようだった。
…ダメだ。あの子は魔族なんだ。私たちは別の生き物。絶対に助けるなんて…。
「…ご飯、食べる?」
しちゃいけない、のに!
「…うん」
私は、こっそり少女を抱きかかえると家に走った。家についてドアを閉め、鍵をかける。ようやく落ち着いていろいろなことをできる。
「…あなた、本当にご飯食べてるの?」
あまりにも体が軽くて、彼女に問いかけた。
「…あなたじゃなくて、カスミ。…最近は、お魚がとれなかったの!」
この子はカスミという名前なのか。
「可愛い名前」
「えっ!?あ、ありがとう…。お母さんがつけてくれたの!」
にっこりと、可愛らしい年相応の笑顔を見せてくれた。心が温まる。
「お母さんは?」
「…この前、にんげんに捕まって、それっきり…。」
もしかしたら。今日書類で見て、実際に私が担当したあの子たちの群れのメンバーなのかもしれない。
ちくりと胸が痛んだ。私は、こんなに小さな女の子のお母さんを、奪ってしまったのだろうか。
「…ごめんね。」
「…大丈夫。お姉さん、痛くなくなったよ!ありがとう!」
少し無理しているのだろうか。笑顔は先ほどより少し曇っている気がしてしまった。
「ご飯作るから、ちょっとだけ待っててね。もうちょっとで終わるから」
下準備はしてある。私だけだと少し量が多めだったので、足りるはずだ。
「うん!」
カスミを椅子に座らせて、料理を始めた。
「…さすがに、良くないよなぁ」
だってご飯まで食べさせて、お風呂にも入れて、その後一緒に寝ているのだ。これはさすがにダメだ。今すぐにでもこの子を外の世界に戻してこなければ。
人間と魔族が同居するなんて、あってはならない。たとえ、この魔族の女の子が1人きりだとしても。
「…いやいや」
もう夜は遅いし…明日でいいや。
横の寝顔を眺める。少し落ち着いたようだ。穏やかに寝息をたてている。しばらくして、私も意識が遠くなっていった。
「はっ!?」
猫獣人は鋭い爪に強い身体能力を持っている。体を確かめる。どこも痛くはなかった。
横をそっと見ると、まだカスミは眠っていた。
「はぁ…。」
今日は絶対にカスミを元のところに行かせる。絶対に。
「私には無理だよっ!!」
あんなに小さな女の子を見捨てるなんて、例え相手が魔族だとしてもできない。
はぁ、なんでこんな性格なんだろう、私。
「おはよう。今日も一日頑張ろう!」
「おはようございます…。」
どさっと荷物を自分の机に投げるように置く。
「どうした、何かあったか?」
「なっ、なんでもありません!!」
もし異変がバレたら…あの子は。
「まあそれなら良いんだが…。今日は危険度の高い魔族相手だからな。注意しておけ。」
…今日も私は生命を途切れさせるらしい。ここで多くの魔族の命を私は消しているというのに、家では魔族が待っている…。
はぁ、大変なことになってしまったようだ。
「…ごめんなさい」
大人の、男の魔族だった。その逞しい体は塵となって消え、顔は幸せそうに緩んでいる。
…私、本当にこれでいいんだろうか。
夢を見せて楽にしているといっても、私は騙しているんだ。彼らを。
彼にも友達がいる。家族がいる。もしかしたらカスミと同じくらいの娘がいるかもしれない。
やっていることは彼らと同じ。家族を奪っている。
「せめて、夢の中だけでは。幸せでいられますように。」
また花を添えて、私は部屋を出る。
「おかえり」
カスミはソファから立ち上がって、こちらに飛びついてくる。こんなに私に懐いていて、大丈夫なのだろうか?相手は人間なのに。
「ちょっと、怪我が悪化するから気をつけてよ」
「…ご、ごめんなさい…。」
しゅんと背中を丸めてクッションに転がるカスミ。
「…もう、そんなにいじけなくていいのよ?」
優しく体をなでると、くすぐったそうにカスミは笑った。
「あはは、くすぐったい!」
私もつられて笑った。あの魔族の命を奪ったすぐ後だというのに。
それからというもの、私は結局カスミを家で育ててしまった。良くない、絶対に良くないのに!
