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海のその先へ
リクエストのものです
私の母は数年前に寿命を迎えた。
治ることのない病気だったが苦しまずに息を引き取った。
母の死に顔は昼寝をしているようだった。
ふと疲れて眠ってしまったかのような綺麗な顔だった。
「お母さん。ほら起きて。お母さんの大好きな紅茶淹れたよ。」
そう声をかければ笑いながらひょっこり起きてきそうな雰囲気だ。
母の病院は海が見えるところにある。
最寄りの入院できる病院は海が見えないのだが、この病院は母が希望した。
母は海が大好きだ。
入院しているときも、そうではないときもいつだって海を見つめていた。
小さい頃の私は純粋に綺麗だから眺めていると思っていた。
でも大人になって海を見るとあの頃のような純粋な気持ちにはなれない。
綺麗だと思う前に心が黒いモヤで覆われる。
美しさを運んでくる波は私の心までは洗い流してくれない。
『母が愛した海を私も愛したい』
この気持ちは母が亡くなってから一層強くなった。
それからというもの私は頻繁に海に足を運ぶようになった。
ぼーっと海を眺めてみたり、写真を撮ってみたり。
何をしてもそこにあるのはただの海で。
母の愛した海とは違う気がした。
母は私に何度も言い聞かせた。
「私が死んだら遺灰を海に撒いて欲しい」
耳にタコができるほど聞いた言葉だ。
その言葉を聞くたびに私は少し苦しくなっていく。
「母は死期を悟っているんじゃないか」
何度も思ってしまった。
『海洋散骨』
母の親族には猛反対された。
「育ててくれた母親を手放すのか」と
貴方達は母の何を見てきたのか。
思わずそう口走りそうになった。
生前は全く母に会いに来なかったのに。
小さい頃から海が好きなことくらい知っているはずだ。
こうなることを見越していたのか母は、遺灰の一部を手元に残してもいいと教えてくれた。
海を見ている母の視線が悲しげに下がっていたのはこの人達の影響なのか。
過去になにかあったのか。
もう母には聞けない。
船に揺られ、ぼーっと海を見つめる。
海を見ていると母との思い出が蘇ってくる。
家に飾ってあった様々な色の海。
きれいな海から荒れている海まで。
海の中で生き物とはしゃぐ母。
それらが次々と頭の中に現れては消えていく。
そうしている間に目当ての場所についた。
ゆっくりサラサラと落としていく。
今母は大好きな海と、一体となっている。
きっと色んな場所まで探検して。
沢山生き物と出会って。
次の人生を歩んで行くのだろう。
陸地に戻ってきた時そっと海に触れてみる。
冷たいのに温かい。
その日は少しだけ母の気持ちが分かった気がした。
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