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「マリーゴールドを君に捧ぐ」三話
Novelist and Blue Rose
前の席の榎本龍樹は、元から知っていた。
目立つ容姿、男らしい体つき、女遊びの噂が絶えない。
自分とはまるで反対の人間で、少し興味を抱いた。
3年生でなり、席も前後。
初めて近くで見た彼の背中は大きく、少し驚いた。
初めて会話したのは確か、前からプリントを回したとき。
体を動かさず、腕だけでプリント渡そうとする彼から受け取ろうと、腕を伸ばすと、ひらりと交わされる。
何度も手を伸ばすが、ひらり、ひらりと交わされる。
「…榎本くん、」
声変わりしても高い声を出来るだけ低くして声をかける。
そうすると彼はいつものような貼り付けた笑顔で振り返った。
「ごめーん、岡崎くんの反応可愛かったからつい」
「…反応って、見えてないじゃん。榎本くん、後ろに目でもあるの?」
「そうそう。後ろの目でずっと岡崎くんのこと見てんの」
「…え、ちょっと引くんだけど」
「えぇ、引かんでよ。俺は岡崎くんと仲良くなりたいだけ」
今思えばその瞬間、恋に落ちていたのかもしれない。
「ん"…」
懐かしい夢を見た。
いつもと違う天井…そうか。榎本の家に泊まらせてもらったのだ。
普段から出て、部屋に鏡はなかったので、スマホのカメラアプリで少し髪を整え、リビングへの扉を開く。
「おはよ、恵斗。もうご飯食える?」
「…おはよ、榎本くん。うん、もうご飯食べれるよ」
「良かった。じゃあ、顔洗っといで」
「うん、ありがとう」
リビングを出て、洗面所へと向かう。
うぅ、ヤバい。こんな生活を二週間続けるなんて。好きになる以外選択しないじゃん…!
そんなことされたら、勘違いしちゃう…。
顔を洗い、リビングへ戻ると、榎本が料理をテーブルへと並べているところだった。
「ありがとう。何か手伝えることある?」
「いいの?じゃあ、フォーク取ってー。そこの引き出しん中におんなじの入ってるから」
はーい、と答え引き出しを開くと、箸、フォーク、スプーン、ナイフと綺麗に並べられている。全て2つずつ。
誰かが来たとき用なのだろうか、それとも…。
「…これでいい?」
「うん、ありがとー」
2人で向かい合って椅子に座る。この椅子も…。
「「いただきます」」
朝食は焼いてくれた目玉焼きトーストと、ウインナーとサラダ。
朝からこんなに食べるなんて実家で暮らしていたとき以来だろうか。
「あの…さ。話したいんだけど、時間ある?」
「うん、あるけど。今からじゃ無理?」
「良、いけど…」
「じゃあ今から聞くよ。何?」
昔から変わらない張り付けた笑顔の彼が言った。
「…僕、言ったじゃん。榎本くんのこと好きだ、って」
聞くと、その話か、と言うように頷いた。
「うん」
「、なんで、家入れたの?好きになっても、良い、ってこと?」
昨日の夜からずっと気になっていたこと。言葉に出せて少しスッキリ出来た。
「恵斗が好きになるのは自由だし、良いんじゃない?別に。でも、多分恵斗に好きは返せないよ」
「うん。もちろんそれはわかってる。でも、多分ってことはちょっとぐらいは可能性ある?」
「意地悪な質問。流石いいトコん会社」
「え、会社なんで知ってるの?」
「絡まれてたん見てたから」
「だったらもうちょっと早く助けてよ。結構ちゃんと怖かったんだから。で?答え、教えて?」
さっきまでのどうでもいい会話とは打って変わった表情で口を開いた。
「…かもね。好きになるかも」
「え、ホント!?」
言葉の綾で、可能性なんて1ミリもないと思っていたのに。
「うん。だって、人いつ好きになるかとかわからんし」
「…これからいっぱいアプローチするから!とっとと好きになれ!」
「おぅ。どんとこい」
それから、恵斗からのアプローチの日々は始まった。
ソファの意味がないくらい密着されたり、事あるごとに抱きついてくるのは日常茶飯事で、もう慣れてしまった。
挙句の果てには
「榎本くん、今日何時に帰ってくる?」
「うーん、夜遅くなりそう。てっぺん越えるかもしれんから先寝といて」
「うん、わかった」
と言っていたのにも関わらず、家へ帰ると酒を飲んだであろう恵斗が出迎えてくれた。
キスと一緒に。
「へ、何?」
思わず聞いてしまうと、
「…おかえりのチュー」
と酔いが覚めたのか、元々あまり酔っていなかったのか少し照れた表情で言う。
正直言ってもう好きだし。今すぐにでも自分から抱きしめたい。
だけど、恵斗はベンチャー企業の社員で、自分は極道。
手を伸ばしてしまえば届く彼を、拒まないといけない。それが恵斗の為。そんなものは分かっている。だけど…。伸ばすことが許可されたなら。
「ただいま」
家へ帰ると、いつもは出迎えてくれる恵斗が居ない。23時をまわっているが、まだ外に居るのか。
考えながらリビングへ向かうと、電気もつけずにソファの端っこで体操座りをしている恵斗を見つけた。
「…恵斗?何してんの?」
聞きながら近づいてみると、手に何かを持っているのがわかる。
正面にしゃがみ、それをよく見ると、どこかで見たことがあるような気がする香水だった。
「…これ、何?」
「何って、香水?」
「そうじゃなくて!」
真面目に答えたつもりだったが、恵斗は声を荒げる。
「…これ、誰の?榎本くんのじゃないでしょ」
「えーと、前の前の彼女の?いや、前の前の前だったかも…」
「他のものもその前の前だか前の前の前の彼女のためなの?」
「え?」
言っていることの意味が分からず聞き返す。
「そこに2つずつある箸もフォークもスプーンも!椅子も。全部その子のためにそろえたの?」
「うん、そうだけど。他の子は言わなかったよ?そんな事一言も」
少し面倒臭くなってしまい、苛立ちをぶつけてしまう。
「ごめん。」その一言を音にするより、恵斗が口を開くのが先だった。
「…僕、面倒臭いよね。ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。ずっと前から箸とか気になっては居たけど。今日香水見つけてこうグサっと」
自分が何も気にせず香水を置いていたせいで、恵斗を傷つけてしまったと言うのに。謝りもせず、苛立ちをぶつけるなんて。
とんだ最悪人間だな。尚更一緒になんて居ないほうが良い。
「…俺の方こそごめん。過去の女と比べてたりして。確かに女はそんなこと言わんかったかもだけど、居心地がいいのは断然恵斗だから」
「…ホント?」
「うん、ホント」
「ありがと、」
泣きそうな顔で笑う恵斗を見ると、抱きしめずには居られなかった。
ごめん。でも今回だけ。今回だけだから、許して。