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#0 陽だまりの香り
——あれは、春の匂いがする日だった。
ぽかぽかとした陽射しの中、透はその光景を見て、胸の奥がちくりと痛んだ。
幼い心でも、これは「嫌だ」と思った。嫌な気持ちが、喉の奥にこびりつくみたいだった。
「わたしのおうち、もうすぐお引っ越しなの。だから、さよならだね!」
その子はそう言って、悠に花の髪飾りを手渡した。小学校入学を控えた春、まだランドセルも背負っていないような頃。透も悠も、同じ歳で、同じ保育園に通っていた。
悠は少し驚いた顔をして、それから微笑んで「ありがとう」と頭を下げた。
——その笑顔が、透は許せなかった。
だって、それは。
自分がもらうはずの笑顔だったから。
透は、そのとき初めて知った。
この胸を焼き焦がすような痛みが、執着という名の感情であることを。
悠はふわふわしていて、あったかくて、やさしい。
どんな子にも優しくて、誰にでも分け隔てなく笑ってみせる。
けれど透は、知っていた。
悠の中には、誰にも見せない「ひかり」があることを。
そのひかりに触れたのは、自分が最初だ。
だから、最後まで独り占めするのは——自分だけで、いい。
「悠」
その日、透はそっと悠の袖を引いた。
「なあに?」と振り返る悠の顔に、春の陽だまりがかかっている。
このとき、自分は決めたんだ。
(ぜんぶ ぼくのものにする)
悠の声も、笑顔も、記憶も、未来も。
ひとつ残らず、透だけのものに——
たとえそれが、「優しいふり」をしないと叶わないとしても。
(平気だよ。悠のためなら、いくらでもいい子になる)
透はやわらかく笑った。
そう。やわらかく、やさしく。なにも知らないふりをして。
——そうして、歳月は過ぎる。
ふたりは同じ中学、そして高校へと進み、16歳の春を迎えた。
だれからも「爽やかで優しい」と言われる一条透と、
だれにでも自然と好かれてしまう朝比奈悠。
けれど誰も知らない。
透が、悠に向ける笑顔の裏に、どれだけの執念を抱えているかなんて。
(大丈夫。悠が全部忘れても、俺は覚えてる。俺のものになる日まで、ずっと)
——甘い陽だまりの裏側で、影がそっと笑った。
沢山のファンレター、いつもありがとうございます。
今までの連載作品も少しずつ投稿していきますが、最近小説を書かなすぎて感覚が薄れているのでこちらの小説を手ならしで投稿させてください。