公開中
〖結んで、開いて、手を捕って〗
熱っぽい額、荒い息、乱暴にまさぐる手、泣き叫んでも助けにこない大人。
全部が全部、嫌いだった。
---
嫌な思い出の夢で目が覚める。最悪な目覚めだった。
なんとなく、重い身体を起こして誰にも会わないように洗面所へ向かい、《《あの男》》と瓜二つの顔を見る。自分の顔が嫌いだった。
出来るだけ見ないようにして顔を洗って歯を磨くのに窓の外を見た。
朝早くから花に水をやる真宮の姿が見える。あれは既に朝食を作り終わった後なのだろうか。
だとしても、今は何かを胃に入れたい気分ではない。
口の中にたまった唾液混じりの歯磨き粉を吐き出して、白く濁った液体が口元を濡らすのを見た。
酷く疲れたような、怯えた顔が鏡に映った。
---
年季の入った古い机の上にきっちりと並べられた炊きたての白米に味噌汁、焼き魚、卵焼き。
豪勢な日本の和食の一つであるが、どうにも食欲が沸かない。胃に入れたとしても、吐き出してしまう嫌な自信がある。
「...秋人さん、食べないんですか?」
椅子に座って黙りこんでいる俺を不審に思ったのか、覗きこむ真宮。
少し離れた位置で食器を洗っていた広竹が心配そうに振り向いた気がした。
「ああ...そう、だな......」
「...体調...悪いんですか?」
「............」
「その...病院とか...」
「...いらない」
「いや、でも...」
「いらないって言ってるだろ!」
つい声を荒げて真宮を睨んだ。怖じけついたのか机を引いた身で動かして、その衝撃で味噌汁が溢れた。
手の空いていた由香里がすぐにそれを拭き始めたのを確認して、真宮の腕を強く掴んだ。
若干、痛みの残る頭を動かしながら、悲鳴や謝罪も耳に入れずに壁へ真宮の身体を押しつけて自分の拳を強く握った。
---
霧の濃い、不気味な神社の境内を迷わずに進んでいく。
歩く足を止めずに携帯から聞こえる声を音楽のように流し続ける。
「それで、どうですか。会社を立ち上げる気になりましたか」
この数ヶ月の間にすっかり聞き慣れてしまった声の応えを丁重に断る形で携帯を切った。
これが何度も繰り返されている。そろそろ、しっかりと断るべきなのだろうか。
境内の中の本殿から外れた民家のような建物の玄関からインターフォンを押し、「××××新聞社の上原です」と連絡した。
やがて、足音がして、やや白っぽい銀髪に青いイヤリングをした姉弟が出てくる。
一人はそばかすが特徴的な印象だが、双方を見比べるとなんとなく似ていないような気がする。
「...神宮寺、朔です。こちらは弟の大和で...よろしくお願いします」
「どうも、よろしくお願いします」
朔と名乗った女性に強く手を握られる傍らで、大和がこちらを睨んだような気がした。
---
風鈴が揺れて音を鳴らす。蝉の声は遠く、耳に入りにくい。
大きく開いた障子から境内を掃除する冷泉の姿が見える。落ちた青い葉が宙を舞って、一ヶ所へ集められるのを見た。
「...あの」
「ん?どうした?」
机に淡い桃色の髪の毛が散っているのを気にしながら、伊鯉の言葉に応えた。
じっと目を合わせると、何やら不安が頭へ流れ込んでくる。
さほど雇用して時間は経っていないが、それでも見知らぬ人間が敷地内で寝過ごすのは緊張することなのだろう。
「...大丈夫だよ。何もないから」
何もない。そんな言葉を舌の上で転がした。これで良いのだと、自分にも、彼女にも言い聞かせるように頭の中で反響させた。
刻一刻と時が過ぎる。午後一時四十分。何もない。
本殿の中で突き刺されたように広がる青々とした葉を広げ、風に揺れる大樹の傍らで、いつものように祈祷を続ける朔を見る。
御神木と肩書きをつけられた大樹を恨むように見て、側だけを愛知に作ってもらった暖かさの残るアップルパイを丁寧に包みながら、朔が前に書いたメッセージカードと共に葉狐へ手渡した。そこそこ強者の風格を感じる人物なのだから、熊や猪に襲われても、無事に届けてくれるだろう。
そうでないと困るのだ。それに当分、あの不良擬きに気づかれないと尚、嬉しいところだ。
---
