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雨に溶けない不器用な愛
窓の外、街灯が滲んでいるのは、きっと雨のせいだけじゃない。
「またね」
最後の一言は、どこまでも軽やかだった。いつもの改札前、いつもの喧嘩のあとのような、そっけない響き。それが、亮平と交わした本物の最後になるとは、その時の私は気づけなかった。
亮平は、私にだけ「本当のこと」を言わない人だった。
冬の海が見たいと言えば、文句を言いながら車を出してくれた。仕事でミスをした夜は、何も聞かずにコンビニの少し高いアイスを買ってきてくれた。
不器用で、ぶっきらぼうで。でも、彼の隣にいるだけで、世界は少しだけ優しく見えた。
彼が病室で眠るようになったのは、あの「またね」からわずか一ヶ月後のことだ。
急な体調不良で入院したと聞き、駆けつけた私が見たのは、見違えるほど細くなった彼の背中だった。
「なんだよ、ブスな顔して」
酸素マスク越しに、彼は力なく笑った。
その瞬間、彼がずっと隠していたものが、私の胸に重くのしかかった。彼は知っていたのだ。自分が長くは生きられないことを。だから、あんなに突き放すような、でも温かい「またね」を繰り返していたのだ。
最後の日、亮平は震える手で、私に一通の手紙を渡した。
「俺がいなくなったら読めよ。今読んだら、また怒るだろ」
彼が息を引き取った後、誰もいない病室でその手紙を開いた。
そこには、たった一行。彼らしい、歪んだ文字でこう書かれていた。
『幸せになれ。ただし、俺より少しだけ遅れてな』
涙が止まらなかった。
彼が私に遺したのは、お別れの言葉ではなく、この先の私を守るための呪いのような、精一杯の愛だった。
「ずるいよ、亮平……」
雨上がりの空に、彼の名前を呟く。
返事はもう、届かない。でも、私の心の中には、あのアイスの冷たさと、冬の海の潮風と、彼がくれた不器用な優しさが、消えない灯火のように残り続けている。
わかってたよ。もう、今日が、最後なんだろ?
わかってるよ。もう、楽になれるんだろ?
今まで苦しかったな、
守れなくてごめんな、
由美。