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人外学園_1
寒桜
この物語も、███が始めた物語
見飽きんばかりの花が咲いているあの場所で、痛々しい怪我を抱えた███に頼まれた
此処が何処なのかも、自分が誰なのかさえも分かっていなかった俺に
こんな俺に頼むほど、███は限界なんだって分かった
あの場面に俺以外の誰かが居たら、運命が変わっていたかもしれない
今の俺は、居なかったかもしれない
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20××年 ○月△日 人外学園 裏庭
一人の少年が、口笛を吹きながら歩いていた。
赤色の中に白い十字架が宿された瞳、眠たげとも言える垂れ目。透き通るような白髪は短く一つにまとめられ、左耳にはシンプルなデザインのピアス。それを隠すようなフード付きのコート、コートの下からはオーバーサイズのズボンが見える。
彼は人外学園の生徒。高等部に所属している。
本来ならば授業を受けている時間帯。
所謂、サボりをしている。
彼はサボりの常習犯であり、遅刻常習犯でもある。慣れた手つきで教師らの監視を掻い潜り、いつもの場所へと向かう。
向かう先は林檎の木。
不思議なことに、季節関係なく年中実っている。
甘いものもあれば、酸味が強いものもある。
食べることも悪くはないが、何より木陰で涼むのが心地よい。
林檎の木まであと数メートル、というところで足を止めた。
木の上に登っている生徒を確認したからだ。
灰色の長い髪が風になびく。此方を観察するように目を細め、右手には歯型が付いている林檎を持っている。此方を見るやいなや口をへの字にし、明らかに不機嫌な表情を作っている。
お互いの目が合い、気まずい空気が流れる。
──仕方がない。引き返そう。
振り返ったその時、
「痛っ!?」
後頭部に痛みが走った。
足元には歯型付きの林檎が転がっている。
それを見て、はっと気づく。
林檎の木へ顔を向けると、案の定灰色髪の生徒はニヤニヤと笑っていた。右手にも左手にも林檎は握られていない。
新たな林檎へ手を伸ばし、投げの体制を作っている。
すると、握られていた林檎はボールに変わった。
確かに灰色髪の生徒は林檎を握っていた。それが突如、別の物へ変化した。
「異能か…!!」
異能だと理解したところで、ボールを回避できるとは限らない。
見た感じ、当たると多分、林檎より痛い。
目の前で起きた出来事に、反応が遅れた。
──あ、これ避けられない。間に合わない。
せめてもの抵抗で、両腕を顔の前で交差する。
「……あ、れ…?」
数秒待てども、体の何処にも痛みを感じなかった。
確かに投げたはずだ。空気を掻っ切るような音が聞こえた。
恐る恐る、閉じてしまっていた目を開く。
それは、想像していた光景とは違った。
新たな登場人物が、映っていた。
此方に背を向けているため、顔は見えない。
使い古したスニーカー。触ると心地良さそうな大きな尻尾。尻尾の付け根辺りにリボンが付けられたコート。それから、耳付きのフード。
これだけでも、随分と印象付けられた。
そして彼の右手には、ボールが握られている。
灰色髪の生徒が先程まで握っていたボールを。
そしてそれを、投げた。
彼のコントロール力は褒められるもので、見事、木の上にいる灰色髪の生徒へとボールを命中させた。
灰色髪の生徒は、ボールがぶつかった勢いで後ろに倒れる。木から落ちる。
どさっ、と音がした。
──痛そう
思ったが、言わないでおいた。
「おい」
一瞬、誰の声か分からなかった。
直ぐ近くから聞こえたので、灰色髪の生徒ではない。今目の前にいる、耳付きフードの彼だ。
彼の声を聞くやいなや、
いや、彼の姿を確認するやいなや、先程までニヤニヤと笑みを浮かべていた灰色髪の生徒から笑みが消えた。
「ボ、ボク悪くないからぁ!」
そう一言吐いたあと、そそくさと逃げてしまった。
一方耳付きフードの彼は、
「……」
一言も、言葉を発さない。
「あ……えと、あり…がとう…?」
とりあえず、礼を言わなければ。
そう思ったのだが、彼の表情を未だに見ていない。感情が読めていない。
礼を言うにしては、失礼になってしまった。
「…別に、礼を言われることはしてねぇよ」
返ってきたのは、そんな言葉だった。
冷たく、素っ気なく返されたのではない。
何処か照れているような…そんな声だった。
「アイツのこと、悪く思わないでやってくれ。あれでも、根はイイ奴だ…。最近、色々あったみたいでさ。少し荒れてるんだ。」
「アイツ…って、さっきの灰色髪の彼のこと?」
「あぁ、そうだよ。」
そう頷くと、此方に見向きもせずにすたこらさっさと前へ進んでいく。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!?まだ話したいことが…!」
「……オレはもうない。」
「俺が!あるの!だから止まって!」
「イヤだ。」
「何でぇ!?俺のこと嫌い!?」
「そういうわけじゃ…」
「なら一旦止まろ!?俺と話そ!?」
彼の腕を掴み、ぐいと引っ張る。
それにより、何方も歩みを止める。
「…あぁもう、なんなんだよ?」
腕を掴まれたまま、呆れ半分で振り返った。
後ろ姿からでは分からなかったが、コートの下にはワイシャツにベスト、膝上丈のハーフパンツを着用している。
着崩すことなくきちんと着ている服装とは真逆に、手触り良さそうな紺色の髪は少々乱雑にセットされている。フードを被っているから必要ないとでも考えているのだろうか。
それから、彼の目は一言で言うと目つきが悪い。まるでずっと何かを睨んでいるようだ。今だって実際に不機嫌なのか、目つきによってそう見えるだけなのか分からない。
「…なんだよ?」
腕を掴まれ、頭から爪先までじっと見つめられ、顔には困惑がでている。
「あぁごめん。顔は整ってるし、スタイルも良いなと。」
「……」
ふと見つめ返され、
「何言ってんだお前。」
真顔で返される。
「…さて、さっきはありがとうね。助かったよ。」
「無視か?」
「お礼をしたいんだけど、何かして欲しいこととかある?」
「いや、だから」
「まだ名前も聞いてなかったね。良ければ教えてくれない?」
「人の話を聞け!!」
怒鳴り声で会話が中断される。
一度呼吸を整え、
「つーか、人の名前以前に…」
「俺の名前?」
「…そうだよ。」
「気になる?気になる?」
「うざいからやめろそれ。」
「酷いなぁ…。まぁ確かに、此方から名乗る方が正しいか。」
腕を離し、お互い自由の身となる。
くすっと笑い、ピアスが揺れる。
「俺はクロス」
まだ、登場人物は少ない。
「よろしくね。」
でも、それで良いのだ。
これはまだ、物語のプロローグに過ぎないのだから