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始まりの校舎
『音梨家、春の再編』
III話:はじまりの校舎
翌朝。制服の襟を整えながら、俺――音梨 名前は鏡の前で深呼吸した。
今日から新しい学校。しかも、愛唯と同じクラスになるらしい。
「名前~!行くよ~!」
玄関から愛唯の声が響く。元気すぎるテンションに、少しだけ気圧されながらも、俺は靴を履いた。
通学路は、春の風が心地よかった。
愛唯はずっとしゃべっていて、学校のこと、クラスのこと、部活のこと――話題が尽きない。
「ねえ名前、音楽って好き?」
「……うん。聴くのは好き」
「じゃあさ、今度#らいはものティナの歌、聴かせてあげる!マジで感動するから!」
愛唯の目がキラキラしていて、まるでファンみたいだった。いや、実際そうなのかもしれない。
校門をくぐると、ざわめきが耳に入ってきた。
「昨日のさらまるの配信、やばかったよね」
「アルくんの低音、鳥肌立った」
「むめちゃ、また新曲出すって!」
「ティナ、こんどフルート配信するって!」
……え?
俺は立ち止まった。
「名前?どうしたの?」
愛唯が振り返る。俺は首を振って、「なんでもない」と答えた。
教室に入ると、星華がすでに席に座っていた。
静かに窓の外を見ていて、まるで別世界にいるみたいだった。
「おはよう、名前くん」
星華が微笑む。その声は、昨日聴いたティナさんの歌声と重なっていた。
俺はまだ、確信していない。
でも、少しずつ、点が線になっていく感覚がある。
この学校で、何かが始まる。
俺の知らなかった“音”が、少しずつ近づいてきている。