その傍ら、魔族の命をたくさん奪い、夢を見させ続けた。
どの魔族も幸せそうに笑っていた。
あの、カスミの寝顔のように。
私は、中途半端だ。
「ただいま」
「おかえりっ!」
今日も飛びついてくる。ふわふわの尻尾が私の肌に触れて、少しくすぐったかった。
「あのねあのね、わたし今度…お外行きたい!」
部屋の空気が凍りつく。
…そりゃあそうだ。カスミは元々外で暮らしていた、魔族だ。ここに閉じ込めて過ごさせるのは良くないと、分かっているのに。
「でも…人間に見つかったら、カスミは…。」
もう、私にとってあの子は大切な存在になっていた。数ヶ月も一緒にいて、あの子の好きなものも、苦手なことも、いろいろなことを知ってしまった。
「でも、ユーリは助けてくれたでしょ!優しくてお友達になれるにんげんだって、いるもん!」
「カスミ…。」
…本当に分かり合えないのだろうか。もしかしたら、私と同じような思いを持った人だって、いるかもしれない。
「でもしばらくはダメ!最近は寒いし…体調が心配なの!」
「はーい」
少し残念そうにあの子はソファへと歩いていく。
もしも。人間と魔族は仲良くなれたとしても。この子との暮らしは、秘密にしないといけない。仲良くなれない人間だって、いるのだから。
今日は帰りが遅くなってしまった。カスミがきっと帰りを待っている。今日の夕飯はカスミが好きな焼き魚だよ、と早く伝えたかった。
「カスミ、遅くなってごめんね!」
家の中は暗く、とても寒かった。
急いで靴を脱ぎ、カスミを探す。その姿はどこにも見当たらなかった。
「…嘘でしょ…!」
あの子、もしかして、外に…。
また靴を履いて、あの湖の周りを走る。少し走った先に、人々が集まっていた。
「何があったんですか?」
「ああ、どうやら魔族が捕獲されたらしくてな。ここらへんにもまだいたのか。」
魔族。もしかしたら。最悪な想像が頭をよぎる。
無理やり前に出ると、あの子が捕えられているのが見えた。
「…っ!?」
ああ。最悪だ。
「…。」
静かな夜だった。いつもならあの子と、布団の中で秘密のお話をしたり、一緒に寝ているから、余計に静かに思えた。
…やっぱり間違っていた。人間と魔族が友達になっても、こんな悲しい思いしかしない。
私がちゃんとしていれば。あの子を守れたのかな…?
「おはよう。今日は猫の獣人の子どもがいるからな。昨日、家の方にいた魔族なんだろう?」
「そうですね…。」
ぼうっと資料を眺める私に、先輩が声をかける。
「おい、大丈夫か?顔色悪いけど。」
「大丈夫…です。」
あの子を助けなくては。こっそりと家に連れ帰って、また2人で幸せな暮らしを…。夢のような暮らしを…。
時計の針は進んでいく。
「…!カスミ!」
カスミはちょこんと座っていた。
「ユーリ!」
仕切りの向こうに、確かにいる。
「…ごめんなさい」
私がちゃんと外の危険性を伝えていなかったから。
「…わたしが、外に勝手に出て。わたしを見つけたにんげんに話しかけたからだよね。あのお姉さん、わたしのこと怖がってた。そうだよね…やっぱり、にんげんとは友達になれないよね…。」
何も言えなくなる。
「…ねぇ、ユーリ?わたし、ずっと分かってたよ。ユーリがまぞくたいさくほんぶ?で働いてたことも」
「えっ」
そんなはずは。私の書類とか、そういうものはこっそり隠していたのに。
「わたしたちはね、にんげんより鼻が良いの。だから、ユーリからそういう匂いがしたの、分かったよ。」
そうか。そう思えばそうだった。当たり前だった。なのになんで私は忘れていた?
ああ。そうか。
私はあの子を…人間と同じように見ていたのか。
人間とか魔族とか、関係ない。私はあの子が、大好きなんだ。
「わたし、ユーリにころされるならいいよ」
「カスミ!」
カスミの口から物騒な言葉が飛び出す。
「ユーリと一緒にいられて、楽しかった。ユーリのこと、大切な友達だと思ってたよ。本当だよ。」
力なく笑って、私の方を向く。
「だからね…ユーリとのきらきらした思い出があれば、怖くないんだ」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
「私はまだ…カスミと一緒に暮らしていたいよ…!だから、そんなこと言わないで!」
諦めたくない。人間と魔族は友達になれるって。私たちはまだあの夢心地な暮らしをしていていいって。信じたい。
「ユーリ…ごめんね。げほっ、げほっ!」
カスミの体から塵が舞い散り、消えていく。
おそらく、捕まらないように人間と戦って、力を使ってしまったのだろう。まだ彼女は子どもだ。うまく戦闘ができず、とても疲れたと思う。寒い部屋の中で長時間過ごしたし、かなり弱っているだろう。楽に、してあげるなら…。
「ごめんね…ごめんね…。」
薬を、使った。
「わあ…ママ、パパ、お姉ちゃん、みんな…!」
瞳をカスミは閉じて、寝言を呟く。きっと大切な人たちの夢を見ているのだろう。
それと同時にどんどんカスミの体は塵になっていく。
「ユーリ、ありがとう…。」
限界だった。
「…う」
カスミは。もう。
「…うわああああああっ…!」
優しい友達の命を奪った世界が憎い。何もできなかった私が憎い。
こんな世界、間違ってる。
私は、声を枯らして泣いた。泣いた。
ある女性は、世界を変えた。
異種族が友達になれる世界を創った。異種族がお互いに幸せになれる世界を創った。お互いがお互いを憎しみ合って、命を奪い合う世界を壊した。
なぜ、こんな世界を創れたのか。女性に聞くと、彼女はこう答えたと言い伝えられている。
「大切な友達との、夢の中で過ごしているようなあの時間を、愛しているから」
カスミ草の花言葉:夢心地、切なる願い
あれ、夢要素そんなにない…?