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ソーダの瓶は宙返り
7月30日。時刻は昼の1時。
青くすんだ空の下に、どっぷりと大きな入道雲が溜まっている。
だけど駄菓子屋から外へすぐ出ると、かべにかくれていて分からなかった真っ青な海が、かがやきながら姿を現す。
灰色のコンクリートの地面は分厚く、海の上でも人をしっかりと支えていた。
そんな場所でもセミは、お構いなしにさわいでいる。
「海って、きれいだなぁ…。」
そうぼくがつぶやくと、ナツはとなりでおかしそうに笑った。
「何が変なんだよ。」
ぼくがナツにツッコむと、ナツは笑いながら答えた。
「いーや。いつもここ来てんのにさ、今更そう言ってんのがおもしろくってさー。」
ははっと少しかわいた笑いを浮かべつつ、ナツはずいぶんとごきげんそうだった。あの時、だがし屋で話していた時はあんなに顔をくずさないようにひっしになっていたのに。
「そういやナツ、麦わらすっごいボロいけど…すきまの光とか、まぶしくねーの?」
ずっと気になっていたことを聞くと、ナツは答えた。
「いや、まぁあんま気にしてないけどさ、麦わらボロいからって普通光の心配するかよ。」
続けてナツは言った。
「お前のそういうとこ、好きだよ。」
時刻はちょうど1時。長針がてっぺんを指している。アキと僕は、一台だけの扇風機と一緒に、横並びで縁側に座っていた。
「あ〜、あっちぃ…。太陽なんて爆発しちゃえ〜…。」
「そうだなぁ、ウルトラマンにでも頼むか。」
「3分しかはたらけない人にはたのめない気がする…せめてゴジラとか…」
「でもゴジラは空飛べねえぞ?」
「うーん…。なやましい…。」
そんな他愛のない話を続けていると、アキはばっと倒れ、あーと声を上げた。
「こんな時、つめた〜いソーダが飲みたいなぁ…。」
「ソーダねぇ、一本100円だし、ガキの小遣いで買えるかどうか…。」
僕がそういうと、アキがまたばっと起き上がって、驚いたように言った。
「都会ってそんな高いの?ここのだがし屋なら50円だよ?」
「そりゃ駄菓子屋なら…、ん?駄菓子屋?」
僕の中で何かがつっかかった。なにか、大切な事だったはず。
「ゲシ、どうしたの?」
「いや、何でもない。ソーダの話のせいで喉乾いたし、駄菓子屋行きてぇなって。」
「んー。なんかオレも飲みたくなってきた…。」
思い出せない。もしかしたら僕の勘違いかもしれない。でも、なんか、大切なことをやっぱ忘れている気がするし…。
むしゃくしゃに絡まった後のように僕の気持ちがめちゃくちゃになって、なんだかいつもの夏の暑さも、もっと暑く感じる。
ジンジン鳴くセミの声は、チョクに僕の頭にぶつかってくる感じがして、頭がジンジン痛んでくる。
「ゲシ、大丈夫?なんか、顔色が…。」
「ん、大丈夫。駄菓子屋行こーぜ。」
気を紛らわさせたくなって、僕はアキを駄菓子屋に誘った。
ついでに、何か分かりそうな気がして。
ぷかぷかと浮かんだ曖昧な記憶は、いつまで僕にまとわりつくのか。
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夏休み2日目の明るい朝。オレが布団から出た時、そこに親父がいた。
「親父!」
前に見た時よりも親父は日に焼けていて、顔にカンロクってのが増えている感じがした。
「アキー!元気でいたかぁー!」
親父は玄関からダダッとでかい音を立てながらオレにかけよってきて、オレのそばに来たとたん、すかさずぎゅーっと苦しいほどに抱きしめてきた。
「ゔーっ。おがえり…。」
「あっ、すまない。」
オレが苦しそうな声を出すと、今度はまたオレを離した。
「あら、おかえりなさい。」
かーちゃんが奥から親父の帰りに気づいて、声をかけた。親父もあぁっと言って答えて、かーちゃんにもぎゅーっとした。
「そうだアキ。これ、電話で言ってたやつだ。」
そういうと、親父はオレの手のひらに、ワインの色みたいに赤く光ったスカーフの上に、花びらのふちが金色にかがやいたひまわりのピンをのせた。
「わーっ!ありがとう親父!」
オレは声をいっぱいにしてよろこんだ。
