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〖銘々と狂を喰む〗
今回も結衣&リリ パートのみです...。
ただ、立ったままそれぞれが呆然としていた。
やがて白兎が視界に入ったような気がした。
藁にもすがる思いで追いかければ、そこに三人がしっかりと揃っていた。
白兎はどうやら、信じるに値したようだった。
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「それで、これからどうするんです?」 (リリ)
「どうするもこうするもねぇ...お喋り女王にでも会ってみるかい?」
庭園の近くをリリが結衣を背負いながら一匹の汚ならしい猫と歩いていた。
「...ああ、そういえば...帽子屋と約束をしてなかったかい?」
「そうでしたね。どうします?このまま行きますか?」 (リリ)
「いや、レストランにでも置いてってほしい。あのトカゲが良いものでも出してくれると思うからさ」
「......分かりました」 (リリ)
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キノコが跳ねない小道で奇妙な匂いが充満したレストランの扉を開く。
コック帽を被った二本足で立つトカゲが箱に色々と詰めながら忙しそうにしていた。
「おや...何をしてるんだ?」
ダイナがトカゲが詰める箱に飛び乗って邪魔するように笑う。
「ああ、ダイナ...邪魔をしないで下さい。今から帽子屋のところで、帽子を作るんですから」
「帽子を作る?君は料理屋だろう。帽子なんて、作れるのかい?」
「...帽子を作るのも、料理を作るのも...大して変わりませんよ。芋虫の煙のオーダーの方が、何倍も難しいですよ。形がないものを作れ、なんてねぇ...」
「そういうものかい?帽子屋に行くなら、僕らも連れてってよ。君のところで休もうと思ったのに、君がいないんじゃ意味がないからね」
「かまいませんが...つまみ食いをしないでくださいね、お連れの方も一緒に行きますか」
ダイナとトカゲが一斉にリリと結衣を見た。リリが代わりに頷いた。
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「やぁ、やぁ、やぁ...やっと来たな!モデルと|料理屋《デザイナー》のお出ましだ!」
帽子屋が高らかに笑いながら空の下のキッチンへ招き入れる。
「どうも...お手伝いに来ました」
縦に長いテーブルを介して、トカゲが箱から物を出しながら口を開いた。口の中に赤く先端が丸い舌が見える。
テーブルには帽子屋が用意したと思われる料理器具が数多く揃っている。
その中に糸や布があるが、ミキサーやこし器等が圧倒的に多かった。
「......帽子屋...なんですよね?」 (リリ)
「ああ、そうだが。さて、君達は確か...貴婦人のところの...その様子だと壊されかけたみたいだな。
生きているのは良いことだ...いや、待て...これは何度か...いやいや、そんなはずはないな。
して、手伝ってくれるのだろう?先日、白兎を何匹か捕らえてね。
たまごでも貰ってきてくれないか?」
「たまご...?兎は卵生じゃなかったはずでは...」 (リリ)
「ああ、兎は哺乳類だ。しかし、卵生な兎が至っても良いだろう?哺乳類で卵生な兎がいたっていいし、哺乳類で哺乳類な兎、卵生で卵生な兎、哺乳類で卵生な兎...がいたっていいんだ」
そのまま語り始めそうな帽子屋にダイナが急いで口を挟む。
「帽子屋、白兎はたまごを出さないよ。あるのは鏡だけだ」
「おや、そうだったか...なら、|料理屋《トカゲのデザイナー》が用意しているはずだ、どうかね?」
「言われてなくてもここにありますよ。白兎はどうするんですか?」
「ん?ああ...檻に入れてそのままだ、使うなら〖偽夢〗と分けて使ってくれていい」
「しかし、判別のしかたが...」
「ふむ、確かに。なら、こうしよう」
帽子屋がテーブルの向こうの脆そうな檻の中で騒ぐ白兎の上にトカゲが持ってきた箱や食器をどんどん積み重ねていく。
大量に物を乗せるが、檻はびくともしなかった。
「...ふむ、意外と...ダイナとそこ、二人も乗ってくれやしないか?」
ダイナが一瞬嫌そうな顔をしたがリリと結衣をすぐに促し、檻の上に乗る。
やがて、檻の柱が軋みだし、重りと一緒に白兎を押し潰した。
白砂の上に乗ったような音と結衣の驚いた声、檻が壊れた音が鳴った。
「おや、起きたか」
「なん...なに...?」 (結衣)
トカゲが物をどかしながら結衣の下にあるものに気づく。
綺麗に何も傷のない輝く硝子のような何かの破片。
まるで、元からあったものがバラバラになっていたかのような破片だった。
「...潰すなんて、怖いねぇ...」
