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fish.man
最近、私は変な夢をみる。
彼氏の勇羅と一緒にドライブをしているシーンから始まる。
突然彼は微笑んで水泡のように宙へ舞った。
「ゆう…ら…?」
なぜだか私は、涙をこぼしていた。それが、目尻へ、頬へ、顎へ傳っていく。
最後に、座席のシートへと到達した雫は水のシミが一気に広がり、厚みを作り、海へとなった。
私はもう車の中にはいない。急に場面が変わり細く、赤い道を通過していった。
ザーンとした音が聞こえてくる。赤い道を抜け、大きな海へとたどり着いた。
まるで――そう。アリエルのように。海には大きな岩があり、色とりどりの熱帯魚が自由に悠々と泳いでいた。それが美しくて、綺羅びやかで眩しくって。――切なくて。私は吐息を溢した。
私もあんなふうに生きることが出来たならなぁ…そう願った瞬間に、私は目覚めてしまうのだ。
そして、起きたときには着衣水泳したときみたいにびしょ濡れになっている。
当然、寝ているベッドも濡れるかと思いきや触れない。私の瞳に異常が生じてるのかもしれない。
濡れているように見えるだけなのだ。でも、それでも視覚からの情報で錯覚した体はぐしょぐしょして気持ち悪くていつも着替えてしまう。脱いだ服に触ってみてもやっぱり濡れてない。
着替えて、朝ごはんを食べて高校に行く。それが私の毎朝のルーティーン。
そして勇羅を待つ。毎朝一緒に登校してる。割と仲が良いのだ。でも先に、勇羅の妹さんと挨拶をする。妹さんは中学生だから勇羅より先に来るのだ。
「あ、おはようございます。珠乃葉姉さん。」
「おはよう。夕薙ちゃん。」
「今日も…待ってるんですか?」
「そうよ。いっつも来ないから流石にやめようと思ってるけど怒られちゃうかもしれないしね。」
「そう…ですか。珠乃葉姉さんが遅刻しないように気をつけてくださいね。来ないんですから。」
「うん。ありがとうね。」
そう、一緒に登校するって行っても勇羅は大体こない。だからいっつも先に行っちゃう。
私と一緒に登校すること、忘れてるのかな。だったら言ってあげないと。
「もう私と一緒に登校しないの?」ってね。
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今日も、あの夢を見た。夢の中での勇羅はなんだか寂しそう。私はすぐそばにいるのになんでかな。
「あ、おはようございます。珠乃葉姉さん。」
「おはよう。夕薙ちゃん。」
「今日も…待ってるんですか?」
「ええ。今日こそは言ってやるわ。一緒に登校してくれないのって。」
「そうですね。じゃあ、また。」
「またね。」
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今日も、あの夢を見た。海は綺麗なのだけれど勇羅が泣いている理由がわからない。
どうしたのって聞いてみても私は声に出せない。口を動かしてる勇羅の声も聞こえない。
「おはようございます。珠乃葉姉さん。」
「あぁおはよう。」
「今日はいつもより元気がないですね。」
「あぁ、ちょっと夢を見ちゃって。バカだね私。」
「いえ…そんなことはないですけど。」
「それより勇羅はどこ?」
「いませんよ…」
「家に居たでしょう。もしかしてまだ寝てる。」
「だからいないですって…」
「もしかして勇羅に自分のこと言うなって怒られちゃった?大丈夫よ夕薙ちゃん。私決して口外したりしな…」「勇羅は死んだんだ!2年前、交通事故に合ってね!」
「は…ぁ?」
「珠乃葉姉さんには言うなって言われてたけど、あなた勇羅が病院に運ばれた時いたじゃない!
私と一緒に泣いたじゃない!どうして覚えてないの!」
「そ、そんな…そんなの私…知らなくて…」
「毎日毎日ここに突っ立って!私だって兄が死んだことなんか信じらんない!だけど死んだら戻ってこないんだよ!?姉さんがどんだけ悲しみに明け暮れたって勇羅はもういないの!」
「うそ…そんなの嘘よ…」
「嘘じゃない。もういない。明日からいもしない勇羅のこと、追いかけないで。見てるこっちが辛いの。」
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どうやって家に帰ったかわからない。ただもう寝たかった。寝ればあの夢を見て勇羅が死んでないことが証明できるんだから。
「勇羅…」
「珠乃葉手を放せ!今すぐ目覚めろ!お願いだから!こっちに来るな!」
「嫌…いやよ!だって私大好きだもん!勇羅の事を考えたら眠れなくなっちゃうの!
お願い!私を見捨ててどこかへ行かないで!死んでもずっと一緒だよ!」
「珠乃葉早くしろ!手を振りほどけ!」
「嫌だ…絶対離さないんだから!」
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「珠乃葉~いつまで寝てるの!いい加減起きないと学校遅れちゃうわよ~」
「あたしが起こしてこようか?どーせ2階行くし。」
「お願いできるかしら。」「おけぇ。」
「ねーねー起きろー?朝だよー……ねぇね!?ねぇね!」
「どうしたの。そんな大声出して…」
「ママ…ねぇねが…ねぇねが…!!」
「!?珠乃葉!」
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『では、次のニュースです。xx県xx市に住む女子高校生藤河珠乃葉さんが行方不明となっています。学校から帰宅して、在宅中に行方が分からなくなっています。警察は身内でのトラブルを視野に入れて捜査をしております。藤河珠乃葉さんの行方についての情報を持っている方はxx県警察本部まで情報提供をお願いします。』
これで良かったのかもしれないと山本夕薙はつぶやく。
珠乃葉姉さんがこうなることは予測できていたことだが、まさか本当に|なって《・・・》しまうとは思ってもなかった。人魚になる…なんてそんな情報提供をしてもきっと信じてくれないだろうから心にとどめておくべきだ。
「夕薙…あなたもしかして珠乃葉さんに言ったんじゃないでしょうね…」
「…言ってないよ。」
「そう。ならいいけど。それにしても…早く見つかるといいわね。」
「…そうだね。」
私は知っている。珠乃葉姉さんがもうこの世には存在していないということを。
私は知っている。あの夢を見た珠乃葉姉さんが、ベッドの中で金魚になったことを。
私は知っている。兄と言う名の呪いが人間と共存していたということを。
そして、私は知っている。実の子を事故に見せかけたのは紛れもない親なのだということを――。