親父はオレの声を聞いて、ワハハと笑った。
…ての感じの思い出がぶわっと、赤いスカーフをまいて、そこに金のひまわりのピンが刺さった少しふるぼけた麦わらを見るとよみがえる。
暑い夏の日差しも、その麦わらは今、金色にかがやきながらオレを守ってくれている。
「アキー、あとどんくらいで駄菓子屋だー?もう海がばっちり見えるんだけど。」
「もうすぐだよー!」
土の地面から、しっかりとしたコンクリートの台の上へ。海沿いのコンクリートの上にはお店がずらーっと並んでいて、つまり商店街だ。
商店街の向かいには船も何もない。ただ少し大きいコンクリートの道がそこそこ広がっているだけ。…まぁ、イーハトーヴに船なんて、なくて良いようなものだけど。
「ここだよー。」
駄菓子屋の中へオレとゲシが入ると、そこに思いもしない人がいた。
「…ナツ…と、トウヤ?」
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「お、ま、え、らーー!!」
駄菓子屋にふらっと立ち寄ってきた2人組に目線をやると、それはアキとゲシだった。
約束の時間より5時間も遅くやってきた2人に、オレは大きな声を出して怒ったフリをした。
するときょとんとした顔をしてきた。
「んだよその顔ー。まさか"約束"わすれてんのかー?」
「約束…あ。」
オレがそう言うと、ゲシがふと思い出したように言った。アキの方は全然だ。
「やっべ!ナツまじごめん!!」
ゲシはあわてて謝って、それを見たアキもまたあわてて謝った。
「いいよいいよ。ジョーダン。」
オレはヘラヘラと笑って答えた。
ふとトウヤの方を見ると、なんか肩を狭めたように窮屈そうにしていた。
するとトウヤは口をひらく。
「ナツ、アキたちにも教えてやんないの?」
「あっ、そうだった。」
オレはアキたちに、トウヤに言ったことを思い出しながらアキたちにも言った。
友人がいること、約束を守れなかったこと、
また会って謝らないといけないこと、
盆にはここにいれないこと。
「…そうか、オレ、ナツに協力する!」
アキは元気に答えた。だけど、ゲシは、
「僕は協力できない。ごめんね。」
ゲシは少し寂しそうに、そう答えた。
「えっ、ゲシ、なんで?」
アキはゲシにそう問うと、ゲシは答えた。
「僕はまだあったばかりの他人だ。ナツに協力できるのは、仲の良い君たちが良いだろうって思ってさ。だって、僕がいたら邪魔しちゃうだろうし、あと、話の内容とか何にもわからなかったし…。」
するとアキがそれに反論した。
「ゲシは何でもかんでも考えすぎ!あったばかりとか言ってるけどさ、オレたちはもう友達じゃない!てかキカンとかカンケーないし!オレもイマイチ話わかってないけどさ、なんかナツを助けなきゃって思ってさ、協力しようとしただけだしさ!」
ゲシは何かに気づいたようにハッとした。
するとまた、悲しそうな顔を浮かべた。
「だからさ、ゲシ。オレたちと行こうよ。」
気持ちを踏ん張ったように、ゲシは答えた。
「あぁ。」
改めて2人は抱き合った。
「トウヤ、なんか買おうぜ。250円分奢ってやるよ。」
「おごってもらわなくて結構。みんなでソーダ買おうぜ。」
涼しげな青い清涼飲料をみんなで買うと、外に出て、みんなで飲んだ。
炭酸は不慣れだったけど、甘ったるい味のおかげでなんとか飲み干せた。
鼻をつくような空気の塊がぐぐっとくるような気がして、我慢できずにげっぷをすると、ぐぁっととんでもない音が出た。
みんな吹き出して、たくさん笑った。
「足りねー。」
すっからかんのソーダ瓶越しに、太陽がキラキラと輝く。瓶の色が青いからか、真っ青な色で綺麗に輝く。
「キレー…。」
アキも僕につられたのか、ソーダ瓶を両手で支え、光に当てた。
するとスルッとアキの手から、ソーダ瓶が逃げ出した。
「あぁっ!」
空中へ見事に一回転したソーダ瓶は、コンクリートの地面を乗り超えて、そのまま海の中にぽちゃんとおっこちて行った。
それを見たトウヤがすかさずかまをかける。
「あー。アキやってるー。」
「ちっがうし!わざとじゃないしー!」
僕たちは明るい空の下、うるさいセミの声も無視して、4人だけの乾杯を楽しんだ。