ダイナが結衣にその破片を持つよう促して帽子屋に文句を言う。
「しかしダイナ、これの判別は少々手間がかかるのだよ」
「そうは言っても...鏡は真実だけを対比して映し、夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出るのだから...わざわざ破壊しなくても...」
「だから、それが手間だと言ってるんだ!ダイナ、それを言う暇があるなら少々手伝ってもらおうか。
猫でも物を押さえたりすることはできるだろう?」
「君は猫に_」
「ダイナ、勘弁した方が良いですよ」
「...君を取って食ってやろうか...?」
「まさか!」
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テーブルの上でトカゲに威嚇し、丸まるダイナをよそ目に結衣が箱から材料を取り出しながら口を開いた。
「ええっと...それで、何を作るんですか?」 (結衣)
「...なんだったかな...ああ、〖白砂の帽子鏡甘味〗だ。作り方は|料理屋《デザイナー》に聞いてくれ」
そう応えた帽子屋が席を立ち、潰れた檻の隙間からはみ出た白砂を軽くかき集めテーブルへ置く。
そのまま、砂の掃除を始めた。
「...じ、じゃあ...始めましょうか」
トカゲが申し訳なさそうに口を開いた。
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〖白砂の帽子鏡甘味〗
▪偽夢の白砂 120g
▪空上白砂糖 30g
▪ノロスライムのゼラチン 80g
▪ソゾウの涎水 100g
▪薔薇園産のローズホイップクリーム 50g
▪イエローアイススネーク 100g
▪相対双子のアイシングクッキー 50g
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トカゲの口からつらつらと聞いたこともない材料が挙げられる。
「...ふぅん...水無しじゃ、ダメなのかい?」
「ダイナ、手伝わないなら_」
火花を散らし合う二匹の間に結衣が割って入り、軽く諭してからダイナをテーブルから下へ下ろす。
「...それで...その、何をすれば?」 (結衣)
「ええっと...まず...」
トカゲが物を言おうとした瞬間、どこからか若い男性のような声が聞こえた。
ナレーション:ナレーション
ソゾウの涎水をノロスライムのゼラチンと一瞬に入れ、ふやかしましょう。
鍋に空上白砂糖とトロトロ溶けたゼラチンを入れ、焚き火中火で混ぜ合わせましょう。
容器(帽子容器)に等分入れ、二時間以上冷やしましょう。アイスブロックスペンギンがいると時間を短縮できるように手伝って貰えるでしょう。
冷えた帽子鏡甘味を取り出し、偽夢の白砂を全体にまぶしましょう。白砂は白兎の偽物です。潰しても鏡逢わせでも、どんな方法でも良いので破壊しましょう。
まぶしたら、薔薇園産のローズホイップクリームでリボンの型をかたどります。貴婦人に見つからないよう、もしくはあの臆病な庭師を説得して口五月蝿い薔薇の首を引きちぎり、石臼で潰してからホイップクリームの沼と薔薇粉を組み合わせて下さい。
できましたら、イエローアイススネークをリボンにし、相対双子のアイシングクッキーを砕いてバラバラにしてから飾って下さい。
そのナレーションが終わる頃には、既にテーブルの上に白砂の帽子鏡甘味が乗っていた。
「え、でき...」 (リリ)
戸惑うリリを無視して、遠くで片付けをする帽子屋をトカゲが呼んだ。
「...帽子屋さん、できましたよ、帽子屋さん?」
帽子屋の返事はない。
返事がないことに不信に思ったのかダイナがテーブルの下から帽子屋の姿を見た。
白い砂は黒く染まり、帽子屋の手足を這い覆い隠す。
帽子屋が悲鳴を挙げる間もなく、その姿が黒い蛇へと化していく。
その蛇がだんだんとこちらを振り向き、テーブルの甘味目掛けて口を大きく開けた。
「うわぁ~お」
ダイナが伸びたような声をあげてテーブルから離れる。結衣とリリも同様に離れるが、トカゲだけが逃げなかった。
そのまま蛇がトカゲもろとも甘味を喰おうとした瞬間にトカゲの尻尾が生え、身代わりのように尻尾を切って逃げたようとした。
その逃げた先に自分が持ってきた大きな箱に頭を強くぶつけていた。
蛇はトカゲを食いし損ねると、テーブルにある材料や器具をテーブルごと食らい尽くし、一匹と二人に見向きもせずに空の下のキッチンから出ていった。
ダイナが伸びたトカゲに乗って楽しげにたしたしと踏みながら言った。
「〖アリス〗、もう用事はないし、君も大丈夫そうだから...その|白兎《鏡の破片》だけ持って来てほしいんだが...いいね?」
先程、出ていった蛇も伸びてしまったトカゲに気にする素振りもなく、つらつらとその言葉を述べるダイナに|結衣《〖アリス〗》は頷くことしかできなかった。