凝った肩を回しながら写真立てに入った自分と、その横で笑う真っ直ぐな赤い瞳に黒髪の少年と目が合った。
写真に写る少年とは随分と背丈の差が違ってしまった。もし、ここを出れたら彼と会えることを願うばかりだ。
目の前の端末を線ばかりの画面から真っ黒な画面へ変え、髪の隙間から似つかわしくないもっさりとした自分の姿を見た。肌は色白で外に出ていないことがはっきりと分かり、兄貴と全く同じ瞳が隙間から覗いた。
下から|亨《兄貴》の声がして、いつもと違って高揚した声が響く。またあの白い女狐から物でも貰ったのだろうか。不意に昔、兄貴が幸せになれるという丸い貝を勉強机へ置いていたことを思い出した。非現実的なことを言い出すような人ではないから、何らかの理由で相当嬉しかったのだろう。
兄貴の声が止み、扉が閉まる男がした瞬間に自室から出て階段を下りる。目論み通り、兄貴が丁寧に包まれた贈り物を持って、いつものように笑って「おはよう」と挨拶をした。
「......おはよう」
敢えて無視してやろうかとも考えたが、気分を害してやるのも可哀想だろう。
挨拶をして黙っていると安心したような顔になって兄貴が口を開いた。
「朝ご飯...というか、昼ご飯、食べる?」
その言葉に腕の麻痺を感じながら強く頷いた。
時間が経って冷えた白米、ほんのりと暖かい味噌汁。いつも通り、何もない。
箸を手に取って、口に触れるとアンヴィルが三時間後の食事の準備をしている場面が目に映った。
近くでスーヴェンが掃除機をかける音もする。
口の中で広がる咀嚼音を止め、周りの音に耳を立てる。遠くで隼人と兄貴が話すような声が聞こえた。
「...で、朔......うん......有り難う......十綾は......だから、そう......無理...うん、ごめん......」
「いささか......それで......気味が悪い......避ける.........神宮寺......ダメで......」
関連性が結びつかない単語を頭の中で並べて、我関せずと言わんばかりに食事を取る手を動かした。
何もない。そう、何もなかった。
**あとがき**
ただの歯磨きで気持ち悪い表現すんなよって...みかえして思いましてね、書いた自分でも思いました。
珍しくシリーズで毎度あとがきがある理由なんですが、シンプルに〖気持ち悪さを緩和するため〗です。
当作者は気分を害しても一切の責任を負いません。
後、〖某月某日、某村にて〗で誤った点があったことに気づいたので直しておきました。
〖Q:誰から死にますか?〗
まず間宮(希望通り)。あとは気分。つまり、適当な順位。
今すぐでも良いけれど、それじゃつまらないじゃないですか、ヤダ~!
おまけですが、間宮さんはわりとすぐに死にます。
そこから油の引いたフライパンに乗せたコーンみたいに、ポップコーンばりにポンポンと...。
〖Q:犯人はだあれ?〗
〖ナゾトキ/ひなた春花〗みたいな聞き方ですね。
これはあまりお答えできない。
〖きみは答えを知ってるね〗と言われても名前は呼びませんよ。
ある程度、情報を開示したら、あ~、なるほど、この人(作者)怖いな~...ってなるんじゃないかな。
正直いうと、この村...闇深いです(最初から分かりきっている)
〖Q:天使って堕ちて神宮寺に来たりしない?〗
しないよ(決定事項)。でも天使が堕ちるのって...良いよね...癖ェ...。
まぁ私なら羽を折って堕天使にするけどね、でも今回はできない。残念!
〖Q:戦闘シーンは何処?〗
危なそうな場面になったら出てくる。
尚、当主関連な模様。
ホラーも基本そうかな?...ミステリーが基礎として、ホラーと戦闘が出張することが多いかもしれない。
〖Q:八代兄弟って不仲?〗
今はそうですね。不仲寄りの仲良し。
わりと兄弟って仲良く描かれがちですが、実際は不仲なことが多いです。
そういえば、キャラクタープロフィールを現状書いていますが、わりと多くてウェェと愚痴を吐きながらやっています。
過去の私に文句を言ってやりたいね(尚、20人程。メインじゃないのも合わせると30人ほど)