公開中
第7話:忍び寄る影と、槐(えんじゅ)の約束
握りしめた『診断書』の白さが、目に痛い。
「湊……嘘だよね?」
私の震える声に、湊は困ったように、でもいつも通りの落ち着いた笑顔で答えた。
「大丈夫だよ、遥。少しだけ入院して、しっかり治すから。その間、蓮のことを頼めるかな?」
湊の病状は、私が夢の始まりで見た「あの結末」へと、着実に、そして残酷な速さで向かっていた。
入院生活が始まっても、湊は私の前では決して弱音を吐かなかった。それどころか、お見舞いに行くたびに私の体調を気遣い、とことん甘やかしてくれる。
「遥、顔色が悪いよ。今日はもう帰ってゆっくり休み。俺のことは心配いらないから」
けれど、彼の指は日に日に細くなり、あんなに温かかった手のひらは、少しずつ熱を失っていく。
ある日の夕暮れ。病室の窓から、病院の庭に植えられた大きな|槐《えんじゅ》の木が見えた。
「あの木……」
私が呟くと、湊がベッドから弱々しく手を伸ばし、私の手を握った。
「あの木がまた満開になる頃には、きっと一緒に散歩できるよ。そしたら、また二人でのり塩のポテチでも食べようか」
その言葉が、現実の世界の「十秒前」の記憶と激しく交差する。
(違う。湊、行かないで。私たちはあの時、のり塩のポテチを食べるはずだったのに)
「……遥?」
湊が不思議そうに私の顔を覗き込む。
「どうしたの? そんなに泣きそうな顔して」
「湊、お願い。私を置いていかないで。まだ、甘え足りないよ……」
私は彼の細くなった腕にしがみついて泣いた。
湊は私の頭を、あのリビングにいた時と同じように、ゆっくり、ゆっくりと撫でてくれた。
「わかってる。ずっとそばにいるよ。たとえ、形が変わっても」
その約束が、あまりにも優しくて、あまりにも悲しかった。
窓の外では、槐の葉が風に揺れ、まるでお別れを告げるように、一匹の蟻が窓枠を静かに這っていった。
🔚