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サニードアでの旅路
とある島に日帰りでやってきました。
長い船旅から古めかしい客船を降り、コンクリートに足をつければ、そこはしじみ島でした。
しじみ島では、パッとするような観光地でもなく、歴史的遺産や建造物があるわけでもなく、まぁ悪く言えば、普通の島です。
じゃあ何故その島に遠路はるばる来たのか。
普通ならそう思います。
ですがそこには、そのような事実をひっくり返す、あっと口を開けてしまう驚きのモノがあるのです。
しじみ島の真ん中には大きな山があり、そこのふもとのちょうど西にある商店街に例のアレはあります。
どこの場所でも見かける古い商店街の一角に、不思議に新しく、綺麗な水色のテナントがあります。
よーく近づいてみれば、「sunny」の文字看板のすぐ右に、木製のドアがあります。これこそが例のアレです。一見するとただの店です。
しかしただの商店街のテナントにしては、装飾や立て看板、そして窓さえも見当たりません。一体何の店なのかわかりませんが、それは重要ではないのです。
ここは店ではなく、このドアこそがメインなのです。
通称「サニードア」は、普通のドアではありません。
サニードアを開くと、ランダムで日本各国の何処かの部屋に辿り着きます。そしてまた、たどり着いた部屋での出てきた扉以外の扉を開けると、またランダムでどこかの部屋に着きます。
これを繰り返し、連鎖的に旅をすることができるのがサニードアであり、魅力なのです。
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早速サニードアから旅をしようとドアノブに手をかけたところ、ドアにある張り紙が目に入りました。
赤く大きな文字で必読と文頭に書かれた貼り紙の文章にはこう書かれている。
「1.サニードアを通じた部屋から窓などから外に出ますと、サニードアの力を失い、帰れなくなります。お帰りの際は部屋を出た時の扉から戻ってください。
2.サニードアの連鎖は途中で切れることがあります。白い無機質の部屋に着きましたら、そこは終点ですのでご安心ください。(連鎖は必ず3回は続きます。)
3.サニードアを乱雑に開けたり、汚したりしないでください。サニードアがあなたに力を与えなくなります。
4.サニードアはあなたの旅の安全を保証します。ご安心してお楽しみください。」
こう書かれていると、まるでドアが意識を持っているようで不思議な感じがします。
そして私は、さっきよりも慎重な手つきで、そうっとドアノブを手で包み、ゆっくりと開いた。
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ふっと暖かな光が照らされれば、そこは大変美しい自然に包まれた旅館の客室につきました。
誰かが借りている部屋だったのでしょう。畳の上に旅行カバンがぽんと佇んでいる。
私はまだ誰もいないうちならと思い、畳に手を流してみました。
ツルツルした畳の上をなぞれば、体の芯まで、快楽物質が伝って行きます。
そのままの勢いで寝転がろうともしましたが、突然玄関から音が鳴ったので、急いで別の扉へと駆け込みました。
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次に出た場所は、オレンジ色のハロゲンの光がかかった赤くシックな部屋でした。
真ん中に鉄道模型が置かれてくるくる回っています。周りにはふかふかの皮ソファーがあるので、どこかのお屋敷の客室でしょうか。
窓の外に目をやってみると、隅まで手入れされているであろう、美しい石庭が、20メートル先の西洋風の塀まで広がっていました。
あまりにも居心地が良かったので、私は腰を下ろして静かに休みました。
「………ぞ、こちらへ」
しばらくしてズシッ、ギシッ、と足音が聞こえ、私は飛び起きました。
まだ見られないうちにと思い、私は急いで別の扉へと駆け込みました。
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次に出た場所は、森の奥の静かな邸でした。
明かりこそついていないものの、大きな窓が太陽の光を十分に受け取り、邸の中はずいぶん明るくなっていました。
外をよく見てみれば近くにあるのがわかるので、|庫裏《くり》であるとわかりました。
部屋の中にも目をやると珍しいものがたんとあったので、私はひとつずつまじまじと見てやろうと近づきました。
ひとつは、ぎょろりとした目がかわいい金のカエルの置物で、ひとつ、はさやに収められた刀、ひとつは、だれが描いたかもわからない掛け軸、ひとつは、指紋ひとつも汚れになりそうな高そうな壺…
「あら?あれ、どこにやっちゃったっけ。」
ご婦人でしょうか、女性の甲高い声がいきなり響き渡り、びくっと背中を振るわせてしまいました。
私は扉を探して辺りを見渡し、ツルツルした床の上を必死に駆け、重い扉に駆け込みました。
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次…は、何もない無機質な狭い部屋に出ました。続く扉もないので、サニードアの終点でしょう。
私は扉を戻り、サニードアの前へと出ました。
新しめの明るい水色の壁をなぞらえて、また古く、懐かしい商店街へと出ました。
「あんたぁ、サニードアさ、使ったか。」
腰の曲がった黒帽子の泥臭い爺さんが笑みを浮かべ、そう話しかけてきました。
私がはいと答えると、そうかそうかぁと嬉しそうに爺さんは話を始めました。
「ここにゃ元々神様がいての。この島を守ってくださるありがたい方での。サニードアがあるここはの、元々神様の祠ぁあってな。だけど財閥の奴らがな、ここらを開発しようってな。」
「つまり、元々神様が祀られていた祠を、島の開発で壊されたってことですか?」
「そうそう。そんで、ここの建物は今までずっと祟られとった。神様はいじっぱりな方だったらしいからの。ほんで、若いもんが散髪屋やろうゆうてここを借りてな、そん時、ドアをつけてみりゃ、神様がドアに力をこめて散髪屋に客が入らんようにしてな、変な所に行くように仕向けたらしくて…」
爺さんははぁっと息を吐いて、すぅっと吸い込み、ゆっくり話し始めました。
「すればまぁ、面白いもんがあると、今有名だわな。あの若いもんも、神様のおかげゆうて、掃除とか捧げ物とか毎日しとるが。神様も機嫌良くなったかの。入ってくる奴らを喜んで送り出してくれとる。」
もともといわくつきのものが、思わぬ形で地域に貢献しているんだと、私はしみじみと感心してしまった。
私は爺さんに一礼をし、サニードアを去りました。
午後4時の明るい日差しが黄ばんだ半透明の商店街の屋根を貫く。
そろそろ帰るかと、私はしじみ島出港のフェリーに間に合うように、急いで駆けて行きました。
「…今日は、楽しかったなぁ。」
私が話しかけると、
「えぇ。とっても。」
そう帰ってくる予感がしました。
しかし、そこには誰もいませんでした。
骨粉を詰めた小瓶を握り、私は物思いにふけました。