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6.お掃除の仕上げ
すず
コツ……コツ……コツ……
廊下に響くその音は、かつて奏が帰り道に聞いた、あの不気味な足音と全く同じリズムだった。
誠の顔から、一気に血の気が引いていく。彼は震える手で奏の肩を掴み、
部屋の隅にあるクローゼットへと押しやった。
「隠れてろ、奏。あいつが来たら、隙を見て逃げるんだ。いいか、絶対に声を出すなよ」
「でも、父さんは……!」
言いかけた奏の言葉は、電子ロックが解除される無機質な音にかき消された。
ゆっくりと、重厚なドアが開く。
逆光の中に立っていたのは、清風高校の保護者会で見せるような、上品な紺色のワンピースを纏った母・琴音だった。
その手には、不釣り合いなほど大きな裁縫箱が握られている。
「あら。二人とも、そんなに怯えてどうしたの? せっかくの『家族団らん』じゃない」
琴音は、まるでリビングに紅茶を運んできたかのような、穏やかな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
その視線は、部屋の隅で硬直している誠を通り越し、真っ直ぐにクローゼットの隙間に隠れた奏を射抜いた。
「奏ちゃん。そこは埃っぽいから、早く出ていらっしゃい。新しい『お洋服』を用意したのよ。今のあなたは、少し……形が崩れすぎているわ」
「琴音、もうやめろ!」
誠が立ちはだかる。
「奏はもう、お前の操り人形じゃない。四年前に俺を殺そうとしたあの日から、この家族は終わっていたん
だ!」
琴音の動きが、ピタリと止まった。
微笑みを浮かべたままの顔。だが、その瞳から光が消え、底なしの沼のような暗闇が広がる。
「終わっていた? ……変なことを言うのね、誠さん。私はただ、悪い部分を『切り取って』、綺麗なものだけ
で繋ぎ合わせようとしているだけなのに」
琴音は、裁縫箱の中からゆっくりと、一際大きく鋭利な「裁ちばさみ」を取り出した。
チャキッ、という金属音が静まり返った部屋に響く。
「さあ、お掃除の時間よ。奏ちゃんを汚すゴミは、一つ残らず片付けないと」
母の足が、一歩、父の方へ踏み出された。