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冬の約束
しんしんと雪が降る、白い冬の朝。駅前の小さなカフェ「雪灯り」には、いつものように二人の少女の姿があった。一人は明るく活発な美咲(みさき)、もう一人は少し内気で本が好きな陽菜(ひな)。性格は対照的だが、二人は幼い頃からの親友だった。
その日は、美咲が引っ越す前日のことだった。父親の仕事の都合で、遠く離れた南の島へ行くことが決まっていた。「ねえ、美咲。本当に明日行っちゃうんだよね?」陽菜の声は、雪のように冷たく震えていた。「うん、そうだよ。でも、また絶対帰ってくるから!」美咲はいつもの笑顔で応えたが、その瞳の奥には寂しさが揺れていた。
カフェの外には、美咲が毎年楽しみにしていた「冬祭り」の準備が進められていた。色とりどりの電飾が飾り付けられ、屋台からは甘い香りが漂ってくる。二人で最後に見る冬祭りになるはずだったが、美咲の出発は祭りの当日早朝に決まっていた。
「ねえ、陽菜。今から行こうよ、冬祭り!」美咲が突然立ち上がった。「え、準備中だよ?」陽菜が驚いて言う。「いいじゃん、雰囲気だけ味わおうよ!」美咲は陽菜の手を引いて、雪の中を駆け出した。
誰もいない祭りの広場には、雪が積もり始めていた。美咲は広場の真ん中に立ち、空を見上げた。「ほら見て、一番星!」「あれは電飾だよ」陽菜が笑った。
「陽菜、約束して」美咲が真剣な顔で陽菜を見た。「来年の冬祭りに、この広場でまた会おう。この雪みたいに、白いマフラーをしてさ」陽菜は美咲の真剣な目に、こくりと頷いた。「うん、約束する」
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美咲が南の島へ引っ越してからの日々は、陽菜にとって長く、そして寂しいものだった。最初のうちは、二人は毎日メールを送り合った。南国の風景写真と、真っ白な雪景色の写真。お互いの日常を共有することで、距離は感じられなかった。
しかし、島と本土では生活リズムも環境も違いすぎた。美咲は新しい学校や生活に慣れるのに必死で、次第にメールの頻度が減っていった。陽菜もまた、美咲のいない学校生活での孤独と向き合いながら、勉強や部活に追われていた。
連絡が途絶えがちになっても、陽菜は美咲との約束を忘れることはなかった。美咲からもらった白いマフラーを大切にしまい、冬が近づくたびに準備を始めた。「来年、あの広場でまた会おう」。その言葉だけが、陽菜の心の支えだった。
一方、南の島では雪とは無縁の生活を送っていた美咲。初めての冬は、暖かく、そして寂しかった。島の子供たちは陽気だったが、陽菜のような心を許せる親友はまだいなかった。美咲もまた、時折陽菜のことを思い出しては、約束の冬祭りに思いを馳せていた。「陽菜、待っていてね」。美咲は心の中でそう誓いながら、過ぎていく時間をじっと耐え忍んだ。
そして一年後。冬祭り当日、陽菜はいつものように白いマフラーを巻いて広場に立っていた。今年も一人かもしれない、という不安が胸をよぎる。しかし、諦めずに待つこと数時間、ついに美咲が現れたのだ。「陽菜!遅れてごめん!」
振り返ると、そこには白いマフラーをした美咲が立っていた。「美咲!」二人は雪の中で抱き合った。「約束通り、会えたね!」美咲の目には涙が光っていた。
雪は止み、空には満月が輝いていた。二人で白い息を吐きながら、光り輝く冬祭りを見つめた。「また来年も来ようね」「うん、絶対」
冬の空の下、二人の友情は雪明りのように、温かく輝き続けていた。