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6.正体
--- ♢ No side ♢ ---
「‥君は何故生きられている?ヴィスに寄生され、その姿になれば死ぬだろう。」
「やはり初めはその質問をするか。まぁよい、答えてやろう。精神を交換したんじゃ、この娘とな。」
「‥精神を、交換?」
「多重人格というものがあるじゃろう?あれに近い感覚でなぁ‥妹が死んだ事を受け入れられなかったこの娘の体に寄生し、弱った精神を奪い取ったんじゃ。誰しも絶望した時に救いの手を差し伸ばされれば、その手を掴んでしまうじゃろうなぁ。」
「‥君の考えは理解できない。」
「それは残念じゃ。まぁ、お前らが理解するという事に初めから期待していない。」
「‥私から、質問いいですか。」
「いきなり質問するんじゃなくて許可をとるとは‥そこの小娘は思ったより真面目なようじゃな。一つ質問したところで終わりにしようと思っていたが、気が変わった。いいぞ、質問してみない。答えてやろう。」
「‥貴方の名前は、なんですか。」
「わしの名か?そんな事を聞くとは珍しい。じゃが答えると言ったのは事実であるの。わしの名は‥そちらの世界じゃヴィスと呼ばれておる‥が、小娘が聞きたいのはその名ではないな?」
「‥えぇ。」
「そうじゃなぁ‥数えきれないほど人に寄生してきたからどの名を名乗るかと困るが‥初めの名を名乗っておこう。」
彼女はスカートの裾をドレスのように摘み上げ、深々と頭を下げてお辞儀する。
「わしの名は“グラン”。人に何度も寄生しなおして、長年生き続けておるヴィスじゃ。」
飲み込まれてしまいそうなほど真っ黒な瞳を細め、恐ろしい程歪んだ笑みを浮かべた。
「‥何故、リュネットへ依頼に来た。」
「あそこは乗り移るのに丁度よさそうな人間が揃っておったからなぁ、次に会った奴に乗り移ろうと思っただけじゃ。」
毛先を指でいじりながら話し、品物を見定めるかのように二人の全身を眺め始めた。
「してそこの男。」
「‥私、だな。」
「そうじゃ。貴様、中々いい体じゃなぁ‥能力は何かわからぬが、そんなのどうでもいい。」
「悪いが、寄生先に選ぶなら間違いだ。」
「ほぉ‥何故じゃ?」
「私の能力は戦闘向きではない。寄生したところで、ろくな人生を送れないだろう。」
「そんなのどうでもよい。能力の良さ悪さなんぞ、散歩にスニーカーを履くかサンダルを履くかぐらいどうでもよい。」
「__例えが微妙‥__」
「失礼じゃぞ小娘。」
「すみません」
「‥まぁ、寄生させる気がないのなら仕方がない。」
彼女は一歩前へ出て、左手を前に突き出した。その人差し指でオスカーを指差し、一層不気味に微笑んだ。
「無理矢理にでも奪わせてもらおう。」
彼女の足元からタコの足のようなものが飛び出し、オスカー目掛けて物凄いスピードで飛んで行った。
「危ないっ、!」
アレルがオスカーを突き飛ばし、攻撃から避けさせた。
「アレルすまない、怪我は?」
「えっと‥大丈夫です、!」
「‥嘘はいけない、右腕から血が出ているぞ。」
「え、あ、本当だ‥すみません、でもこれくらいなら大丈夫ですので!」
そう言いながらも押さえている右腕からの出血は止まらない。左手や右腕の服が血に染まっていく。
「__止血できるようなものがないな‥__」
「おやすまない、男を狙ったつもりじゃったが小娘に当たってしまったのぉ。じゃが、これは好都合。それ以上小娘に傷がつく前にわしに体をよこしぃな。さすれば助けてやろう。」
オスカーは考えた。アレルが死ぬ前に体を渡せば、アレルは助かる。ならばいっそ渡してしまおうか、と。
「‥オスカーさん、体を渡そうとか考えないでくださいね。」
「‥どうしてだ?」
「だってあの人、オスカーさんが体を渡したってどうせ私の事を殺します。」
「‥ほぉ、勘が鋭い小娘じゃな。」
「だから、私の事は気にしないでください。自分が死なないようにだけ気を付けて。」
「‥アレル、少しいいか?」
「え、はい。」
「__君は、戦闘向きな能力だったかな。__」
「__‥えぇ、今が丁度いいです。血が大量に出ていますから、私の能力が使えます。__」
「__では今、頼んでもいいか。__」
「__えぇ、シェリアさんを呼ぶまでの時間稼ぎですよね。__」
「__あぁ、拘束を頼む。__」
「__了解です。__」
「なんじゃなんじゃ、作戦でも練っておったのか。」
「‥えぇ、人生賭けた最高の作戦を練っていました。」
アレルが右腕を押さえていた手を下ろし、地面に血を垂れ流しにする。服の右袖は白ではなく赤に染まっていた。アレルは呼吸を整え、その瞳を敵意で染め上げた。
「“ 𝒷𝓁ℴℴ𝒹 𝓇ℴ𝓈ℯ ” !!」
その呪文が路地に響いた瞬間、アレルと彼女の足元に赤い魔法陣が現れた。右腕から垂れる血がドクドク流れ続ける。彼女の足元にある魔法陣から糸が飛び出し、彼女の手足を縛る。
「‥面倒な能力持ちじゃったのか、小娘よ。」
「面倒な能力ですみませんね。」
オスカーは後ろで手を組み、ポケットにあるスマホでシェリアにメールをする。
『西路地 ヴィス ピンチ』
彼女にスマホで連絡していることを悟られる訳にはいかない為、簡単な単語しか打てなかったがシェリアにはそれが伝わったようだ。
『急いで向かう』
すぐにそう返信が来た。
彼が来るまで、二人は耐えられるのだろうか。
♢
「‥不味い。」
「‥どうか、したの?」
「アレルくん達の方にヴィスがいた。よくわからない部分が多いけど、取り敢えず行かなきゃ二人とも死んでしまう。」
「‥私みたいな、人がいる。」
「‥どういうこと?」
「‥私は、ヴィスと共存した人間。ヴィスでもあり、人間でもある。そんな人が、西にいる。」
「‥アレルくん達が会ったヴィスの事かな。」
「‥多分、そう。」
「‥レルヴィ、ここは頼める?」
「‥わかった。お母様達は、任せて。」
「ごめん、ありがとう。」
屋上へ向かって飛び、建物の上を通って西へ走る。普通の人間じゃありえないような姿を、バケモノと呼ぶのかもしれない。
ポケットに入っているスマホの着信があった事に、急いでいたシェリアは気づいていなかった。
『拘束 外れた』
ポツリポツリと、雨が降り始めた。